語られない台湾有事の「現実」 日本も多大な被害の恐れ

「台湾がもしもの時の対中経済制裁について、日本の議論を教えて欲しい」

先月の訪独の折、独与党の要職にある議員から質問を受けた。彼は「ドイツの中国への経済制裁は、日本や韓国の判断を見ながら決めるから」と続けた。

アジア9カ国の専門家と訪れたドイツであったが、アジアの多くの国では対中貿易は経済の要である。会議場は騒然とした。「デカップリング(経済的切り離し)の議論ですら緒についたばかりだ。中国は日本の最大の貿易相手国で、対中貿易は全貿易額の約4分の1。制裁は今の生活を諦めるに等しい。対中制裁の議論はされていない」。他国の議員相手に厳しい物言いになったな―と思いつつ発言を終えた瞬間、韓国の教授が「全面的に賛成する。韓国も同じだ」と援護射撃に入ってくれた。

その夜、独のアジア専門家から「なぜ経済制裁の話は不適切なのか。日本では台湾有事への派兵の議論もでているんだろう。派兵の前に制裁を検討するのは当然では」と声をかけられた。激論の末、私がたどり着いたのは次の結論だった。「日本政府は威勢のいいことばかり言っているが、都合の悪い事を話そうとしない。その結果だ」

彼や、私に質問した議員の問題意識はもっともである。日本では敵基地攻撃能力や防衛費増額の議論ばかり取り上げられ、台湾有事も、もっぱら軍事面から語られる。しかし情勢が緊迫すれば、米国などの主導で経済制裁が発動され、そこに日本が参加しないことは考えにくい。ましてや有事となり、自衛隊が後方支援であっても参加すれば、日中貿易は断絶する。対中貿易が途絶えたとき私たちの生活はどうなるのか。日本ではこの議論がすっぽり抜け落ちている。

抜け落ちているのはそれだけではない。台湾有事に介入する際、米軍は在日米軍基地から参戦することが想定されるが、結果、日本の米軍基地所在地は反撃の標的となる。後方支援であっても自衛隊派兵となれば、自衛隊基地ほか国内の随所も標的となり戦渦に巻き込まれる可能性が現実化する。

今、その空気を正確につかんでいるのは沖縄ぐらいだ。沖縄では、台湾有事をあおる風潮に対して「ノーモア沖縄戦 命(ぬち)どぅ宝の会」が結成され、「二度と沖縄を戦場にするな」との声が上がっている。政府の方針もあり、シェルターの設置や避難計画の策定が各自治体で議論されているが、石垣市では市民避難に「9.67日」が必要で、のべ435機の航空機を要するという。宮古島市も観光客を含め避難にはのべ381機が必要との試算である。

有事におけるこれだけ多くの航空機確保は机上の空論に近い。そもそも、シェルターや避難計画がどれだけ充実しても、有事になれば大規模な被害は避けられない。また、標的となりうるのは沖縄に限られないが、日本本土に広くシェルターを整備するのは極めて難しいだろう。

この夏、米下院議長の訪台を受けて中国が大規模な軍事演習を行った。その際、台湾に最も近く、演習により漁業者の漁の自粛要請が出された与那国島では、話し合いによる外交での解決を求める声が島民から上がった。日本政府のシェルター整備検討について、琉球新報は「話にならない計画」「そもそもミサイルが飛んでくるようでは手遅れ」「軍拡競争に明け暮れるより、紛争を避ける外交力を磨くべきだ」と社説で訴えた。

沖縄では、戦争に備える議論が戦争の当然視を招き、さらに戦争が近づくことにも強い懸念が示されている。

「抑止力強化」とばかり繰り返す日本政府やメディアの報道には、甚大な人的・物的被害や対中貿易断絶といった戦争のリアリティーが欠如している。軍事力をどれだけ強化しても限界はある。台湾有事は、まだ起きておらず、不可避ではない。台湾有事を絶対に起こさせないために、「緊張緩和のための外交」が強く求められている。

2022年11月17日 北海道新聞6面