昨年末に閣議決定されたいわゆる安保関連3文書では、対中国抑止の焦点としてミサイル施設を攻撃する「反撃能力」の保有がうたわれた。また、「武力攻撃より十分に先立って、南西地域を含む住民の迅速な避難や様々な種類の避難施設の確保」「自衛隊の機動展開のための民間船舶・民間航空機の利用拡大と当該船舶・航空機を利用した国民保護」に言及している。中国との戦争がミサイルの撃ち合いとなり、沖縄の基地が標的となることを認識しているからだ。
宮古、石垣、与那国では、自衛隊の配備や基地強化をめぐって賛否両論がある。だが、自衛隊を受け入れることと、中国本土に届く長射程のミサイルを配備することは別の問題である。離島の住民を避難させるとしても、有事となる前にそれを強制する法律はない。十分な時間的余裕を持てば持つほど、島の経済活動を停止する期間も長くなる。それに対する補償も論じられていない。自衛隊が機動展開すれば、相手は日本が戦争準備を始めたと受け止め、一気に緊張が高まる。その船に住民を乗せて避難するのは、対馬丸の悲劇を繰り返すおそれもある。さらに、米軍基地が密集する沖縄本島も安全とは言えない。一体、どこに避難するのか。
こうしたことを、政府は住民に十分説明すべきだ。防衛は政府の専権事項だと言っても、住民の命や生活まで政府に委ねているわけではない。また、有事となれば真っ先に被害を受けるのは自衛隊である。自衛隊も住民も、互いに良き隣人として共存することを望んでいるはずだ。誰もミサイルの標的になりたくないし、なってほしいと思わない。そういう視点で考えれば、沖縄の米軍・自衛隊が中国本土への攻撃の拠点となることについて、基地への賛否とは別に、新たな県民の合意形成に向けた議論が可能となる。それは、日米政府に対しても、大きな影響を与える力となるはずだ。
「攻撃力が抑止力になる」という論理がある。だが、抑止に万全はなく、抑止が破たんすれば「抑止力」と称するものが真っ先に攻撃される。それゆえ、戦争を回避する外交が必要となる。
台湾有事が日本有事に自動的になると思っている政治家が多い。だが、台湾有事とは中国と台湾の戦争である。そこに米国が参戦して中国と米国の戦争になる。米軍は、沖縄を含む日本の基地を拠点に戦う。それに日本が同意し、あるいは自衛隊が米軍とともに参戦すれば、日本が中国と戦争する「日本有事」になる。ちなみに、日本の基地からの米軍の出撃は、安保条約に基づく事前協議事項である。存立危機事態などを認定して自衛隊を出すのも、日本の判断事項である。
いま、日本の政治家が悩むべき課題は、日本の基地からの米軍の出撃を認めてミサイルが飛んでくることを覚悟するか、米軍の出撃を断って日米同盟を破たんさせるかという「究極の選択」である。その悪夢の選択を避けたいのであれば、台湾有事を避ける外交こそが政治の最優先課題となるはずだ。 (元内閣官房副長官補)
陸上自衛隊与那国駐屯地=2022年3月、与那国町
シンポジウム「戦争を回避せよ―安保関連3文書改定を受けて」が3月1日午後7時から、北谷町のちゃたんニライセンター「カナイホール」で開かれる。登壇者は柳沢氏、屋良朝博前衆院議員、猿田佐世新外交イニシアティブ代表。資料代500円。問い合わせは屋良朝博事務所、電話098(929)2416。
230221 琉球新報13面
シンポジウム「戦争を回避せよー安保三文書改訂を受けて」は3月1日午後7時から北谷町のちゃたんニライセンターで開催。