「2030年までに原発ゼロ」撤回は  アメリカの押しつけではない

【「2030年までに原発ゼロ」撤回は  アメリカの押しつけではない】
(渋谷陽一責任編集「SIGHT(ロッキング・オン社刊)」65号 3/1)

――2011年に福島第一原発の事故が起きた後、日本では脱原発の運動が盛り上がり、一度は民主党政権から「2030年代までに原発ゼロ」という大方針が打ち出されました。しかしすぐに撤回され、その影にはアメリカからの働きかけがあったとも言われています。猿田さんは当時どのようにお感じになっていたんでしょうか。

猿田 私は、原発事故当時、アメリカの首都ワシントンに留学していました。日本の原発政策にはアメリカが大きく関与していると言われていますので、事故後、アメリカからどういった働きかけが日本になされていくか、関心を持って見ていました。2012年9月に民主党が「2030年代に原発ゼロ」という閣議決定を模索していた当時はすでに帰国していましたが、東京新聞の一面トップに「閣議決定回避 米が要求/原発ゼロ『変更余地残せ』」という見出しがバーンと出て、私のまわりの原発に反対する人たちが「猿田さん、アメリカにやられたよ」と言いながら記事を見せに来たんです。帰国後もワシントンの動きをモニターし続けていたので、この圧力というのはどういうことなんだろうと思って調べ始めました。結論的には、アメリカが積極的にNOと発信したというよりは、アメリカにNOを言わせてそれを国内で追い風に使いたかった日本の原発推進派が、その声を利用した、と言って良いと思います。確かに、アメリカには日本の原発維持を求めている人もいますが、その人たちが積極的に圧力をかけようとしたのではなく、日本政府、財界、メディアも含め、脱原発反対の声を日本で流したい日本人が、あえてその声を取りに行った。あの声を日本に流したかったのは、本当はアメリカ人ではなく日本人でした。私は、原発は日本人が選択しているものであって、アメリカがやめさせてくれないからやめられない、とは思いません。

――猿田さんは著書の中で「ワシントン拡声器」という言葉を使っていらっしゃいます。つまり今原発を動かしている日本の政治家や産業を含めた大きなシステムが、アメリカの知日派などを能動的に巻き込んで、彼らに発言をさせることで、日本で自らの望む政策を推進しているということですよね。

猿田 原発に限りませんが、アメリカは日本に対してとても強い影響力を持っていますので、「アメリカの声」を発信させることで、日本での自らの政策推進の大きな追い風になります。自分たちに都合のよい「アメリカの声」を作り出すために、日本政府や企業はアメリカのシンクタンクやロビイストに多額の資金を提供していますし、メディアも、自ら流したい声を選択して日本に流します。この民主党政権の原発ゼロ閣議決定の当時、あちこちのメディアに掲載された「原発ゼロなんてとんでもない」というアメリカ人の声も、原発推進派の日本人が望んで積極的に流したものだと、政府に近い原発推進派の方から聞いています。

――なるほど。当時、結果的に人々が印象付けられたのは、単に政権が原発やめますって決めたからやめられるものではなくて、何かしらもっと大きな力が働いているんだなということでしたよね。それは実はアメリカではなくて、別の力学が働いていたという。

猿田 そうですね、官僚と業界からの圧力はすごいですよね。それが政治構造の中枢を占めています。ワシントンにも、東芝、日立、三菱重工といった原発関連企業の方々がたくさんいます。

――そもそも猿田さんがワシントンに行ったときは、まだ原発問題に特別の取り組みをしていくつもりはなかったわけですよね。

猿田 ワシントンに留学したときには、自分がワシントンの米議会や米政府にロビイングをするようになるとは考えてもいませんでしたし、原発についての日米外交の研究を行うことになると考えたこともありませんでした。所属する法律事務所に海渡雄一という脱原発の中心的存在の弁護士がおり、日本で起きている原発差し止め訴訟の弁護団会議のいくつもが事務所で行われていたりしましたが、私自身は原発の問題について取り組んではいませんでした。原発事故が起こった当時、たまたま私は春休みで日本に帰国中で、日本全体がパニックになっていく様子も体験し、その後日本で脱原発の声が高まる様子も肌で実感していました。しかし、ワシントンに戻り、事故から数週間すると、日本に影響力を持っているアメリカの知日派が、「やっぱり原発は動かさなきゃいけないんだ」と発言を始めました。メールやインターネットを通じて日本から私に届く「原発はもうやめましょう」という多くの声とはまったく違う空気でした。しかも、その知日派の人たちは日米関係の専門家ではあっても、原発やエネルギー政策を専門にする人たちではありませんでした。それで、この現象は何だろうと思うようになったんです。

――猿田さんとしては、事故が起きて、原発っていうのは続けるとヤバいんじゃないかと思ったわけですよね。それと同時に、ワシントンにいる知日派の方たちと日本のつながりが異様だというのがはっきり見えてきた。

猿田 3月11日以降、日本の国会議員たちがワシントンを訪問して、NRC(原子力規制委員会)や連邦議会などを次々と視察しに来るようになりました。私は、当時、すでにワシントンに沖縄の声を伝える活動を始めており、米議会や米政府への働きかけを行っていましたが、原発事故を機に、原発について訪米される方々のお手伝いもするようになりました。いろいろ調べて、アメリカでもバーニー・サンダースのように原発に関心が高い議員もいます、とか、アメリカは福島事故を受けてどのように自国の規制を見直そうとしたかなど、急遽、アメリカの原発事情やそれを取り巻く政治情勢を必死に学び、いろんな人脈もできていきました。2011年の11月頃、ワシントンで一番日本関係に力を持っているCSIS(戦略国際問題研究所)というシンクタンクから、日本の震災復興についての提言書が発表され、記者会見が開催されました。そこにはアメリカ政府の代表も日本の大使も来ていましたが、経団連とCSISが共同で行ったプロジェクトで、その報告書には、日本の脱原発に対する懸念が示されていました。この報告書は経団連が関わっているものなのに、日本のメディアはワシントンのイベントとして取材をし、会場にはテレビカメラが何台も並んでいるのです。それが「アメリカ発」のメッセージとしてこうやって日本に伝わっていくんだと実感しました。日本の大使も「こんなすばらしい報告書をありがとう」と冒頭で謝辞を述べていて、日本では、多くの人々が原発反対なのに、これはおかしいと思いましたね。

日本が決断さえすれば、
原発は絶対にやめられる

――猿田さんが事務局長を務めるシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」では、「日米原子力エネルギープロジェクト」を立ち上げ、多くの原発関連企業の関係者にもインタヴューをされていますよね。福島の事故でこれだけの被害が出たのに、なぜ彼らはいまだに原発を推進するのでしょうか。

猿田 資源のない日本には必要だ、と考えている人も多いでしょう。原発のリスクは技術により抑えられると考えている人も多いと思います。核燃料サイクルの問題で多くの方々にお話を伺ったとき、人によっては、もんじゅのヒビ割れなどについても、そこまで問題視するべきことではない、メディアはなぜ大きく取り上げるんだ、とお話しされました。大事故は、やるべきことをやれば防げるものだ、と考えているようにも感じます。

――一般市民的な感覚からすると、非常に隔絶を感じますね(笑)。アメリカに絡んでお伺いすれば、アメリカは日本に原発を続けてほしいと思っているのですか?

猿田 何よりもまず日本に知られていないことは、アメリカでは原発産業自体はすでに斜陽産業としての扱いを受けているということです。アメリカでは、1979年のスリーマイル島原発事故以後、原発産業には非常に厳しい状況が続き、その後40年近く経ちますが、新設された原発はごくわずかです。市場経済原理が原発にも働くアメリカでは、経済的視点から原発に関心を持つ企業も現れません。アメリカの脱原発派に、「今後の脱原発のストラテジーは何ですか」と聞くと、「すでに私たちは勝ったので、ストラテジーなどない」との答えが返ってきました。そんな中でも、原発産業に関連する人たちを中心に、日本に対して原発をやめてほしくない人はもちろんいます。理由を聞くと、アメリカの原発関連産業の維持、という以外には、エネルギーのない日本に必要な選択ではないかという回答や、原発の国際基準を適切に維持するために中国やロシアなどが原発産業の中心となっては困る、といった答えが返ってきます。もっとも、なぜ日本はそんなに原発に入れ込んでいるの?といった発言をする原子力の専門家もおり、アメリカが全体として日本に原発の継続を求めているかというと、それは違うと思います。ただ、日米の原子力産業同士はつながっていますから、彼らは懸命に日本の原発再稼働を推進しています。たとえば、福島第一原発の事故後に、CSIS所長のジョン・ハムレ氏が日本の原発再稼働を求めて繰り返し発言をしていましたが、彼は濃縮ウランを日本に輸出しているセントラス・エナジーという会社の顧問をやっているために、日本に原発をやめてもらっては困るわけです。

――ということは、日本がやっぱり原発はやめるんだって決めれば、やめられる。アメリカ全体と大揉めするようなことはないってことですよね。

猿田 ひと悶着はあるでしょうが、やめられるでしょう。もちろん業界からの圧力はあると思いますが、ドイツだってやめると決断したわけですから。それがやめられないのをアメリカのせいだと思ってしまうのは、日本の政治に自分で責任が持てないがゆえだと思いますし、結局は日本の決断だと思います。日本では、多くのことについて「アメリカに言われたから日本はそれに従わなければならない」と思っている人が多いですが、それは違うと思います。日本は大概のことについて自分たちで決めようと思えば決められる。例えば、使用済み核燃料の再処理や、あるいは、それにより抽出されたプルトニウムの蓄積については、アメリカから懸念が示されながら、まったく言うことを聞かずに国策として続け、すでにプルトニウムを48トンも貯めているのです。

――脱原発の立場の人の間でも、使用済み核燃料の再処理についてはあまり話題になることがありません。しかし、アメリカは実は日本の再処理については懸念を持っているのですよね。

猿田 そうです。再処理は、原発のバックエンドとして、原発そのものにも大きな影響力がある問題であるにもかかわらず、あまり多くの人に関心を持たれてないかもしれません。アメリカは、日本のプルトニウムの蓄積について、核不拡散の観点から懸念を持っています。多くのアメリカの専門家から、様々な機会に懸念が示されていますが、日本政府は使用済み核燃料の全量再処理の政策を変えようとはしません。

原発の再処理を続ける理由は、
核兵器を持ちたいからなのか

――やっぱり日本は自分が原発を保持することで、核兵器につながる技術を持つことにこだわり続けているのではないか、という強い印象があります。

猿田 日本が原発をやめないことによって潜在的な核抑止力を保持することが政府の方針になっているか、というご質問ですが、これについては、オフィシャルに言えばもちろんそうなってはいません。個々の官僚や政治家にそのような気持ちを持っている人もいるでしょう。ただ、原発を稼働するだけで核兵器を作ることはできないわけで、再処理でプルトニウムを取り出さなければいけませんよね。

――再処理の問題については、単純に廃棄物処分の話ではなくて、原発の廃棄物からプルトニウムを取り出すことに、政治的な意味と莫大なコストが発生するという問題ですよね。

猿田 そうですね。アメリカでは、「核不拡散」は、国是にも近い課題です。冒頭にお話しした野田政権の「原発ゼロ」方針は、再処理継続という政策と相まって出されたのですが、その「原発ゼロ、再処理継続」方針について、アメリカでは、「原発やめて使うあてもなくなるのに、プルトニウムを取り出し続けてどうするの!」という観点から問題視する人が数多くいました。しかし、アメリカからの再処理・プルトニウム蓄積に対する懸念は、日本ではほとんど報道されませんでした。

――単純にコストで考えたら圧倒的にやめたほうがいい再処理を日本が延々と続けているのは、核不拡散の観点から問題視されても、やっぱり潜在的核抑止力を持ち続けたいというところにつながるんじゃないですか。

猿田 潜在的な核抑止力を維持したい人もいるとは思いますので、再処理推進派の真の目的がどこにあるかは、結局は「人による」ということだと思います。が、単純に皆がそうだとは言い切れないと思います。再処理にかかわっている方や、全量再処理といった政策を進めてきた政府の内部の方々にお話を伺うと、その多くは、再処理を成功させて、そのうちもんじゅのような高速増殖炉で核燃サイクルを完成させていく、これこそがエネルギー資源のない日本の未来を切り開く道である、という話をされます。
――(笑)。

猿田 もんじゅはほとんど動くことなく廃炉になるわけですが、核燃サイクル推進の方々の中にはそれほど大きな問題はなかったのになぜここでやめるのだ、もう少しでサイクルが完成するのになぜその可能性に賭けないのか、という方もいらっしゃいます。

――非常に暗澹たる気持ちになりますね。そんなにピュアな思いでこんなに無駄なことを続けているんだったら、核兵器の為にやってるんだよって言われるほうが、まだ納得しやすいと思っちゃいますが(笑)。

猿田 六ケ所村の再処理施設についても、やっぱりこれだけやってきて、青森の人たちに信頼をしてもらってともに頑張ってきて、この気持ちは裏切れないと言う方もいます。そういう現実はあまり知られてないと思います。

――脱原発と言っている側にも、確かにそこまでの現実は見えてないですね。そこはいわゆる経済合理性ではなくて、国がバックアップしている限り続いてきたわけですよね。たとえばアメリカでもフランスでもドイツでもいいですが、シンプルに採算合わないからやめるという、わかりやすい話がいっぱいあるじゃないですか。

猿田 それは本当にそうですね。

――それをできないがゆえに、現場で目をキラキラさせた人たちがそのままで居続けてしまうという、本当に根深い問題ですよね。

猿田 48トンも蓄積してしまったプルトニウムを、資源として価値のある宝の山と理解するか、扱いの極めて難しいゴミと理解するか、大きく分かれます。持っているとアメリカには責められるし、テロの標的になる危険もあり地域の不安定さを増す要因なのですが、大切な資源だとの考え方もあります。いつの日か技術が進んで、そこでエネルギー源となると考えているからですよね。もっとも、脱原発という立場で言えば、ここまでの話にならなくとも、原発は経済効率が悪いし、危ないし、というだけでやめる理由は十分だと思うんです。たとえばドイツの人たちにも、さまざまなしがらみは当然あったはずなんですが、やめると決めることができたわけです。原発事故のちょうど1年後に、アメリカで国際会議に出る機会があって、そこにドイツの元防衛大臣という方がふたり来ていたんです。そこで「あんな経験をしたのに、なぜ日本が原発をやめられないのかわからない」って囲まれて質問されました。

――だから、まさにその疑問なんですよ、今回の特集でずーっと追求しているのも。ちゃんとした理屈に従って考えれば、絶対に原発は今やめたほうがいい。猿田さんがおっしゃる「ワシントン拡声器」という問題も、その歪みがなくなるほうが今より絶対にいいわけですよね。

猿田 もちろんそうです。「ワシントン拡声器」というのも、結局は、「日米外交」すら既得権益層が自分の利益を追求するための道具になってしまっている、ということであって、一部の人の利益で国の多くの政策が決まっているというところが、根本的な問題だと思います。