なぜ「辺野古に懸念」は米国防権限法案から削除されたのか ──アメリカの動向やイージス・アショアが新基地計画に与える影響

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津田大介の「メディアの現場」

2020.9.4(vol.407)

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◆なぜ「辺野古に懸念」は米国防権限法案から削除されたのか
──アメリカの動向やイージス・アショアが新基地計画に与える影響

(2020年7月31日 ポリタスTV [*1] より)
出演:猿田佐世(弁護士・新外交イニシアティブ(ND)[*2] 代表)、津田大介

津田:米下院軍事委員会は7月1日、2021年度の国防予算の大枠を定める総額7410億
ドル(約79兆円)の国防権限法案を全会一致で可決しました [*3] 。この法案をめ
ぐり、同委の即応力小委員会は、沖縄辺野古の新基地建設予定地の軟弱地盤や、大
浦湾の活断層への懸念について言及し、国防省に報告書の提出を求めていましたが、
辺野古への懸念に触れた文章は最終的にすべて削除されました。

最終的に文言は削除されたものの、じつは米国側が辺野古の新基地建設にリスクを
感じていることがあきらかになったわけです。このニュースの読み解き方について、
シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表の猿田佐世さんにお話をうかが
います。猿田さん、よろしくお願いします。

猿田:よろしくお願いします。

津田:これはけっこう大きなニュースだと思うのですが、本土のマスメディアでは
あまり報道されなかったですね。猿田さんたち新外交イニシアティブのメンバーは、
第一報をどのように受け止めましたか?

猿田:米下院軍事委員会の小委員会で辺野古への基地建設をめぐる懸念が取りざた
されていることは、報道される前に把握していました。私たちも最初に知ったとき
は驚いて、正直なところ「やった!」と思ったんです。沖縄紙が報道しはじめたの
は即応力小委員会が懸念を報告書に織り込んだ直後の6月25日ですが [*4] 、沖縄で
は連日一面トップの扱いでした。

津田:新外交イニシアティブは米国でのロビー活動などを通じて沖縄の基地問題に
も取り組んでいますが、どのような団体なのか、あらためて説明していただけます
か?

猿田:私ども新外交イニシアティブは「日本にある多様な声を外交に反映する」を
テーマにさまざまな活動をおこなっています。沖縄の基地問題についても、とくに
辺野古の基地建設には沖縄の人たちの大多数が反対していますし、日本全体の世論
調査を見ても、反対している人が多いわけですよね。

けれども、日本政府は辺野古の基地建設一辺倒の姿勢を崩しません。そこで、本来
の日本の多数の声である「建設反対」をアメリカの政策をつくる人たちに伝えよう
と、アメリカへ行って国会議員や国防省・国防総省の役人などを対象に政策提言の
働きかけをしています。

そのなかで、この「国防権限法案」については、沖縄にかんする要素も入りうる法
案として以前から注目していたんですね。「国防権限法」とはアメリカの国防予算
の大枠を決めるために議会が通す法律で、毎年法案が審議されます。これまでも、
たとえば稲嶺進さんが名護市長だったとき、米国の外に新しい米軍施設をつくる際
は現地の人の声をきちんと聞いてからやりましょうといった条文を入れられないか
とか、そんな働きかけを10年くらいしてきました。

◇2019年の上院案がトーンダウンした理由

津田:猿田さんたちがウォッチしてきた国防権限法案の審議で辺野古の基地建設が
言及されたのは、今回が初めてなのでしょうか? それとも以前にもあった?

猿田:2015年にも、「辺野古が(普天間基地移設の)唯一の選択肢」という条文が
当時の同法案に盛り込まれたということがあり、沖縄の方々と米議会に働きかけて
これを取り除くのに成功したということがありました。

また、昨年──2019年の審議でも、沖縄の基地問題に関係した条文が法案に入って
いました [*5] 。米連邦議会では上院と下院それぞれが異なった法案を審議して可
決し、両院の案をすり合わせたうえで最終的に1本の法律にするのですが、上院で可
決された法案のなかに「米軍の配備計画を見直しなさい」という条文が入っていた
んですね。

具体的には「沖縄における米海兵隊のプレゼンスを削減する喫緊の必要性、および、
インド・太平洋地域における米軍の体勢の適正化を加速する喫緊の必要性に鑑み、
国防長官は、必要に応じて日本および他国の政府と協議をおこないながら、日米安
全保障協議委員会の共同声明の実施のために予定する沖縄、グアム、ハワイ、オー
ストラリアおよびほかの場所における米軍の配備計画について、見直し(review)
をおこなう」と。

さらに「米軍のプレゼンスに対する受け入れ国、地域社会および地域の人びとの政
治的支持がどうなっているのか、といった角度からも検証が必要」とあって、これ
は明言こそしていないものの、沖縄のことを言っているんじゃないかと感じました。

ただ、この条文は、昨年末に上下院がすり合わせを終えたあとの最終案では大きく
トーンダウンしました。最終的に成立した法律では、米軍再編計画の実施状況など
の報告を国防長官に求めてはいるものの、報告が計画変更につながるものではない
旨が付記されていました。また、「日本政府の同意がないかぎり変更を検討しては
ならない」との付記もあり、トーンダウンの背景には日本政府の猛烈なロビイング
があったといわれています。

津田:日本政府としては、現状の計画を見直されては困りますからね。国防権限法
案の内容を知って、かなり慌てたのかもしれません。

猿田:本当に慌てたのだと思います。この国防権限法ってめちゃくちゃに長い法律
で、おそらく日本政府もすべての条文を把握しているわけではないんですよ。

津田:しかし上院で可決されてしまったことで気づいた。

猿田:沖縄紙が大々的に報道したので気づいて、大慌てでロビイングをかけた。結
果、トーンを落とした法律となった。昨年末、そんな出来事があり、私たちは年明
けにアメリカへ渡って何人もの議員に面会しました。昨年、上院が可決した法案か
ら条文が外されてしまった話をすると、「これから議論がはじまる2021年度の法案
を注視しておくよ」「次の審議でやれるだけやってみるね」みたいなことをおっしゃっ
ていただき、いざ今年の審議がはじまって俎上に載せられたのが今回の「辺野古へ
の懸念」だったわけです。

津田:辺野古について問題提起をしたのは、前回の法案を提出した議員と同じ人で
すか?

猿田:違います。前回の法案は上院のものでしたが、今回は下院の法案です。両方
ともそれぞれの院の軍事委員会での検討なのですが、軍事屋からすれば、地盤の弱
いところに基地をつくって、使ってみたら3年で地盤沈下しました、となるとたいへ
ん困る。

津田:それこそが軍事のリアリズムだと。軟弱地盤の存在が公になったのは比較的
最近なんですよね。2018年3月、反対運動に関わる県民が情報公開請求でボーリング
調査に基づく防衛省の報告書を入手したことがきっかけでした [*6] 。ある専門家
は「マヨネーズ並み」と表現しています。

猿田:そうですね。2019年は上院で今年は下院。それぞれの立場の人たちがいろい
ろな懸念をもって働きかけている。このことからわかるのは、アメリカも一枚岩で
はないという事実ではないでしょうか。

◇辺野古にこだわるのは日本政府だけ?

津田:ここからは2019年と今年の国防権限法案に盛り込まれた沖縄の米軍基地をめ
ぐる文言について、それぞれ妥当だったのかを考えていきます。

まずは2019年、上院で可決された法案にあった「米軍の配備計画を見直しなさい」
という条文はどうだったのか。トランプ大統領は以前から、世界中の米軍基地のう
ちコストに合わないものは撤退すると公言しています。上院の多数派は共和党であ
ることを考えると、米軍配備計画の見直しはトランプ政権の方針に即したものだと
見ていいのでしょうか?

猿田:トランプ政権の方針を追い風にして出された法案である可能性はありますが、
トランプさんは本来、共和党の主流派ではないんですね。ですからトランプさんの
思惑と一致した法案だから上院を通過したというよりは、軍事的な観点からよりア
メリカを強くする──米軍基地のよりよい運用を考えたうえでの提案だったと私は
考えています。

津田:政治的な思惑よりも、軍事的なリアリズムにもとづく法案である可能性が高
い、と。上院に法案を提出した議員は軍と関係の深い人だったということですから、
そうでしょうね。新外交イニシアティブ(ND)のウェブサイトでも、元防衛省の幹
部だった柳澤協二さんらが「辺野古の基地建設は防衛上の観点からも見合わないも
のだ」と常々主張しています。

猿田:そうですね。柳澤協二さんや半田滋さんをはじめとする軍事専門家の方々と
一緒に3年間研究したうえで「辺野古に基地をつくる必要はない」と結論づけた報告
書 [*7] をウェブサイトで公開しているので、そちらも見ていただきたいと思いま
すが、津田さんは辺野古に建設予定の基地は、完成したらだれが使うかご存じです
か?

津田:それはもちろん米軍ですよね。

猿田:米軍のなかのどういう人たちが使うのか、というと?

津田:すぐ近くにキャンプ・シュワブがありますから、海兵隊ですか?

猿田:正解です。辺野古は普天間基地の代替施設になりますが、普天間基地は海兵
隊の基地なので、辺野古は海兵隊が使います。米軍は普天間の半分の機能をグアム
へ移転して、残りの半分を辺野古へ移すわけですね。ここまでは知っている人も多
いのですが、では沖縄に残す半分はどんな部隊なのかと聞かれると、答えられる人
はあまりいないと思います。

沖縄に残留するのは司令部機能と第31海兵遠征隊で、全体では1万人近くになります
が、このうち実戦部隊である第31海兵遠征隊は、平時は人道支援を主任務とする20
00人の部隊です。よく言われる「抑止力」とは、司令部ではなく実戦部隊によるも
のなので、極論すればたった2000人の部隊のために辺野古の海を埋め立てているこ
とになる。しかも彼らは、ふだんは東南アジア諸国を巡回しているので、沖縄に滞
在するのは1年の半分に満たない期間なんですね。

そこで「第31海兵遠征隊の駐留先は沖縄でなくてもいい」と結論づけ、第31海兵遠
征隊が米本土やハワイ、グアム、あるいはオーストラリアに駐留した場合、有事が
起こった際の兵員や物資を輸送する高速船などを日本政府が提供する代替案を提起
しています。部隊の移動にかかるお金は辺野古の基地建設にかかる費用より何倍も
安いのだから、日本が出しましょう、と。

津田:それを聞くと、「なんで辺野古なの?」というそもそも論に戻ってしまいま
すね。日本では中国の海洋進出などに対する抑止力として、米軍は沖縄にいてもらっ
たほうがいいという声が根強い。一方、米国側にもそれなりの理由があって辺野古
にこだわっているとは思うのですが、このあたりの日米の温度差っていかがですか?

猿田:沖縄基地問題にかぎらず、そもそもの話として、日本とアメリカってお互い
に向ける関心の度合いが全然違うんです。日本では毎日のようにアメリカの出来事
がニュースで報じられますが、アメリカ人が日本のことを考える機会なんて、1年に
何回あるかしら? という程度。

これはたびたびお話ししているエピソードですが、いまから10年前、私が辺野古の
基地建設反対を訴えるために最初に会ったアメリカ人の政治家は、下院外交委員会
のアジア太平洋小委員会の委員長でした。「辺野古に基地がつくられることに対し
て、沖縄の人たちはこんなに反対しているんです、アジア太平洋小委員会で議論し
てください」とお願いしたところ、「沖縄って人口2000人くらいだっけ?」と言わ
れたんです。日本の存在感なんて、アメリカ側にとってはそのくらいのものです。

もちろん米軍としては、いまある海兵隊の基地がなくなるのは不都合でしょうし、
既得権益として維持したいはずです。日本が新しい基地をつくってプレゼントして
くれるなら、ありがたく受け取るでしょう。けれど、沖縄の基地問題について詳細
まで理解している人は議会のなかにはほとんどいません。

かといって国防総省の役人と話しても、「だって日本政府が辺野古だと言っている
じゃないですか。私たちはつねにオープンだから、別案があるならいつでもお話し
させていただきます」と言われてしまいます。結局のところ、辺野古が唯一の選択
肢だと言っているのは日本政府なんだと私は信じて疑いません。

津田:つまり、日本では「日米同盟のために辺野古への基地移設をやらなければな
らない」といった言説がまかりとおっていますが、むしろ米国側はほかに適切な代
替地があるならどこでもいいと考えている。ここは多くの人が誤解している点です
ね。

猿田:そう思います。その点と、じつは、平時に実戦部隊で辺野古の基地を使うの
はたった2000人なのに、みな「抑止力」の言葉に惑わされて必要性を信じ込まされ
ている。これら2つの大きな誤解に支えられて辺野古案は生き延びているように思い
ます。

◇米議会が「辺野古に懸念」

津田:次は、今年の下院軍事委員会小委の審議で言及された「辺野古への懸念」に
ついて。辺野古の新基地建設予定地の軟弱地盤や、大浦湾の活断層についての指摘
があったとのことですが、その文言がどんな経緯で削除されたのか。猿田さんは把
握していますか?

猿田:「辺野古に懸念」は法案の条文に入っていたのではなく、なぜこの法案をつ
くったのかを説明する小委員会の報告書にあった文言です。なにに懸念を示してい
るかというと、建設予定地の軟弱地盤による工事の難航と、大浦湾海域に2つの断層
が走っているということです。

それらの懸念材料について「地盤強化はどうやってやるのか」「海底地震の危険性
の評価」など──要するに「あそこに基地を建設して大丈夫なの?」といった趣旨
の質問を投げ、国防省に報告書の提出を命じる内容でした。

その文言が、即応力小委員会から下院軍事委員会へ上がり、法案について議論され
るなかで削除されてしまった。たった1週間ほどのあいだに起こったことなので、理
由については私も報道ベースでしかわかりません。あきらかになっているのは、下
院軍事委員会の共和党トップ、マック・ソーンベリー議員が文言を削った修正案を
提出し、全会一致で可決されたという事実です。

米軍の海兵隊からソーンベリーさんに横やりが入ったという報道もありますし、も
しかしたら2019年のときのように、日本政府から横やりが入ったのかもしれません。
小委員会を通過したものが委員会で外されるケースは多くないので、なにかしらの
横やりが入った可能性は高い。

津田:懸念についての文言は委員会レベルの報告書には入らなかったものの、小委
員会の報告書は公開されている。つまりそちらには残っているんですよね。

猿田:そうなんです。文言が削除されたことで、国防省が調査して報告書を出す必
要はなくなりましたが、懸念を小委員会が示した事実はずっと残る。沖縄の人たち
はすごくがっかりしていますが、日本政府のほうはかなり警戒しているはずです。
辺野古の軟弱地盤については地元が騒いでいるだけだとたかをくくっていたのが、
アメリカ議会の小委員会で可決されてしまったのですから。この件が今後、あらた
な火種になるかもしれない不安を抱えつづけなければならないわけです。

津田:日本政府としては、広く知られたくなかったことがアメリカにまで知られて
しまった。多かれ少なかれ辺野古の新基地建設に影響を与えるでしょうね。

猿田:はい。このまま建設工事を進め、基地が完成したあとで問題が発覚したら目
も当てられませんから、政府はアメリカへ説明に行くでしょうし、慎重に工事を進
めるでしょう。そうするとさらにお金も時間もかかります。その意味では、辺野古
の基地建設を遅らせることに貢献しているともいえます。

津田:今回のことがきっかけになって、軟弱地盤に対するあらたな科学的知見が出
て、それが米国に伝わり、来年や再来年の国防権限法案の審議でふたたび報告書を
出せという流れになる──そんなことが起こるかもしれません。

猿田:そうですね。アメリカの国防省は報告書を提出する事態こそ免れたものの、
内心はかなり気にしていて、日本政府に対して「下院の小委員会でこんな文言の法
案が可決されたけど大丈夫なのか」といった問い合わせを入れていると思います。

津田:日本政府や防衛省にもプレッシャーがかかりはじめている。

猿田:そうだと思います。

◇デニー知事の沖縄県政とロビイング

津田:沖縄の基地問題をめぐる米国でのロビイングがここ数年活発になっているの
は、猿田さんをはじめ新外交イニシアティブの面々の尽力が大きいと思います。そ
れに加えて、沖縄知事の方針も影響している気がするんです。

沖縄は翁長知事の時代から、日本政府といくら交渉しても埒が明かないので、ワシ
ントンと直接交渉する方針を掲げていました。その後、翁長さんの後継として知事
に就任した玉城デニーさんは、お父様が元米軍兵士なので、米国側もむげにできな
い。対話により前向きになるのではないかと言われていました。知事が変わったこ
とによる変化は感じていますか?

猿田:翁長知事の時代からお話しすると、翁長さんが知事になる前に、ワシントン
には沖縄の声がまったく届いていないので、きちんと伝えないといけませんよ、ワ
シントンに沖縄県の事務所をつくるべきだ、といった提言をさせていただきました。
翁長さんはそれを選挙公約に掲げ、当選して知事になった際に、実際に沖縄県のワ
シントン事務所をつくってくださったんです [*8] 。

翁長さん自身も年に一度は必ず訪米するようなかたちで活動をつづけてこられて、
その前の知事──仲井真さんの時代と比べて、ロビイングの頻度や伝える内容は劇
的に変わったと思います。

その後、デニーさんが知事になって、翁長さんもフットワークの軽い方でしたが、
デニーさんはそれ以上です。アメリカ側に伝えるべき重要事項がある場合、本当に
フットワーク軽く渡米して、自身で伝えられています。沖縄県のワシントン事務所
も現地でいろいろと動いておられます。

津田:沖縄県のワシントン事務所は翁長さんの時代に開設したとのことですが、現
地に拠点ができたことでも活動が加速されたのですね。

猿田:はい、現地に事務所を置いたのはとてもよかったと思います。なぜかという
と「沖縄が監視しているぞ」というメッセージを送れますし、恒常的な関係を米政
界はじめ現地の人と築けるからです。

津田:猿田さんが米国でロビイングをはじめた10年前とは隔世の感がありますね。

猿田:そうですね。10年前、鳩山政権時代にはじめた私のロビイング第1号の結果が、
さっき申し上げた「沖縄の人口って2000人くらいだっけ?」でしたから。その発言
をした委員長との面会が終わったあと打ちひしがれて、暗澹たる気持ちになりまし
た。それでもあきらめずにいろいろな人に当たりましたが、みんな「沖縄ってどの
あたりでしたっけ?」「辺野古って地名ですか?」みたいな対応だったんです。

いまは本当に10年前とは隔世の感があって、軍事委員会や外交委員会のメンバーで
沖縄の問題をまったく知らない人を見つけるのはむずかしいくらいです。私が委員
関係者に会いに行っても「3カ月前に沖縄の人が来て話したから、それ以前の情報は
必要ないよ」なんて言われたりしますね。

津田:沖縄が米国でのロビイングで成果を上げる一方、最近の県政はどうでしょう
か。今年6月におこなわれた沖縄県議選では、デニー知事を支持する共産、社民など
県内与党が過半数を維持したものの、改選前より議席を減らして薄氷の勝利となり
ました [*9] 。なかなか盤石とはいえない状況になりつつありますが、猿田さんは
どう評価していますか?

猿田:先日の沖縄県議選で辺野古反対派が苦戦したのは残念でした。県議選後にお
こなわれた議長選で県政与党側が推す議員が破れ、県政与党のなかから別の赤嶺昇
県議が議長に選ばれました [*10] 。

赤嶺さんはオール沖縄のメンバー、つまり辺野古反対派ではありますが、デニーさ
んと比較的距離を置いている方です。自民党の支持で議長になったことから、今後、
予算編成など、議会対応でデニーさんがやりにくくなる場面が出てくるかもしれま
せん。

ですが、県議会選挙と辺野古をめぐる世論はイコールではありません。県政与党が
議席を減らしたからといって、沖縄で辺野古の基地建設に反対している人が減って
いるかというと、そんなことはありません。

◇イージス・アショアの配備撤回が好機に?

津田:では最後に、今後の見通しについて。今日は米国が辺野古の基地建設に懸念
を抱いているというテーマでお話をうかがってきましたが、じつは今年3月、新基地
関連の6つの工事が軟弱地盤を原因に打ち切りとなっています [*11] 。

沖縄防衛局は、護岸をつくる工事や海域埋め立てへの中仕切りの岸壁を建設する工
事など、総額410億円の契約を2014年に建設会社と交わしたものの、軟弱地盤の存在
を認めて工事の停止を指示。ほとんど工事していないにもかかわらず、掘削調査の
経費などとして300億円以上が支払われたということです [*12] 。

まあ、コロナ対策のマスクを配るだけで500億円かける国なので、300億円くらい痛
くも痒くもないのかもしれないですけれど(笑)。今後の工事に暗雲が垂れこめて
いるのは事実だと思います。猿田さんはどうなっていくとお考えですか?

猿田:辺野古の軟弱地盤の問題に加えて、防衛省が新型迎撃ミサイルシステム「イー
ジス・アショア」の山口県と秋田県への配備計画を撤回した [*13] 経過もあり、政
府は安全保障戦略を見直すだろう──そんな空気がいまにわかに漂っているんです
ね。

津田:イージス・アショアの配備撤回については、僕もニュースで知って驚きまし
た。新外交イニシアティブとしても寝耳に水だったんじゃないですか?

猿田:そうですね。私たちはイージス・アショアの問題に直接かかわっていたわけ
ではありませんが、山口と秋田の方々ががんばっていたのはよく知っていたので
「こんなことも起こるんだな」「沖縄も励まされるな」とたいへん驚きつつうれしく
思いました。

今回、イージス・アショアの配備が撤回された理由は、周辺住民に影響を及ぼさな
いようにミサイルを改良するには、お金と時間がかかりすぎることです。お金と時
間がかかるものを日本でほかに探せば、まず辺野古の名前が挙がりますよね。

津田:地元住民が反対している点も同じです。

猿田:おっしゃるとおりです。イージス・アショア撤回の理由が妥当ならば、辺野
古だってとっくの昔にやめていなければなりません。もちろんそんな理屈は通らな
いことは理解していますし、日本政府が沖縄に対して冷たいのも肌感覚でわかって
いるのですが。

ただ、イージス・アショアの撤回をきっかけに空気が変わりつつあるのは間違いな
くて、元防衛相の中谷元さんが「いまの辺野古案は見直す余地があるのではないか」
と発言したほか、民主党政権で防衛副大臣を務めた現自民党の長島昭久衆院議員も
イージス・アショア配備計画停止に関連して「あと15年もかかりコストは青天井の
辺野古移設計画も同じように決断し、10〜15年先を見据えて真に役立つ防衛装備に
税金を有効活用してほしい」とツイッターに投稿しています [*14] 。

あとは、米大統領選が11月にありますから、その結果にも影響されるかもしれませ
ん。いずれにしても、日本の状況に加えてアメリカをはじめとする世界の情勢を注
視するしかないと思います。

津田:現状、米大統領選はトランプvs.バイデンという構図ですが、どちらが大統領
になったほうが沖縄に好都合なのでしょうか?

猿田:正直なところ、辺野古問題のみでいえば、トランプ大統領のほうが変化が期
待できます。というのも、バイデン陣営が勝った場合、どんな政権になるのかを考
えると、一定変化はあるにせよ基本的にはオバマ政権の政策に戻ることが目に見え
ている。アメリカ大統領選挙では、選挙期間中から各省庁のトップを想定したメン
バーが各陣営で政策を検討するのですが、外交チームの顔ぶれを見ると、オバマ政
権のスタッフがそのまま入っていて既視感でいっぱいなんです。

彼らの方針を想像するに、辺野古について4年前同様の政策をとる──つまり、単純
に継続するでしょう。そんな気配で、あまり変化は望めない。だからといってトラ
ンプさんが勝てばいいことばかりかというと、トランプ政権は米軍の駐留経費を現
行の4倍に増やすよう日本に求めていますから[*15] 、これはこれでよくない。

津田:4倍払ったうえに、辺野古計画も変らないといった最悪のケースになる可能性
もあります。

猿田:だから結局は日本政府がしっかりしなさいよ、と言いたいですね。アメリカ
の方針がどうであれ、日本は日本できちんと国民の声をすくい上げて、本気で交渉
してくださいよ、と。

津田:最近は辺野古をめぐる空気が変わりつつあるとのことですし、現政権もこの
先どうなるかわかりませんから、このタイミングで本土でも声を上げていくべきな
のかもしれませんね。けっして楽観視はできませんが、辺野古の計画が変わる可能
性はまだあるはずです。

猿田:いまも埋立工事はおこなわれていますが、まだ計画の1%しか進んでいません。
そこは諦めずに声を上げていきたいと思います。外交って本当にいつなにが起こる
かわからなくて、たとえばニクソン訪中のときも、ソ連が崩壊したときも、そんな
ことだれも予想していなかったわけです。

辺野古基地建設問題だって、この先、いつアメリカが辺野古はやめようと言い出す
かもしれないし、もしかしたら日本で政権交代が起こって大きく変わるかもしれな
い。私たちとしては、その大きな変化のための基盤づくりのつもりで、今後も活動
をつづけたいと思っています。

津田:今後、辺野古問題を注視していくうえで、直近の山場といえば米大統領選挙
になるのでしょうか。

猿田:そうですね。ただ、沖縄への影響の大きさと即効性でいうと、もっとも変化
の可能性があるのは日本の政権交代です。

津田:たしかに。沖縄問題についてはすべての国民が当事者であるという意識をもっ
て、今後の政局の変化や米大統領選をにらんでいきたいですね。猿田さん、今日は
貴重なお話をありがとうございました。また動きがあればぜひお聞かせください。

猿田:ありがとうございました。

▼猿田佐世(さるた・さよ)
ND上級研究員・弁護士(日本・ニューヨーク州)・立教大学講師・沖縄国際大学特
別研究員。ワシントン在住時から現在まで、各外交・政治問題について米議会等で
自らロビイングをおこなうほか、日本の国会議員や地方公共団体などの訪米行動を
実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の二度の稲嶺進名護市
長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を
担当。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦
議会における院内集会などを開催。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体
制、TPPなど、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定
過程」に特に焦点を当てる。

ツイッターID:@nd_initiative

[*1] <https://www.youtube.com/watch?v=LFzyLx5QG-8>

[*2] https://www.nd-initiative.org/

[*3] https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/595205

[*4] https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1144354.html

[*5] https://www.nd-initiative.org/research/7655/

[*6] https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/225830

[*7]
https://www.nd-initiative.org/wordpress/wp-content/uploads/2017/02/0443d4dd3adce2fdf6bfd50fbfe3453a.pdf

[*8] https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-242381.html

[*9] https://www.sankei.com/politics/news/200608/plt2006080028-n1.html

[*10] https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/593051

[*11] https://digital.asahi.com/articles/ASN516341N4STPOB009.html

[*12] https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1102256.html

[*13] https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/40436.html

[*14] https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/587705

[*15] https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20191116-00151183/

 

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。