戦争させない環境作りを ~軍拡議論の前に~

 

ある世論調査の結果で、ロシアのウクライナ侵攻により日本の安全が脅かされる可能性が高まったと答えた人が約8割に上った。また、安倍元首相の問題提起で急速に議論がなされるようになった「核共有」、すなわち米国の核兵器を国内に配備して共同運用する政策についても、「議論する必要がある」との回答が5割を超えた。

連日のウクライナからの報道を見れば軍拡以外に道はないとの気持ちになるのもわかる。侵攻以前から、日本では台湾有事等を念頭に、敵基地攻撃能力の保有が目指され、自民党は防衛予算を国内総生産(GDP)の2%以上にとの公約を掲げてきた。ウクライナ情勢を受け防衛力強化の声はさらに勢いづいている。

もっとも、それで日本の安保環境が良くなるならよいが、ことはそう単純ではない。核共有についても、北大西洋条約機構(NATO)の核共有においても核使用の決定権は米国にあり、これは現在の日米同盟と変わらない。むしろ核共有は、緊迫した状況下では、日本に配備された核の無力化のために相手国からの核その他による先制攻撃の誘引となりうる。日本が核共有するとなれば、近隣諸国への影響は甚大で地域の安保環境はさらに不安定になるだろう。相互不信ゆえの軍拡競争を指す「安全保障のジレンマ」を招きうるが、これは、敵基地攻撃能力の保持にも当てはまる議論である。

ウクライナの軍事予算は年間59億ドルで、世界四位の軍事大国ロシアの約617億ドルの約10分の1ではあるものの、国家規模から見ればけして少なくない。核兵器保有の有無などさまざまな要因もあり単純比較はできないことを踏まえつつも、ウクライナのGDP(名目)1553億ドルはロシアの1兆4785億ドルの約10分の1。つまり、ウクライナはロシア並みに国家予算を軍事予算に割り当てている。

この差は、日本と中国にも存在する。日本が防衛力を強化しても中国のGDPは日本の3倍であるばかりか、中国は一党独裁体制の下、軍事費拡大でも国民の人権制限でも政府の自由になる環境にある。

また、日本では、ウクライナの事態を見て「同盟重視」の声がさらに高まり、米国に加え欧州諸国との軍事連携をという声も高まっている。もっとも今回、米国は、ウクライナは同盟国でないから軍事介入しないと早々に表明したが、これまで米国は非同盟国の紛争にさんざん軍事介入してきている。今回介入できないのは、相手が核・軍事大国ロシアだからである。日本が気にかける中国も核・軍事大国である。中国との「熱戦」がこの地域に発生した際、米国が軍事介入するとの確実な保障はない。

今回の大きな教訓は、大国による武力行使が一度決意されると止めるのは難しいということである。台湾有事では日本は実際の被害を受けうる。「有事にどうするか」の議論の前に、何としても台湾有事の発生を阻止しなければならない。

2022年の今日に、30年前に終わったはずの冷戦構造がここまではっきりと残っていたことに驚いた人も多かろう。これが根本的な問題である。欧州では、NATOの東方拡大の問題を含め、ロシアとの関係を敵対的なものから転換する欧州の安全保障制度をなぜつくりあげてこられなかったのか。

より厳しい冷戦構造が残るとされてきたのが東アジアである。この数年、クアッド(日米豪印)やAUKUS(豪米英)など中国から見れば封じ込めとも捉えられかねない軍事枠組みが加速しているが、地域対立を高めない慎重な運用が必要である。

今回の侵攻を受けて、日本では軍事論は盛り上がるが、東アジアの対立緩和のために外交で何をすべきかという議論が一向に聞こえてこない。戦争を起こさせない環境作りが何より重要であり、いざというときにも紛争がエスカレートしないよう核も含めた軍縮を世界レベルで働きかけ続けること、これを忘れては問題の根本を見失う。

 

(北海道新聞 2022年3月31日)