【月刊Journalism 9月号】沖縄基地問題は日米関係の縮図「ワシントン拡声器」を可視化する報道を㊦

ワシントン拡声器を可視化するために ~メディアに期待すること ㊦

政策決定過程の背景と限られた報道の現実

ワシントンを舞台とする日米関連の政策決定の過程にどのような背景や動きがあるのかについても日本の我々には知る機会がないことが多い。

一例を挙げたい。2014年9月、ニューヨーク・タイムズ紙が外国政府がワシントンのシンクタンクに資金を投入している状況について大きく報道した。

記事では、日本政府がJETROを通じ10年以上に渡ってCSISに資金を提供し、また、この過去4年間についてはその総額が1億1000万円にも及ぶことが取り上げられた。この資金提供によりJETRO関係者はCSISで開催される米議員やアメリカ通商代表部(USTR)関係者など米政策決定権者が出席する会合への参加を認められた。また、CSISはアジア太平洋地域における経済統合のためのセミナーを開催し、このセミナーにおいてJETROのCEOは基調講演の機会を得た。

日本政府によるシンクタンクへのこれらの働きかけに、日本政府のロビーイストの活動が加わることでさらに大きな影響力が生まれる。

例えば、2013年、日本政府はエイキン・ガンプ(Akin Gump)法律事務所にTPP推進を主とした貿易関係のロビー活動を委託しており、彼らのロビーイングにより2013年10月には連邦議会内にTPP議員連盟(The Friends of the Trans-Pacific Partnership)が創立された。CSISにて開催されたTPP推進のシンポジウムにはTPP議連の議長二人が登壇した。さらには、CSISの研究者が議会で日本政府の意向に沿った証言も行ったとニューヨーク・タイムズ紙の記事は指摘している。

すなわち、これら一連の流れにより、ロビーイストグループであるエイキン・ガンプおよびCSISは、日本政府がTPP推進の立場をワシントンにおいて広める機会を提供し、米政府や議会に対する影響力を提供していたのである。

なお、2013年、エイキン・ガンプ法律事務所はこれらTPP推進ロビーイング関連で7600万円の報酬を日本政府から受け取っている。[1]講演会の舞台となったCSISにもJETRO以外からも日本政府は長期にわたって資金を直接提供してきたが、その金額や目的・使途は明らかにされていない[2]。ニューヨーク・タイムズ紙の報道に押されたか、本年3月、日本政府がCSISに年間5000万円以上の資金を提供していることを初めてCSISはウェブサイトに公開した。しかし、提供額が5000万円以上であることしかわからず、実際の金額は未だ不明なままである。[3]

米国内のTPP推進の議員の動きについて日本の大メディアは報道する。しかし、その動き(の少なくとも一部)の背景となっている日本政府からの働きかけや資金の流れについては報道されない。

なお、日米外交の文脈でワシントン拡声器の大きな役割を担っているもう一つの存在はワシントンのシンクタンクである。シンポジウムの舞台や記者会見の会場となったり、研究プロジェクトが開催され日本の政策についての報告書が提出されるなどしている(先に述べたアーミテージ・ナイ報告書もシンクタンクであるCSISの発刊である)。安倍首相も訪米時にシンクタンクでの講演を行っている。

これらを日本メディアが取材をして日本にワシントン発の情報として報道するが、そのシンクタンクには、日本政府や経団連、多くの日本企業も資金を提供している。その全貌は明らかではないが、情報の一部はメディアの報道や各シンクタンクの年次報告書などから垣間見ることができる。例えば、全米シンクタンク・ランキングで7年連続一位となったブルッキングス研究所の外交政策プログラムに、日本政府は2010年には7,179ドル、2013年に261,347.79ドルを提供した。また航空自衛隊が2012年に17,100ドル、2013年に25,000ドルを提供している。また、同じく主要シンクタンクであるCSISやカーネギー平和国際基金などにも日本政府から継続的に資金提供がなされている。

なお、日本の企業も多くの寄付をシンクタンクに行っており、例えばブルッキングスに対しては、寄付者として日立とトヨタ、野村財団、ANA、三菱(Mitsubishi Corporation (Americas))、日経新聞、笹川財団、日立ファンデーション等が[4]、CSISに対しては、NTT、日経新聞、伊藤忠商事、京セラ、三菱(Mitsubishi International Corporation)、経団連、住友商事、東京海上日動火災、東芝、トヨタ等が名前を並べている。[5]

民主主義を外交にも

筆者はワシントン滞在をきっかけに日米の「外交システム」を研究してきた。それは、外交も国の政策であり民主主義的な要素が反映されなければならないとの思いからである。

筆者は、日本政府などが日本のプレゼンスを高めるためにロビーイストやシンクタンクを使いながらワシントンで働きかけを行うことに反対するものではない。日本に強い影響力のあるアメリカ政治に的確に日本の声を反映させることは日本にとって極めて重要である。

もっとも、筆者がワシントンに住みながら感じた違和感は、ワシントンで語られている日本が私の知る日本ではないということであった。ブルッキングス研究所に所属していた北海道大学教授の岩下明裕氏は「日本で流布している言説とワシントンで日本側が仕掛けていることの間に大きな乖離が存在していることを痛感した」と述べる。[6]米国からの影響力が大きな追い風となって決定されていく日本の政策について、その追い風が誰によって作られているのかを知らされることのない状態は、民主主義に反するのではないか。

日々、多くの論点について様々な意見が出され、幅広い議論における賛否の渦の中で一定の落ち着きどころが見いだされていく。それが日本の多くの問題についての議論の進められ方である。もちろん日本国内でもそれが不十分であることも少なくないが、しかし、ワシントンの政策コミュニティで取り上げられている「日本」は極めて一面的であり、そこでの深い議論の欠如は深刻である。

また、外交という舞台では登場人物の数が国内問題に比して一気に2、3ケタ以上も減り、その少ない人数の人々が大変大きな声を持つ。米国の対日外交の政策決定過程に影響力を持つ米側の人々の数は筆者が繰り返したインタビュー調査によれば5人~30人である。[7]外交チャンネルにおける情報源が限られるようになり、情報選別も行いやすくなる。しかし「外交」が取り扱う問題が大きいが故に、わずかな変化が甚大な影響を与えうる。現在の少数による対日外交方針の決定について、コリン・パウエル国務長官の首席補佐官であったローレンス・ウィルカソン元大佐は筆者にこう語った。「簡単かつ効率的だが、可能性ある選択肢を全て検討しながら意義ある対話やディスカッションを行うことにならず、日本や米国の民主主義の発展のために望ましくない。」

ワシントンでの日本関連の議論や東京とワシントンを行きかう日米外交の情報はその幅を相当程度広げる必要があるのではないか。現在の外交においては、現存する日米関係のチャンネルの外に存在する意見が議論の俎上にあがり、具体的な選択肢として検討される機会はほとんど存在せず、沖縄を含め日本の一般の人々の声がワシントンに伝わることはほとんどない。

資金力のあるものの声のみが強く外交に反映されているのではないかという点も指摘したい。企業であれ個人であれ、自らの望む方向にむけて様々働きかけ、時に「圧力」をかける。国内外を問わず「政治」というものはそういうものであろう。しかし、こと日米外交となると、作り出された圧力が日本製であっても巨大な存在である「米国」のベールを被ることで実の声の主がわからない状態になりながら日本社会に強烈な影響を及ぼすことになってはいないか。また、国内とは異なり、その「圧力」の創出の可否が完全に資金力の有無にかかっているのではないか。

さらには、何かが発表される際には必ず誰かの意図が働いている。「その源は何か」そこまで踏み込んだ報道をしていただければ、極めて厚いワシントンのベールではあるものの、その端々から見えてくるものがあるだろう。

そしてこれら一連の対日影響力の形成が、遠いワシントンで行われ、言語の違いも相まって、日本における検証や批判から逃れている現状も指摘したい。日本国内の出来事であれば日本の大手メディア以外の雑誌やフリージャーナリストが異なる角度から注目することがあってもワシントンにはそのような日本語の存在もない。日本大手メディアには、充実した調査報道や新しい角度からの取材、常に名前が挙がる人以外の人々へのインタビューを期待したい。また、日本に都合の良い情報、日本の推す政策を裏付ける情報のみを選択するのではなく、新たな可能性を求めた取材をしていただきたい。

他の重要な政策形成同様このワシントンにおける「日本の政策決定過程」も、日本の人々に監視され、議論され、評価され続けねばならない。そして、この「ワシントンの可視化」の実現には、ぜひメディアに大きな役割を担っていただきたい。

翁長県知事訪米の意義

冒頭の質問に戻りたい。今回の翁長知事等の訪米にはどのような意義があったのか。私自身はこう答えている。「大きな意義があったが、これをさらに生かすためには継続した働きかけが必要となる」

大きくみて意義は二つあったと考える。一つ目は、いうまでもなく明確に反対の意思を伝えたことである。ワシントンでは辺野古基地建設問題は既に終わった問題と考えられているが、その決定打は前知事の辺野古埋立承認であった。この承認を受け、ジョン・マケイン上院議員他米国の辺野古基地建設に疑義を持っていた幾人かは沖縄が受け入れるならと賛成に回った。この状況下で県のトップが反対の意思を伝えることが重要だった。

二つ目は、日米合意を変えるための環境醸成の第一歩となったということである。日本に関心を有する「知日派」以外の大半の人々はワシントンにおいてはこの問題に無関心である。筆者は、米下院で沖縄問題を管轄する外交委員会のアジア太平洋小委員会の委員長から「沖縄の人口は2000人か」と聞かれた経験すら有している。しかし必ずしも日本についての知識を持つ知日派が米政界全体から見て常に有力であるわけではなく、無関心層にも米国の政策決定における有力者は数多く、彼らを動かすことが重要である。訪米団が行った面談はその第一歩となった。まずは、相手に反対の意思を伝えなければ政策変更の下地も作れない。

筆者は名護市長の訪米等の経験を通じて「ワシントン拡声器」は、方法によっては現在の外交チャンネルでは運ばない声でも利用可能であると実感している。沖縄がワシントンでなしうることは数多くある。

翁長知事が辺野古埋立承認に対する取り消し等の判断を行うのであれば、その直後に米国の一定の層から賛意が示されればその影響はとても大きい。そのための働きかけは有用であろう。

また、沖縄が米国の具体的な法案・予算案の変更を求めて働きかけを行うことも重要である。今回の知事随行の訪米団の面談においては、そのターゲットの一つは「国防権限法(2016年度)」であった。米下院を5月に通過した同法案には「辺野古が唯一の選択肢」との条文がある。上院の法案からこの条文は除かれたとはいえ最終案に残る可能性はあり予断を許さない。本来ならば、むしろ「辺野古以外の選択肢を検討するべき」とした条項を入れるよう働きかけが行なわれねばならない。来年度以降も視野にいれながら、まずは現在審議中の法案から「辺野古は唯一」の文言を取り去るべく働きかけが続けられねばならない。

辺野古についての日米合意を変えるための唯一の方法は米国の柔軟な姿勢が東京に示されることであると述べる識者は少なくない。そのための環境醸成の第一歩という点こそが今回の訪米の大きな意義であった。面談相手やその表面的な反応を並べ、「辺野古反対受け入れられず」と書くだけでは今回の沖縄訪米団の訪米の真意を報道したことにはならないのではないか。

沖縄米軍基地問題は日米外交システムの問題点を様々に映し出す日米関係の縮図ともいえる問題である。ワシントン拡声器の重要な構成要素として、メディアには、ぜひワシントンをはじめとした外交を可視化し、外交に民主主義的な声を反映するための報道を行っていただきたい。

[1] Akin, Gump, Strauss, Hauer & Feld, LLP

2013年下半期Supplemental Statement

http://www.fara.gov/docs/3492-Supplemental-Statement-20140131-21.pdf

[4] 「Annual Report 2013」Brookings

http://www.brookings.edu/~/media/About/Content/annualreport/2013annualreport.pdf

36-37頁

[5] Our Donors, Center for Strategic and International Studies

http://csis.org/support-csis/our-donors

[6] 「国境問題―岐路に立つ日本外交」岩下明裕

「日本の外交」(井上寿一・波多野澄雄・酒井哲哉・国分良成・大芝亮編集)岩波書店 37-38ページ

[7] マイク・モチヅキ氏(Mike Mochizuki・ジョージ・ワシントン大学准教授)インタビュー(2014年7月31日)

モートン・ハルペリン氏(Morton Halperin、元米NSC)インタビュー(2014年9月19日)、ローレンス・ウィルカソン氏(Lawrence Wilkerson・元国務長官首席補佐官(極東担当))インタビュー(2014年9月25日)、エマニュエル・パストリッチ氏(Emanuel  Pastreich・慶熙大学校国際大学院副教授・アジアインスティチュート所長)インタビュー(2014年10月31日)、アレクシス・ダデン氏(Alexis Dudden・コネチカット大学)インタビュー(2014年10月8日)