トランプ大統領の二期目就任以降、世界で米国離れが加速している。東南アジア諸国はもとより、フランスも米中対立では中立のスタンスを表明。日本の日米同盟に対する姿勢はどうなるのか。シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表で、弁護士(日本・ニューヨーク州)の猿田佐世さんが寄稿した。
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ついにフランスまで「米中どちらの側にもつかない」と明言した。
フランスのマクロン大統領は、5月30日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で講演し、米中の「いずれかを選べば、世界の秩序を壊すことになる」 「欧州とアジアが協力して自立のための連合、脅迫されないための連合を築くことを呼びかけたい」と訴えた。
トランプ大統領の二期目政権誕生以降、ウクライナ戦争について米国はウクライナへの支援を一時停止し、ロシア寄りの姿勢をとり続けている。また、欧州防衛は欧州に任せるとし、北大西洋条約機構(NATO)の最高司令官の地位から米国が退くことも検討していると報じられている。
これを受けた欧州では米国離れが著しい。私が5月末に夕食を共にした欧州議会議員(ドイツ)は、「兄貴(big brother)は去った」と筆者に述べた。
「米中いずれか選ばせるな(Don’t make us choose)」
フランスに先んずること5年以上前から、既に、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々は「米中いずれの側も取らない」と明確に意思表明してきた。ASEANでの政府関係者・有識者相手の世論調査(2025年 )において「米中対立下でASEANはどう対応すべきか」との質問に「米中いずれかを選ばざるをえない」と答えたのはわずか6.1%。これに続く「米中いずれかを選ばねばならないとしたら、いずれを選ぶか」との問いでは、2020年以来毎年行なわれるこの調査において、2024年には初めて中国を選ぶ回答者が過半を超えた(中国50.5%、米国49.5%)。なお2025年は再度米中逆転したが(米国52.3%・中国47.7%)、引き続き拮抗している状態である(以上、ISEAS – Yusof Ishak Institute)。
筆者は、この間、この「米中いずれか選ばせるな(Don’t make us choose)」というASEANの姿勢について、「日本も、中国との貿易なしには国がもたないのはASEAN同様だ」「なぜ日本は、もう少しだけでもバランスの取れた外交ができないのか」と訴え続けてきた。
そして、今回、マクロン仏大統領が、「今日の主なリスクは2つの超大国間の分断であり、(米中が)他国に対してこちら側を選べと指示してくることだ」 「いずれかを選べば、世界の秩序を壊すことになる」 と、まさに東南アジア諸国と同じ姿勢を示したのである。他の欧州諸国にも、仮に明言はしなくとも大きな変化が起きているのは間違いない。ASEANに限らず、グローバルサウスの多くの国が、中立の立場を表明している。
今後、日本の日米同盟に対する姿勢はどうなるのか。
戦後初?米国離れが政策議論の土俵に
ウクライナ戦争に対するトランプ政権の姿勢、また、トランプ氏が繰り返し日米同盟への不満を口にすることを受けて、日本の言論状況も変化しつつある。
4月に行われた世論調査では、「日本外交は米国の意向にどう対応?」との問いに、「なるべく自立した方がよい(68%)」が「なるべく従った方がよい(24%)」を大きく引き離した。また、「いざという場合、米国は本気で日本を守ってくれるか?」との質問に対し、「そうは思わない(77%)」が「本気で守ってくれる(15%)」の5倍以上の回答となった(朝日新聞世論調査 2025年4月27日online掲載) 。これまで日米同盟に疑問を呈することのなかった親米保守派にも「アメリカとの関係を一度見直さなければならない」と発言する人が出てきている。
もっとも、日本政府は、米国に守ってもらわなければならないと必死に米国を引き留めようとしており、いわゆる「抱きつき戦略」に出ている(選択肢A)。既にアメリカの要求である米軍駐留経費の増加を検討し始め 、今後も、防衛予算のさらなる増加や米国製兵器の大量購入、また経済的な譲歩も含め、米国の要求を可能な限り聞き入れていくだろう。より自発的に対米従属する姿勢がこれまで以上に強化されていくのは目に見えている。
しかし、どれだけ日本が米国に「尽くして」もトランプ氏率いる米国が日本を防衛するとは限らず、この日本政府の戦略で米国から「見返り」がくる保証はない。
私が代表を務める新外交イニシアティブ(ND)では、5月末に提言「トランプ政権とどう向き合うか -求められる日本政治の胆力-」を発表した。そこでは 、日本が米国に対して地位協定改定を求めたり米軍駐留経費増加の求めに躊躇したりした場合には、トランプ氏が「それなら米軍を引き上げる」と言うかもしれないが、であれば、米国の世界戦略にとって重要な資産である在日米軍基地について「手放したいならどうぞ」と切り返せ、と提言している。
日本において戦後初めて、程度の差はあれ、「米国離れ」が現実的な色合いをもって安全保障の議論の中で検討されるようになっている(選択肢B)。もちろん、その後の国家像の議論が極めて重要である。日本自身の防衛力拡大論が声高に叫ばれ、核武装の検討すら口走る政治家の発言も耳にする。このような自国の軍事力の大幅な拡大路線(選択肢B1)を行くのか、あるいは、経済力も含め国力の低下が著しい日本の現実もふまえて、防衛力を現状維持しながら外交を重視するのか(選択肢B2)、これは極めて重要な分かれ道であるが、本稿の主題とは異なるので別稿に譲る。
トランプ2.0の誕生で、世界は大変動期に突入した。
トランプ政権は覇権国争いのライバルである中国に対しては強硬な戦略を変えず、日米同盟はその戦略の中心にあることから、現在のところ、日本は欧州ほどにはトランプ2.0による安保政策の変化の影響を受けてはいない。
しかし、トランプ政権の政策は一過性のものではなく、米国自身が変化したことによるものである。従来の国際秩序の下では米国の富が国外流出するため、自由貿易や他国の防衛への過剰な関与や国際援助を止め、今後は米国の利益を優先する、という考え方に基づいており、この傾向はトランプ政権以後も米国政治の底流として継続するだろう。それゆえ、多くの人が米国はもう元には戻らないと考えており、であれば、この世界の地殻変動も止まらないだろう。
思えば、ASEANは、当初は反共を旗印に結集した集合体で、米国の同盟国も含む米国寄りの国々の集まりであった。しかし、この10年、いつのまにか中立の立場をはっきりと掲げる存在になっていた。フランスも今回の変化には自らが一番驚いているかもしれない。
日本も、気づけば「どちらの側にもつかない」が当たり前になっていた、そんな将来が近く来るのかもしれない。