軍事力を強化すれば平和になるのか? 中国に強硬姿勢の米議会“元締”との面談で抱いた懸念

米中対立の行方は――。インドで9月9、10日に開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を中国の習近平国家主席は欠席。米国のバイデン大統領は「失望した」と対話の機会が失われたことを嘆いたという。シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表で、弁護士(日本・ニューヨーク州)の猿田佐世さんはこの夏、米国務省・国防総省の高官とも面談、米議会も細かく回り、米側の最新情報を得てきた。そのうえで、日本の立ち回り方を考察した。

「軍事力を強化すればするほど、平和になるのだ」

8月のワシントン、きつく冷房の利いた米連邦議会の広い会議室で、私は米議会下院の中国特別委員会の担当補佐官と一対一で向かい合っていた。

この委員会は今年1月に設立されたが、設立後初の公聴会で委員長が「中国との競争は、21世紀における存亡をかけた戦いだ」と発言したり、その後も、委員会で米台合同軍事訓練の強化や台湾への武器売却の加速、周辺地域における米軍基地の拡充を求めたりするなど、現在の米議会の強固な対中強硬姿勢を作り出している元締のような存在である。

より強硬になる米国の対中政策、そして、台湾有事の可能性が高まっているとの指摘。私は、ワシントンを訪問するごとに感じるこれらの方向性に強い懸念を抱き、

「日本人の8割が、台湾有事に巻き込まれることを懸念している(2023年5月1日配信、朝日新聞郵送世論調査)」

「日本人の約75%が、台湾有事に自衛隊が参加することに反対している」(2022年11月12日発表、新聞通信調査会世論調査)

これらの世論調査の結果を示し、「外交による緊張緩和の努力をしてほしい」と要望すべく、この中国特別委員会関係者への面談を申し込んだ。

友人の忠告を振り払って面談した相手の言葉

面談前、米シンクタンクのある研究者の友人からは「そんなことを伝えたら、彼らは、日本のメディアに大量の資金提供をして、日本人の考えを変えようとするんじゃないか? 会うのもやめたほうがいい」という冗談を交えた忠告が寄せられたほど、この中国特別委員会の対中姿勢は極めて強硬である。

しかし、米国と日本では置かれている地政学的位置や周辺諸国などとの利害関係が全く異なる。台湾有事になっても米国本土は被害を受けないだろうが、日本に住む私たちは壊滅的な被害を受けうる。懸念を伝えなければ何も始まらない、と、友人の忠告を振り払って面談に向かった。

面談においては、上記の世論調査の結果を伝え、特に台湾に近い沖縄の人々が台湾有事を強く懸念していること、ミサイルなどが配備されると標的になり余計危険にさらされるのではないかと声を上げていることなども伝えた。

私の話に神妙に耳を傾けていたこの委員会付補佐官は、私の話をしばらく聞いたのち、話を遮って、「私たちの考えは」と切り出した。

そして述べたのが冒頭の「軍事力を強化すればするほど、平和になるのだ」という一言だった。

開口一番「議会、大丈夫か?」と釘を刺したのは…

「米議会は超党派で対中強硬」と日本の主要メディアも繰り返し報じてきた。確かに米議会の中国に対する姿勢は大変厳しい。

もっとも、米議会のこの姿勢についての報道のみを鵜吞みにすると、そこに存在するニュアンスを読み落とすし、米国全体の方向性を見誤る。

バイデン政権自体、昨年夏のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の訪台などを経て高まり続けた米中間の緊張を、少し和らげねばならないという方針に舵を切り、この夏は立て続けに閣僚を中国に送り、対話の姿勢を前面に押し出した。

また、米議会においても、この対中強硬のトーンに対し、少数であっても一定数のリベラル派(進歩派)は疑問も投げかけている。

議会関係者との面談を繰り返すうちにこんなエピソードを耳にした。

議会の主流派ともいえる強硬派が、議会のリベラル派の外交重視姿勢を苦々しく思い、現実を知らしめてやろうと、この春、各議員事務所の安保担当補佐官を集めて米軍のインド太平洋軍司令部訪問団が組織された。米議会では、日本の国会議員秘書に比して、各議員の下で働く補佐官が実際の立法・政治過程で大きな影響力を持っている。その補佐官たちが民主・共和両党から、同軍の司令部のあるハワイをグループで訪問したのである。

その訪問団に参加したあるリベラル派の議員の補佐官が私に話をしてくれた。訪問団が面談したインド太平洋軍の軍高官が何を言ったか。

開口一番、「議会、大丈夫か?あまりに強硬すぎないか? もう少し外交も重視してくれ」。

「強硬派が私たちを変えようとして、向こうが釘を刺されたんだよ」と彼は大笑い。

その後、他の議員の補佐官からも全く同じ話を聞くことになった。リベラル派の補佐官にとっては余程印象に残ったエピソードだったらしい。

麻生太郎副総理(当時)の発言が「日本の声」として伝わる違和感

なお、政権や軍だけでなく、米政権の政策に影響を与えるワシントンの有識者たちの間でも、米議会のあまりの強硬姿勢に眉をひそめ、中国との対話の重要性を説く専門家たちが増えている。

あるオバマ政権の元ホワイトハウス高官に上記の世論調査の結果を見せると、「日本政府はこの国民の声をなぜ聞かないのだ」と即答し、今こそ中国との外交努力が必要だ、と熱弁した。

おりしも、麻生太郎副総理(当時)総裁が8月に訪台し、「“戦う覚悟”を持つことが地域の抑止力になる」と発言したというニュースが広がっていた時期であった。台湾有事に自衛隊を送ることに世論の7割以上が反対なのだから、戦う覚悟なんぞ国民のほとんどにあるはずもない。

にもかかわらず、民意を代表していないこの威勢よい副首相の発言はアメリカにも届き「日本の声」として米政界の強硬派にも伝わる。そして、強硬派同士呼応して、さらに強硬な対中政策が日米両国で作られていく。

日本は、中国とは経済の縁を切ることもできず、文化圏を共有する隣国である。台湾有事では壊滅的な被害を日本は受けうる。

「この“強硬なアメリカ”に、どこまでついていく気なんだ」

これが、この夏、ワシントンでの面談を繰り返した私の痛烈な感想である。

◯猿田佐世(さるた・さよ)
シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表・上級研究員。弁護士(日本・ニューヨーク州)・立教大学講師・沖縄国際大学特別研究員