時代の正体〈632〉 無関心が生む偏狭な理解 沖縄県知事選を問う(上)フリーライター・屋良朝博さん

時代の正体〈632〉 無関心が生む偏狭な理解 沖縄県知事選を問う(上)フリーライター・屋良朝博さん

http://www.kanaloco.jp/article/362108

【時代の正体取材班】文・写真=田崎 基(神奈川新聞)

沖縄の基地問題を調査・研究してきた「新外交イニシアティブ」(ND)が沖縄県知事選(13日告示、30日投開票)に合わせ、「沖縄と米軍基地-県知事選で問われるべきは何か-」と題するシンポジウムを開催した。辺野古新基地問題を巡る今後の展開や解決策が見いだせない沖縄の現状、日米地位協定、米軍基地が地域にもたらす汚染などが語られた。スピーチに立った三氏の発言を詳報する。初回はフリーライターの屋良朝博さん。

◆     ◆     ◆

元防衛相の石破茂氏が地方へのメッセージとして「沖縄の皆さんへ」と題する7分ほどの動画を自民党総裁選に向けて投稿していた。その石破氏は、沖縄に基地が集中した理由についてこう言っていた。1950年代に本土で激しい反基地闘争があり、それが原因で沖縄に基地が集中した、と。当時、海兵隊は岐阜や山梨、静岡県に分散していた。ところが、反基地闘争が広がることを恐れた日本政府と米政府が海兵隊を沖縄へ移転させた。これは何を意味しているのか。

つまり、沖縄に基地が集中している理由として政府が繰り返し説明している「抑止力」「地理的優位性」「安全保障上の理由」といったこれら全てが、うそだということだ。

この事実をベースに沖縄の基地問題を考えることができれば、基地を取り巻く背景は変わっていく可能性がある。

無知

日本で安全保障論が深く掘り下げられることはなかなかない。あまり語られることがないにも関わらず、「沖縄の基地は必要だ」という非常にざっくりとしたイメージの中で重要なことが決められている。

いま、30日投開票の県知事選には、自民党が推す前宜野湾市長の佐喜真淳氏と、野党が推す前衆院議員の玉城デニー氏の二人が主な立候補者として届け出をしている。

メディアも有権者も、辺野古新基地建設を巡り今後の行方がどうなるのか、県知事選の結果によって大きく左右されるだろうと思い注目している。

だが、佐喜真氏が示した10の政策のうち基地問題については9番目になっている。玉城氏の15政策でも基地問題は14番目だ。

基地問題の優先順位はそう高くない。佐喜真氏の優先順位1番目は「子育て」。次いで福祉、医療と続く。玉城氏は人材育成。そして社会資本整備へと続いていく。

沖縄でも他県と同じように生活密着型の政策を前面に出す。これが実態だ。

私はいま56歳。実家は本島の中央に位置する北谷町で基地に囲まれて育った。

本土復帰のときまで、基地の中でも僕らはフリーパスだった。放課後には基地の中にあるリトルリーグ仕様の整った球場でキャッチボールをして遊んだ。クリスマスには教会に行きお菓子をもらい、ハロウィーンの日には米国人の家を回り「トリック・オア・トリート」と言ってクッキーやらキャンディーやらをもらっていた。

大人になっても、よほど社会的問題として米軍基地を捉えていなければ賛否を問われても何を言っているのか分からないだろう。

2017年度に普天間飛行場の近くにある沖縄国際大学で非常勤講師として、週に1度講義をしていた。100人の学生を相手にアンケートをしてみた。

その結果、沖縄に基地は「必要」が49%。「不必要」が5%。「分からない」が46%だった。

理由は分からないが「必要」と答える学生は年々増えている。ただ石破氏が言ったような基地の歴史や情報を授業で提供していくと、この数字は逆転していく。

共有

報道も沖縄の基地についてきちんと理解しているだろうか。例えば、沖縄にどのような基地があり、どのように運用されているのか。海兵隊はどのような役割を担って沖縄に駐留し、何をしているのか。その基地の規模や範囲は。

実は海兵隊は、沖縄の基地の7割を使っている。仮にこの海兵隊が撤退すれば、残る米軍基地は、嘉手納飛行場(嘉手納町、沖縄市、北谷町)、嘉手納弾薬庫(嘉手納町、恩納村、うるま市)、ホワイト・ビーチ(うるま市)、トリイ通信施設(読谷村)といった程度になる。

つまり、沖縄の基地問題の根幹は「海兵隊をどうするか」という点だということが、ここから分かる。

だがこうした議論はなされない。基礎的な情報や知識が共有されなければ、有効な解決策など出てくるはずがない。

低頓

佐喜真氏も玉城氏も基地問題について、「普天間飛行場の運用停止」と「オスプレイの飛行停止」という点では共通している。

ところがこの二つの主張は結果的に海兵隊の機能不全をもたらす。オスプレイは海兵隊の移動手段に使われている。車で言えばタイヤだ。だがタイヤを失えば車は機能しない。オスプレイの飛行停止とはつまり海兵隊自体をもどこかへ移転させることと同義だ。

しかし両者とも海兵隊の撤退論には及んでいない。

辺野古新基地建設だけがクローズアップされているが、これは木を見て森を見ずといった印象を受ける。

仮に辺野古反対派が県知事選で勝ったとしても、安倍政権は辺野古新基地建設を止める気はさらさらないだろう。安倍政権は、県知事選が終わるまで工事を止めて静かにしておき、終わったら「撤回」を取り消すような行政的対抗措置をとってくる。それが進展すれば裁判になる。

この国には、沖縄の基地問題を解決できる権限を持っている人がいない。立法、司法、行政。いずれも沖縄の基地問題を解決するつもりもなければ、度量もノウハウもない。そして本土に移転しようとすれば、本土側が反発する。結局、沖縄の中で移設先を考えなければいけない。

実にデッドロック(いきづまり)。沖縄に基地が一極集中し、その負担によって日米同盟が維持されているという歪(いびつ)さ。この歪の中で沖縄だけが「賛成」「反対」と言い合っている

愚策

自民党は「普天間飛行場を返還し、機能を辺野古に持っていく、これが唯一だ」「一日も早く普天間の危険性を除去したい」と言っている。

だがその「一日も早く」というのはどの程度のタイムスパンなのだろうか。

順調に工事が進んだとしても、10年はかかると言われている。

普天間の横ではヘリコプターが頭上を飛ぶたびに避難シェルターに隠れている児童たちがいる。あと10年間もそんな生活を強いられるのだろうか。辺野古の移転には1兆円の費用がかかるという。これは私たちの血税だ。

これがいい政策であるはずがない。しかしこれを検証する機関が日本にはない。これが日本の、沖縄の基地問題の歪さだ。

乗り越えるのは非常に難しいと実感している。

◆     ◆     ◆

やら・ともひろ
ND評議委員、元沖縄タイムス論説委員。2012年に退社しフリーライター。著書に「誤解だらけの沖縄・米軍基地」(旬報社)、「砂上の同盟」(沖縄タイムス社)など。