ニッポンの出口 米中戦争回避のため日本は橋渡し役となれ

倉重篤郎のニュース最前線

あらゆる領域で閉塞する日本。最良の脱出口を各界の英知とともに探る。米中対立が激化して戦争が迫り来る危機を見極めつつ、猿田佐世・新外交イニシアティブ代表と、柳澤協二・元内閣官房副長官補が、日本が平和のための媒介者になる道を緊急提言。倉重篤郎が迫る。

日本経済のアベノミクスからの出口も難しかったが、今回は日本にとってもっと困難な出口探しである。

それは外交・安全保障政策の出口である。

第二次大戦で壊滅的打撃を受けた日本が戦後採用したのが吉田茂元首相の「低軍備・経済立国」路線だ。戦前の軍国主義の反省から軍備は極力最小化、経済力で富国を実現する道に切り替えた。これが奏功し、アジア最強の経済大国になったが、89年の米ソ冷戦の崩壊で大きく状況が変化した。

まずは、経済の循環が変わった。共産主義体制が崩れ世界が一つのグローバル市場化する中で、金融工学・情報通信技術が発展し、富の配分が西側先進資本主義国中心からBRICSなど新興国、第三世界に均霑され、日本独り勝ちが終焉、GDPで韓国に追い上げられ、中国には抜かれた。

外交・安保体制も変容を迫られた。吉田路線を支えてきた二つの枠組みの使い分け、つまり、憲法9条理念(不戦・軍備極小化)を建前としながら、実態は日米安保体制リアル(米軍駐留による軍事抑止力)に依存してきた矛盾が露呈した。ここで日本政治は煩悶する。その結果、建前も本音もそのままに、9条理念の枠内で自衛隊の海外派遣を実行、難敵・ソ連を失い漂流状態であった日米安保体制は、その維持のため、新しい敵(北朝鮮、中国)を作り、日本が新任務(近海での米軍への後方支援)を引き受ける修正を施した。

本来はこの冷戦崩壊を機に、日本の外交・安保政策を大きく見直すべきだったかもしれない。あまりにおんぶに抱っこ、従属的で、独立国としてはバランスを著しく欠いた日米安保体制は一度撤収する。過度な対米依存を廃し、自国の外交・経済パワーを駆使してどう9条理念を具現化するか、もっと深刻に悩むべきだった。だが、我々は大きな変更は望まなかった。吉田路線の成功体験を忘れられず、その延長線上でマイナーチェンジを繰り返してきた。米国もまた冷戦後の一極支配、世界の警察官役を果たす上で日米安保の特権である日本国への軍事駐留権を都合よく使ってきた。

日米安保一本槍の安倍・菅路線は破綻した

そして今を迎えた。新興勢力・中国の爆発的な台頭と、盟主国・米国の相対的後退という、まさにトゥキディデスの罠(覇権国交代時の戦争への誘惑)を地で行くような安保環境の激変の中で、日本がどう戦略的に賢く生き延びるか、が問われる局面となっている。

安倍晋三政権が、すでに一つの解答を出した。日米安保体制による軍事的抑止力強化路線である。対米依存をさらに強めるとともに、日本側も軍事対応を強化、米国のために戦争ができるよう集団的自衛権行使の縛りを解き、世界のどこでも自衛隊が米国を後方支援できる法制度に作り替えた。9条理念を事実上放棄、日米安保による両国軍事一体化を極限まで推し進めることで中国の軍事圧力に対処しようとする戦略である。

果たしてこれでいいのか、というのがこの稿の問題提起だ。というのも安倍路線の軍事抑止力至上主義は、安全保障のジレンマとして戦闘勃発の可能性を逆に高めているように見えるし、軍事一体化方針は、ますます米国の対中軍事戦略に組み込まれ、日本がその意向を無視された形で米中軍事衝突の最前線に立たされる可能性を強めている、と感じるからだ。それに加え米国兵器の爆買い、軟弱地盤への基地建設といった日米安保ならではの非合理事態への歯止めとならないし、同体制下における従前からの両国間の不平等性(日米地位協定など)解消にもつながらない。戦後日本の原点、地政学的位置、財政持続性、中長期展望からも、とても賢明とは思えない。

喉から手が出るほど欲しいのは、日米安保一本足打法の袋小路ともいえる安倍路線からの出口であり、オルタナティブ(対案)である。政界や学会、メディアが沈黙と怠惰を保つ中、民間シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」猿田佐世代表がこの難題に挑戦、「抑止一辺倒を越えて 時代の転換点における日本の安全保障戦略」との提言を3月26日に発表した。

提言は、米中間の対立激化が戦争に発展する可能性もありうるとの厳しい情勢認識を示したうえで、米中戦争の回避を日本の外交・安保政策の最大の目標と位置付け、日本がその架け橋役をするために、東アジア諸国と連携して対話力を強化、米国が計画中といわれる中距離ミサイルの日本配備には応じず、日本国内の敵基地攻撃論には歯止めをかけ、尖閣対応は、あくまでも海保の体制強化で臨むべきだ、と訴えている。

猿田代表、柳澤協二元内閣官房副長官補、半田滋氏(元東京新聞論説委員)、佐道明広中京大教授が共同執筆した。NDの提言については、辺野古基地建設代替策としての「米海兵隊新ローテーション案」についてもこの欄で紹介したことがある(2018年12月30日号)。猿田代表に提言の全体像を聞いた(柳澤氏に米中戦略をどう読むかについて別掲インタビューで補足いただいた)。

「NDは13年8月に発足、安保、基地、原発政策などについて研究や提言を行ってきたが、ここ数年の米中対立の激化という日本にとって致命的な安保環境の変化を踏まえた広い視点に基づく戦略的議論の不在とニーズを実感、包括的提言が必要だと思った。このままでは米中戦争に巻き込まれ、日本が戦場になるようなことが起きうるのではないかという切迫感、肌感覚もある」

現政権の対応では不安?

「安倍政権以降はむしろ米中対立を奇貨として、米国は中国に強く対峙してくれ、日本も頑張って軍事力をつけるから、という軍事的抑止力強化一辺倒になっており、その路線の限界とリスクを感じた。昨年夏、自民党内で敵基地攻撃論が盛り上がった頃から何とかしなければと議論を始め、柳澤氏が素案を書き、3人が手を入れ完成体にした」

米国の戦争に巻き込まれぬ構えが必要

―提言の最大の強調点は?

「一番強いメッセージは、日本を戦場にしてはいけない。逆に言えば、今の米中関係はその可能性を否定できない、ということだ。軍事的抑止力を強化すればいい、というが、それが本当に戦争の歯止めになっているか疑問だ。抑止力が機能するには、かつての米ソ間の『相互確証破壊』概念のように、その一線を超えると攻撃せざるを得ない、逆に言えばそこまでは安全だというレッドラインについての双方の共通認識が必要なはずだが、今の米中にそれがあるとは思えない」

「最大のリスクは、米中対立が管理不能になって戦争に至ることだ。日本は、米中戦争回避を安全保障政策の最大の目標と位置付けるべきだ。その手立てとして現在、日米同盟の抑止力強化が図られているが、そのことが安全保障のジレンマからかえって戦争の誘因になりかねない危険を認識すべきで、抑止を補完し、機能させ、破綻させないための対話が極めて重要だ。日本は米中戦争の戦場となる国として、そのミドルパワーの力を生かし、他の東アジア諸国と連携しながら対話の努力を開始し、米中、地域の架け橋として協調的な安全保障システムを構築するリーダーになるべきだ」

―中国にどう“架橋”する?

「マインドリセットだ。対米従属の習い性で米国の軍事力頼みでやってきたが、一度立ち止まり深慮が必要だ。中国経済と縁を切るデカップリングという選択肢を日本が採りえないことは誰にも分かるはずだが、併せて敵基地攻撃の強化など軍事一辺倒で果たして真の抑止が働くのか、考え直したい。緊急時の政府高官レベルの危機管理チャンネルをつなぎ、事態をエスカレートさせない。あらゆるレベルの定期協議を頻繁に開く。戦後長らく日中間にはさまざまな民間ネットワークが作られてきたが、近年、力を落としている。それを分厚くする努力も重要だ」

―米国とはどう向き合う?

「戦争となった場合、日本の被害が甚大になることを考え、米国の戦略に協力する場合は戦争に巻き込まれない心構えが必要だ。米軍の中距離ミサイルの配備など日本をミサイル軍拡の場とする政策には反対せざるをえない。自衛隊ミサイルの長射程化や艦艇のプレゼンスがかえって地域の緊張を招くことがないよう配慮、『敵基地攻撃の禁止』など自衛隊の運用に関する新たな歯止めを設ける」

―沖縄、尖閣は?

「沖縄への過重な基地負担は日米同盟の最大の不安要素であり、膨大な経費を必要とする辺野古新基地建設は取りやめる。米軍基地の県外への分散を進め、日米地位協定の改定を目指す。尖閣は力だけで守り切ることは困難なことを踏まえ、海上保安庁の体制を強化、日中間の危機管理体制を構築する。在日米軍駐留経費負担については、コロナ下で財政が逼迫する中、合理的根拠に基づかない安易な増額はしない」

―提言をどう生かす?

「政府や各政党に訴える機会をしっかり持っていく。野党、特に立憲民主党にも働きかけていきたい。安倍・菅(義偉首相)路線とは別の選択肢を出してほしいからだ。私たちの声はまだ少数派だが、現実には、結局私たちの訴える路線が採られていくという部分があると思っている。韓国は切ればいい、中国は対峙すればいいというネトウヨ的議論が目立つが、多くの人は違う。言論NPOの世論調査(昨年11月)では、日本人の半数近くが、米中対立の中でも日中協力を進めるべきだと回答した。経済界は特にそうだ。中国依存という経済実態と、米国過度依存の安保政策のズレもある。そんな声を汲み上げることができれば、国政選挙の争点にすることも可能だ」

外交・安保は票にはならない、選挙の争点にはなりにくい、というのが永田町の常識だ。だが、1960年の安保改定時も2015年の新安保法制成立時も大きな国民的運動が起きた。米中の対立が激化、戦争勃発の可能性が潜在的に高まる中、その戦場にされないために日本がどういう役割を果たすべきなのか。どう自らの立ち位置を変えていくべきなのか。それは我々国民一人一人の運命に関わる問題でもある。戦後76年にして日本は、最大の政治テーマにぶつかっている。

核心インタビュー 「米中相互不信はどこに向かうか!」
柳澤協二元内閣官房副長官補

 (米中の現況は?)米国は伝統的対中関与政策を否定、中国封じ込めのための同盟国・友好国による新たな連携を模索、中国もこれに対抗し、両国は軍事のみならず政治・経済面を含めた全面的な競争、対立関係に至った。背景には両国の相互不信の顕在化という構造要因があり、対立と相互不信のもとではいずれの側の行動も相手の対抗行動を誘発する力学が作用する。経済的には制裁の応酬があり、政治的には非難の応酬があり、軍事的には一方の防御的行動が他方を挑発して対抗的な行動を生み、緊張を高める「安全保障のジレンマ」の顕在化が強く懸念される。

(軍事バランスは?)中国は台湾や南シナ海の武力紛争に備え、米国の介入を阻止するための接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力を向上させるべく、中距離・短距離ミサイルや潜水艦の能力強化を進め、米軍の指揮・通信・情報システムの基盤となっている宇宙・サイバー領域での妨害能力を高めてきた。米軍の行動の自由が失われている。

一方米国は、この地域での軍事的優位性を回復しようと、インド太平洋軍の態勢を変換、大規模な地上基地や空母などの大型艦艇が中国のミサイル攻撃に対して脆弱であることから、兵力を小型化・分散化して、精密打撃ミサイルのプラットホームを増やし、相手の攻撃目標を分散、海洋におけるミサイルの打ち合いに勝利する態勢を作ろうとしている。同時に、西太平洋における米軍のハブであるグアム島の防衛のための地域統合ミサイル防衛網を、同盟国と共同して構築しようとしている。

(その態勢変化の中で日本の位置付けは?)南西諸島を含む日本列島が前線拠点として重視されており、自衛隊の長射程化したミサイル能力が米軍の統合作戦の一部に組み込まれ、ひいては、米中戦争となった場合には、沖縄や日本本土の基地が攻撃されるリスクが高まっている。

(沖縄の基地のあり方にも変化が?)出てくる。米海兵隊の主要な役割は、離島に分散して、一時的なミサイル発射施設や航空基地を構築することに変化する。

米の新対中戦略は、辺野古新基地の収容部隊とされている第31海兵遠征部隊(31MEU)について、その役割や、引き続き沖縄に駐留しなければならないことについての理由を説明していない。同部隊の運用によっては、辺野古新基地の必要性はもとより、部隊が沖縄に常駐する必要性すらなくなる。

新基地予定地には軟弱地盤が存在することが明らかとなり、防衛省は工期を当初の8年から12年に延長、費用も2・7倍の9300億円に増えると上方修正、それでも建設が可能かどうか、専門家から疑問の声が上がっている。そこに、ユーザーである海兵隊の態勢変換という事情が加わった。莫大な費用をかけても完成時には海兵隊のニーズに合わない壮大な無駄に終わるおそれが出てきた。「辺野古が唯一の選択肢」としてきた政府の論理は破綻、むしろ最もあり得ない選択肢として見直すべきだ。

柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)

元内閣官房副長官補/ND評議員。1970年東京大学法学部卒とともに防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を歴任。2004年から2009年まで、小泉・安倍・福田・麻生政権のもとで内閣官房副長官補として安全保障政策と危機管理を担当。現在、NPO国際地政学研究所理事長。

猿田佐世(さるた・さよ) 

新外交イニシアティブ(ND)代表・上級研究員/弁護士(日本・ニューヨーク州)。立教大学講師・沖縄国際大学特別研究員。沖縄の米軍基地問題など外交・政治問題について米議会・政府に対し自ら政策提言活動を行うほか、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。研究課題は日本外交。特に日米外交の「システム」や「意思決定過程」に焦点を当てる。