日本政府の「一つの中国政策」を検証する【ND Compass】

岡田充
共同通信社客員論説委員

中国が台湾に武力行使する「台湾有事」切迫がささやかれ、日米首脳会談の共同声明は、「台湾海峡の平和と安定の重要性」「両岸問題の平和的解決を促す」と、台湾問題を約半世紀ぶりに盛り込み、日本が米国とともに台湾の安全保障に関与する姿勢を明確にした。2022年は、日中国交正常化から半世紀の節目にあたる。台湾問題は、当時、日中復交の最大の障害だったが、半世紀後の現在は日米と中国との対立・衝突の火種になりつつある。日米の台湾関与の強化の中で問われているのが「一つの中国」政策である。1972年の日中国交正常化交渉とその後の過程で、日本の「一つの中国」政策がどのように確立され、台湾問題はどう扱われたかを整理する。

台湾の中国返還認めた「日中共同声明」

まず、1972年9月の日中国交正常化交渉で、台湾問題がどう処理されたのかを振り返る。日中共同声明の第二項は、日本政府は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とした上で、第3項 で台湾の地位について「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と書いている。※1

日本が無条件降伏を受け入れたポツダム宣言の第8項は「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定する。それはいったい何を意味するのか。1943年11月のカイロ宣言は、米英と中華民国が「(日本が盗取した)台湾と澎湖諸島」の中国返還で一致したことを明記した。

正常化交渉に外務省条約課長として参加した故栗山尚一・元駐米大使は、「ポツダム宣言第八項に基づく立場とは、中国すなわち中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味する」 と書いている。※2

栗山によれば、中国側は「理解し尊重する」という前段の文言だけでは納得しなかったため、日本側が「ポツダム宣言第8項」を追加し、周恩来首相がその意味を「正確に理解し」受け入れたという。

サンフランシスコ講和条約では、日本は台湾に対するすべての権利・権原を放棄したが「帰属先は未定」とした。講和条約には中国、台湾とも招かれず、調印していない。これに対し日中正常化交渉では、台湾の中国返還を認める立場に変わったことが分かる。栗山はその含意について「『二つの中国』あるいは『一つの中国、一つの台湾』は認めない(すなわち、台湾独立は支持しない)と強調する中国側の主張に沿った対応」と振り返る。

「2プラス2」での台湾言及

それから約半世紀後、日米首脳会談(ワシントン2021年4月16日)は共同声明に日中国交正常化以来、初めて台湾問題を盛り込み、日米安保を中国抑止を目的にする「対中同盟」としての性格転換を鮮明にした。

その前提にあるのが、中国の台湾への武力行使による「台湾有事」の切迫という見立てである。

日米首脳会談に先立つ日米外務・防衛閣僚の日米安全保障協議委員会(2プラス2)=2021年3月16日=も、中国を初めて全面的に名指し批判した。日米安保協議委員会が「2プラス2」のスタイルになったのは1990年からだが、その後の約30年の歴史で、中国と台湾に言及したのは2回ある。

第1はブッシュ(子)政権時代の2005年2月19日、「日米共通戦略目標」に、「中国が地域及び世界において責任ある建設的な役割を果たすことを歓迎し、中国との協力関係を発展させる」という文言と「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」 との一文を入れた。※3

もう1回は2011年6月21日の「2プラス2」で、日米は「共通戦略目標」 を更新し、台湾について、馬英九政権下での両岸関係の改善を受け「両岸関係の改善に関するこれまでの進捗を歓迎しつつ、対話を通じた両岸問題の平和的な解決を促す」と書いた。※4

いずれに対しても中国外務省は批判をしたが、激しい批判とまで言えるものではなく、2021年3月の「2プラス2」の台湾問題言及に対する論理とは対照的である。今回、中国外務省報道官 は、日本は「米国の戦略的属国となり、中日関係を破壊しようとしている」と、これまでにない強い表現で日本を非難した。※5

「二つの法体系」

1952年発効のサンフランシスコ平和条約で独立した日本は、戦争の放棄をうたい「軍事によらない」日本国憲法と、日米同盟を外交・安全保障の基軸に「軍事による平和」を前提にする日米安保条約という、矛盾する「二つの法体系」の下で生きてきた。

高度成長期とバブル経済がはじける1990年代後半までは、左派が憲法を、右派が安保条約をそれぞれ掲げてきた。しかし政治的に対立しても、経済のパイ拡大には左右とも異論はなく、二つの法体系は矛盾を抱えつつも「共存」してきた。

しかし21世紀に入り、中国が政治・経済的に台頭する一方、日本の衰退に歯止めがかからなくなった。「二つの法体系」の矛盾を表面化させず共存させてきた経済的パイの拡大は期待できなくなった。

90年代の北朝鮮の核・ミサイル開発と、96年の「第3次台湾海峡危機」にみられる中国の軍事力の拡大・強化は、日米安保条約の「トーチ」を掲げる右派を勢いづかせ、「護憲」を掲げる左派勢力の影響力は、急速に後退していく。

2016年に安保法制が発効して以降、「護憲」という法体系の政治的影響力は一層衰えていく。日本世論の右傾化はその反映であり、「中国の脅威」は主流世論になった。軍事力をちらつかせ統一を迫る中国に抵抗する台湾は、民主、自由、人権の「普遍的価値」を共有する日本のパートナーとして、同情と共感が広がる。その中で、メディアや世論では、日本の「一つの中国」政策の基本も忘却されたまま、台湾への情緒的接近にブレーキがかからない。

台湾が民主化したことをもって「台湾有事は日本有事」と見なす軍事関係者や、「一つの中国政策」見直しを求める声も聞こえ始めた。では台湾が、国民党独裁時代に日本が「中華民国」を承認し支援した理由は何だったのか。台湾がもし今も「専制」下にあれば支援しないのか。日米両国にとって台湾の重要性の一つは、中国を抑え込む地政学上のカードとして有用だからである。それは日米にとり、冷戦期も現在も変わりない「国家の論理」である。ここで言う「民主」とは、「価値観外交」を有利に展開するための単なるアクセサリーと考えるべきだろう。

現時点では、「一つの中国」政策の見直しが日本国内で主流になりそうな空気が生まれているわけではないことに注意を払いたい。しかし、中国は2022年の国交正常化50周年に向け、「一つの中国」政策の厳格な順守を求めてくるだろう。それを受けて、日本でも「一つの中国」政策をめぐる議論が活発化する可能性がある。

戦略的自律に向けた外交努力を

バイデン米政権が進める対中政策は、世界に「民主か専制か」の二元論を迫る。その二元論は「米国か中国か」という落とし穴に思考を誘う。複雑な相互依存関係で成立する国際政治で、二択を迫る思考方法は誤った問題提起である。

中国は自国の発展モデルを「チャイナ・スタンダード」として提起しているわけではなく、多くの国は「米国か中国か」の二択を迫られるのを最も嫌う。民主を構成する言論・表現の自由、人権、法の支配などの理念は貴重な価値だが、絶対的定義やモノサシはなく「普遍性」はない。

統治の在り方は、それぞれの国の目標、歴史、習慣や社会制度、言語、宗教など文化的特殊性を色濃く反映する。民主も専制も決して一律ではなく、様々なグラデーションがある。

バイデン政権の対中政策は、二国間対話を通じ対立と協調をコントロールする外交ではなく、闘争である。バイデンは、米国内の分断と亀裂を埋めるため、反対が最も少ない「反中国」政策を選択しているが、いずれ行き詰まるだろう。首脳間の対話を含め正常な外交軌道に戻すべきである。

米同盟・友好国の中でも、ドイツ、フランス、韓国、インドや多くのASEAN諸国は、それぞれ古い同盟思考から脱却し、戦略的自律(ヘッジ戦略)を求める立場から、「反中同盟」には反対ないし消極的だ。一方、日本の菅政権は、「日米安保基軸」の外交方針に基づき、先進7カ国(G7)をはじめ、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)、日米豪印(クワッド=QUAD)など多国間枠組みで、「反中同盟」形成に熱心で、肝心の対中外交は手つかずのままだ。「対中闘争」を進めるバイデンとは距離を置き、安倍政権が国賓招請したものの延期したままの習近平の訪日問題を含め、対話促進を含めた対中外交を進めるべきである。

 

※1 日本国政府と中華人民共和国政府の合同コミュニケ(「世界と日本」日本の政治と国際関係のデータベース)
※2 栗山尚一「台湾問題についての日本の立場-日中共同声明第三項の意味-」日本国際問題コラム/レポート2007-10-24)
※3 「U.S.-JAPAN SECURITY CONSULTATIVE COMMITTEE」(Washington, DC February 19, 2005)
※4 「Joint Statement of the Security Consultative CommitteeToward a Deeper and Broader U.S.-Japan Alliance:Building on 50 Years of Partner」(June 21, 2011)
※5 「2021年3月17日外交部发言人赵立坚主持例行记者会」(中国外交部HP)(2021年3月17日外交部发言人赵立坚主持例行记者会 — 中华人民共和国外交部)

 

岡田 充

共同通信社客員論説委員。共同通信香港、モスクワ、台北支局長。拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師を経て現職。東アジアの外交・安全保障を中心に執筆。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題領土ナショナリズムの魔力」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」 を連載中。