そこが聞きたい 「米国の声」 日本側が作っている面も

【そこが聞きたい 「米国の声」 日本側が作っている面も】(毎日新聞 12/8)

新外交イニシアティブ事務局長・猿田佐世氏

沖縄の米軍基地問題などで日本政府関係者がよく引き合いに出す「米国の声」。ワシントンで日米外交の舞台裏に接した経験を持つ、シンクタンク「新外交イニシアティブ」=1=事務局長の猿田佐世さん(39)は、「外圧」として作用するそうした「声」は日本側が作っている面もあると指摘し、日米外交に変化を求めている。

ーー日本の政策に影響を与える「米国の声」は、日本の政府や大企業の意向を日本国内に伝える装置「ワシントン拡声器」=2=としての役割も果たしていることを新著「新しい日米外交を切り拓く」(集英社)などで解説していますね。

日本への米国の影響力は、基地問題に限らず、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)や原発、憲法や消費税といった問題にも及びます。にもかかわらず、私のインタビュー調査では、日本の政策に影響を与える「米国の声」の発信元は、多くても30人ほどの非常に限られた知日派米国人たちです。日本の政府や大企業は、この少人数の知日派であるシンクタンクや大学の研究者、議員にロビーイング(政策提言活動)して情報提供したり、シンクタンクや大学に研究資金の提供を続けたりしています。
そして、日本のメディアが限られた知日派の発言を「米国の声」として日本に紹介するのです。
日本では、こうした「声」を通じて伝えられる「米国の意向」は大きな圧力として働きます。こうした仕組みが日本の利益にプラスかという評価の前に、可視化が必要と考え、「ワシントン拡声器」という言葉で日本に紹介しています。

--どんな日本製「外圧」を見聞きされましたか?

米議会のTPP議員連盟は、日本政府がお金を出して委託したロビイストの働きかけを受けて設立されました。TPP推進は日米財界が後押ししたものでしたが、日本では米国の意向と報じられました。しかし、米国も大統領選では一般の国民の声に向き合わなくてはなりませんから、各候補がTPPに反対しました。

--ワシントン拡声器に、どうして気づいたのですか?

ワシントンの大学で国際政治を学んでいた時、日本では民主党政権への交代がありました。米普天間飛行場の移転先として、沖縄県民の根強い反対がある名護市辺野古の海を埋め立てて新基地を建設する計画を巡り、当時の鳩山由紀夫首相は「移転先は最低でも県外」と白紙に戻す考えを示しました。日本では状況が変わったのに、ワシントンにいる日本の政府関係者もメディアも全く変わらない様子でした。基地問題に関する会合などに参加して話を聞くうちに、ワシントンで日米外交に関わる日本人は、政府関係者はもちろん、日本では多様な価値観を伝えているメディア関係者も含め、沖縄の基地堅持といった同じ価値観の人たちばかりだと感じました。一方の米国側はごく少数の人たちだけが発信する。そんな構図が見えてきたのです。ワシントンの米国人一般を見れば、沖縄の基地に反対する人もいるし、戦争反対の数万人規模のデモもある。多様な価値観はあるのですが、日本コミュニティーは多様性とは無縁でした。

--なぜ、そうなるのでしょう。

中東や中国はもちろん、ヨーロッパなどと比べても日本のことを扱う人の絶対数が少ないんです。原因は、日本は米国の言うことに基本的に従うので、対策や議論の必要がないから。そんな説明を知日派の方から聞きました。

--沖縄の政治家らの訪米時に、米議会関係者らとの面談調整などの支援をしていますね。

政権交代で沖縄の米軍基地が大問題になっているのに、人々の声が米国に届かない現実をなんとかしたいと思いました。米議会有力者へのロビーイングから始めました。米下院で沖縄の基地問題を担当する外交委アジア太平洋小委員会の委員長と面会した時、「沖縄の人口は2000人くらいか」と尋ねられたんです。悲しくなるほど米国人は日本に無関心で、日本についての報道もありません。だから、各米議員の環境や女性といった関心事と絡めて沖縄を説明し、面会を続けてきました。

--変化はありましたか?

ありました。民主党政権当時、鳩山首相が「最低でも県外」と発言したこともあり、「米国の声」の代表格ともいえるアーミテージ氏を含む何人もの知日派が「辺野古でなくてもいい」と発言していました。近年でも米軍予算について定める2016年度の国防権限法案にあった「辺野古が唯一の選択肢」という文言もロビーイングを行うことで外せました。
ただ、前沖縄県知事の仲井真弘多さんが13年12月に埋め立てを承認して以降、風向きは変わりました。それでも、同じく知日派代表格のジョセフ・ナイ氏が「沖縄の人々が支持しないなら我々は(辺野古案を)再考しなければならない」と述べたりもしています。

--来年1月には、トランプ大統領が誕生します。

難しいことは承知の上ですが、沖縄の基地問題に変化をもたらす可能性はあると思っています。在日米軍駐留経費の全額負担を求めるなどコスト重視なので、それに沿って米国の「国益」から見て不要な沖縄の基地を削減していけばコストカットが可能だということを、来年にワシントンで予定しているシンポジウムなどを通じて訴えていきたいと思っています。
また、米国との関係も丁寧に紡ぎながら、中国や韓国など近隣諸国との関係構築により積極的に取り組んでいくべきだと考えています。米国とは比べものにならないほど中国や韓国における日本への関心は高く、日本語を話せる人も多くいます。米国では知日派でも大半は英語の情報源のみから日本を知るのとは大違いです。
トランプ大統領誕生を、対米従属のみで安保・外交政策を判断する国のあり方から脱する好機と捉え、日本が東アジアの平和構築に積極的な役割を果たすよう、提案していく時だと思っています。

聞いて一言

「対米従属」。戦後日本の政治を巡り、頻繁に接する言葉だ。猿田さんの話を聞き、その「従属」の舞台裏を垣間見た気がした。米国は、日本に原爆を落とした後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争……と戦争を続け、軍事産業が主要産業となっている。そうした米国に「従属」し続けていくべきなのか。いま、トランプ新大統領の誕生で日米関係について見直す機会が与えられた。普通の人々のしあわせのために何が必要なのか。猿田さんの話を頭において、しっかり考えていきたい。

ことば

1 新外交イニシアティブ

日米および東アジアの外交・政治に多様な声を吹き込もうと2013年に猿田さんらが設立。評議員には、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、東大教授の藤原帰一氏、米ジョージ・ワシントン大准教授のマイク・モチヅキ氏らがいる。

2 ワシントン拡声器

ワシントン発の「米国の声」の影響力は大きい。

猿田佐世(さるた・さよ)

1977年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、タンザニアでのNGO活動などを経て2002年に弁護士登録。米コロンビア大ロースクールで学び、09年米ニューヨーク州弁護士登録。