<でも防衛予算を2倍にすれば、中国に対抗できる軍事力が備えられるのでは?>
こう考える人もいるだろう。だが、年間の防衛予算を従来の2倍にすると、日本は米中に次ぐ世界3位の防衛費(年間)を支出する国になる。しかし、それでも中国の軍事費の4割に過ぎない。既に、2022年には中国のGDPは日本の約4倍となり、日本が中国と同じレベルの軍事費を支出するには、大幅な増税もしくは他の国家支出を大幅に削り、現在の生活レベルを相当程度落とさなければ不可能である。
つまるところ、一見威勢よく軍事力を強化しても、日本に勝ち目はない。
欧米に頼っても限界がある
<いやいや、日本だけで中国にかなわないのはわかっている。でも、米国や欧州諸国の軍事力と合わせて対抗するから大丈夫>
しかし、台湾有事となった際に、米国が軍事介入するとは限らない。米国がウクライナ戦争に介入しないのは、「ウクライナが同盟国でないから」ではない。同盟国でない国の戦争にアメリカはこれまで散々介入してきた。米国がウクライナ戦争に介入しないのは、介入すれば第3次世界大戦になる可能性があるからであり、ロシアが核大国、軍事大国であってロシアの抑止力が米国に対して効いているからである。言うまでもないが、中国も、核大国であり、軍事大国である。
アメリカ国内世論でも、台湾有事への米軍派遣への支持は決して高くない。シンクタンク「ジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)」が2022年~7月にNATO諸国14カ国で行った「中国が台湾侵攻した際に、あなたの国はどうすべきか」との世論調査において、アメリカでは、「外交的解決」との回答が26%、「経済制裁」が25%、「台湾への武器供与」が8%、「米軍派兵」は7%にすぎなかった。この7%との数字は、私の肌感覚からは少し低すぎるような気もするが、シカゴ・グローバル評議会の調査によっても「台湾防衛のための派兵」への支持は40%にとどまっている(同評議会の調査においては「外交および経済の制裁」は76%、「台湾への武器提供」は65%の支持。明示はされていないが、この世論調査は賛成するすべての選択肢に複数回答可で、先のGMFの世論調査では一つのみ選択可と思われる)。
なお、NATO諸国14カ国全体の世論調査に至っては、台湾有事の際の台湾への武器供与は4%の支持、自国軍の派遣はたったの2%の支持である(同GMF調査。なお、この数字を2%に引き上げているのは米国の7%、カナダの4%である)。
緊張緩和の外交を
忘れてはならないのは、そもそも日本一国では、中国と戦争をするような理由は一つもない、ということである。尖閣諸島の領土問題からウクライナ戦争のような国全体を巻き込む戦争が起きることは考えにくい。現在の東アジア情勢において、日本全体が戦争の影響を受けたり、多くの国民に戦争の被害が及んだりすることになるのは、もっぱら米中との戦争に巻き込まれたとき、すなわち台湾有事の場面のみである(北朝鮮も気にはなるものの、北朝鮮は中国の後ろ盾がなければ何もできないことからすれば、問題の中心は中国との対立に限られる)。
<外交なんて、何もできない>
いや、やれることは、数多くある。私も執筆者の一人である新外交イニシアティブ(ND)の提言「戦争を回避せよ」(今年11月末発表)に詳しく述べたが、例えば、米国に対しては、米軍の日本からの直接出撃が日米の事前協議の対象であることを理由に、台湾有事は日本のためにならないこと、そのため、台湾有事の際に必ずしも事前協議で賛同するとは限らないこと、を現時点から米国に伝え、過度の対立姿勢をいさめることができるだろう。
中国に対しても、首相レベルからの外交をもっと緊密に行いながら、台湾への武力侵攻は国際的な反発が貿易立国中国を窮地に追い込むことを伝え、日本が軍事面では米国を支援せざるを得ないことを伝え、他方で台湾の一方的な独立の動きを日本は支持しないと明確に示すことで、自制を求めるべきである。
そして、日本は韓国や東南アジア諸国連合(ASEAN)を含む多くの東アジア諸国と連携して、戦争を回避しなければならないという国際世論を強固にしなければならない。
気づけば、日本以外の中国の周辺諸国は皆、バランス外交を実践している。インドネシアやマレーシアは、中国を囲い込もうとする西側の同盟、例えば米英豪の軍事同盟AUKUSの設立時など、軍事的緊張を高めるとして懸念を表明した(日本は大歓迎した)。今年の夏、中国の強い反対を押し切ってなされた米下院議長ナンシー・ペロシ氏の訪台の後、韓国を訪問した同氏に、韓国の大統領は面会に応じず、電話会談のみにとどめた(日本は大歓迎した)。
たとえ「守護神アメリカ」でも、日本の安全を脅かす場面では、言うべきことは陰に陽に言わなければならない。
台湾有事は、まだ起きておらず、不可避ではない。
台湾有事を起こさせないためには、敵基地攻撃能力の保有や防衛予算の急増ではなく「緊張緩和のための外交」こそが急務である。