米中対立 自公に代わる 新たな安保政策は

戦争を絶対に起こさせない  知恵と覚悟がなにより大切

米国と中国の対立が激しくなっている。いまこそ、唯 一の被爆国であり、平和憲法を持つ日本は、世界の架け橋として対立から協調に導く役割を果たすべきだ。安全保障戦略における政策提言を出したシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」のメンバーと、立憲民主党の泉健太・政務調査会長が語り合う。

柳澤 現在の日本をとりまく情勢の最大の特徴は、米中の対立が非常に厳しくなっていることです。一方、日本国内の議論をみていると与党もそうですが、野党の中でも「尖閣諸島をとられたらどうするんだ」とか「台湾が攻められたらどうするんだ」のような、非常に現場的、戦術的な議論ばかりです。この問題は何を意味しており、日本はどのように構えれば良いのか、という大きな議論がない。そこを非常に心配しています。

安全保障のジレンマ 日米同盟のジレンマ

柳澤 米中の対立を「新たな冷戦」と呼ぶむきもありますが、一番問題なのは米中の間で「どこまでいったら許せない、抑止の一線を越えるのか」という共通認識がないままに、互いに軍隊を出して睨にらみ合う状況が続いていることです。こちらが相手を「抑止」するつもりでやったことでも相手にとっては「挑発」と受け止められて、相手の思わぬ行動を呼び起こし、それが直接の衝突につながってしまいかねないという、非常に危ない状況。典型的な「安全保障のジレンマ」に陥っているのです。

同時に日本では、安倍晋三政権以来、安全保障法制などによって自衛隊が米軍の艦船を守るなど「日米の一体化」が進んでいます。もともと同盟にはそれに伴う「同盟のジレンマ」というものがあります。それは「いざという時に見捨てられる」という不安と、「戦争に巻き込まれる」という不安のことです。

日米が一体化し、そのアメリカが中国と対立姿勢を強め、「安全保障のジレンマ」に陥っているなかで、日本も巻き込まれるという「同盟のジレンマ」を抱える—。そのような状況です。だから単に「(軍事による抑止の)力を強めれば良い」ではすまないだろう、というのが私たちの基本的な認識です。

端的に言えば、米中の対立の焦点となっている台湾をめぐっては、中国は抑止されない、と思います。そこで「抑止」と称して、軍事力と軍事的な行動を強めていけば、確実に日本も台湾をめぐる戦争に巻き込まれるリスクがあります。

今回の提言では、「米中戦争の回避をわが国の安全保障の最大の目標と位置づけるべきである」と提案しました。抑止だけではなく、米中の緊張を和らげるような外交努力をもう一つの大きな柱にしないと危ないのではないか、というのが、今回の提言のポイントです。

米中対決は 絶対に阻止すべき

 菅義偉首相が初めての日米首脳会談に臨んだおりに、この「抑止一辺倒を越えて」と題した提言が示されたのは、非常に時宜を得たものです。今回の首脳会談では「台湾」への言及があるかどうかが注目されていました。共同声明で「台湾」問題が盛り込まれたのは、日中国交正常化以降で初めてのことです。中国政府も相当のインパクトをもって受け止めるだろうと思っています。

僕がこの提言を読み、非常に共感したのは「安全保障とは、軍事がすべてではない」という部分です。米中の両大国に加え、日本も入れた「主要国同士の戦争」は非常に恐ろしいことです。日米中のうち2カ国は核保有国でもあります。その意味でも(米中の)対決は、あってはならない。絶対に阻止すべきシナリオです。

尖閣諸島をめぐる問題に象徴されるように、その周辺海域で緊張を緩和させる方法をどう見出していくかが重要です。中国で海警法が施行され、数多くの中国艦船が日本の接続水域に入ってきているからと、日本も海上保安庁の態勢を強化しています。しかし、海上警察が鎬しのぎを削っている状況では、緊張感が高まります。どうすれば互いに負担を軽くすることができるのか。無益な拡大競争をやるべきではない、ということを水面下でも協議しあうべきだと思います。

柳澤 安倍首相の時に約束された習近平国家主席の国賓待遇での訪日がとても実現するような雰囲気ではなくなってきています。「すぐに実現しろ」とは言いませんが、首脳レベル、とりわけ中国では首脳の判断が重いわけですから、いろんな問題を抱えているからこそ、そのような外交が必要だと思います。そこへの努力の傾注があまりにも少ない。

今、多くの日本国民は尖閣や台湾をめぐり心配していると思います。だから「日米同盟の強化だ」という主張が無条件で通ってしまう雰囲気があるが、本当にそれで良いのですか。

むしろ、そうであるがゆえに「米中の対話を促し、日中でも対話をして答えを見出していく」という大きな柱があってはじめて、安全保障の議論の代案ができるのではないでしょうか。ぜひ、野党の方々には考えていただきたい。

 今のお話は、われわれも政権構想を打ち出していくうえで重視したいと思います。
この提言には「中国の存在感は増大する一方であり」と書かれています。立憲民主党は3月30日に基本政策を発表しました。その中では、国名はあげていませんが「力による現状変更の試みに毅然と対処します」や「海上保安庁の能力向上をはかるとともに新たな法整備を検討するなど、グレーゾーン事態に適切に対応します」と書かざるをえませんでした。かなり日本周辺の緊張の高まりを意識しています。

猿田 基本政策の中に、中国をも含んだ「協調的安全保障」につながる部分はありますか。

 そうですね。「自由、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重を前提に、国際秩序や国際法の諸原則に基づいた積極的な平和創造外交を展開します」とか「平和で安全なアジア太平洋をめざし、多国間協力を推進します」という方向性を示しています。

柳澤 泉さんが言われたように米中の戦争はなんとしても回避しなくてはなりません。その時に「だから抑止力強化だ」という答えが一つありうるでしょう。しかし、私たちが訴えたいのは、「それではかえって問題の解決にはならないし、危ない」ということです。防衛力の強化は度を越えない範囲でやらなければならないとしても、「相互理解と緊張緩和につながる話し合いこそが主要な政策」として打ち出していただきたい。「抑止力強化」だけでは自民党と同じになってしまいます。もう一つの大きな選択肢をぜひ示していただきたい。

猿田 興味深いデータがあります。言論NPOと中国の国際出版集団が共同で実施した昨年秋の世論調査では、米中対立下での日中協力のあり方について約4割の日本人が、「米中対立の影響を最小限に管理して日中間の協力を促進する」と回答し、「米中対立とは無関係に日中の協力を発展させる」を加えると、日本人の半数近くが、米中対立の中でも日中協力を進めるべきだと回答しています。「日本は米国と行動を共にする」は14%にすぎない。実は日本国民も中国の重要性を理解しており、「中国の振る舞いは嫌だが、日中関係
をこれ以上悪化させたくない。だれか代案を出してほしい」と思っているのだと思います。

 平時において軍拡や互いの抑止力を強化するという文脈ではなく、常に軍縮の可能性を探っていくことや、海上警察同士の船舶数を減らす共同の取り組み、あるいは2008年には日中双方は「日中間の東シナ海における共同開発についての了解」に至ったわけですから、東シナ海での共同利用・共同活用の呼びかけをしていくべきだと思います。野党から中国共産党、中国政府に対してさまざまな取り組みをするための「共同のテーブルをつくろう」という呼びかけをしたいと思います。

敵基地攻撃は「絵空事の世界」

—提言では具体的には11項目をあげ、その第一は「米軍の中距離ミサイル配備など、日本をミサイル軍拡の場とする政策に反対すべきである」です。この問題はまだ日本国内では
さほど知られていないと思いますので、補足説明をお願いできますか。

猿田 中距離ミサイル配備については、米トランプ政権の時代に中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を表明したころから、アメリカの専門家からは「日本に配備するのではないか」と言われていました。この3月、米軍は沖縄からフィリピンを結ぶ第一列島線に射程500キロ以上の地上配備型ミサイル網構築を目指して、議会に予算請求しました。沖縄の米軍基地への配備を想定しているのではないかという空気もあります。さらには、米国が日本のミサイルの開発と配備を支援する動きもあります。いずれも1、2年の間に議論になっていくでしょう。

 二つのアプローチがあると思っています。一つは、この提言にも書かれているように日本は「唯一の戦争被爆国であり、(憲法9条を持つ)非戦の国であること」を強調し、広範な世論の共感を得ていく。もう一つは、軍事技術の進展により、私たちが基本政策で示したように「サイバー、宇宙、電磁波」といった「見えない戦争の時代」に入っている。そしてミサイル防衛の世界でも、もはや移動式の発射台を各国が保有し、敵の発射基地が特定できないのに、そこを攻撃する「敵基地攻撃」など技術的に不可能という時代に入ってきている。ですから、軍事技術の面からも私は堂々と「敵基地攻撃は、非論理的である」と言って良いと思います。そのような文脈から無駄な軍事力、自衛力の向上に予算を注ぎ込むのではなく、むしろ外交努力、衝突防止と回避に力を注ぐ。そのような流れをつくっていくことが大事です。

―立憲民主党の基本政策では「敵基地攻撃」についての言及がありません。これはなぜですか

 わが党としては当然、「それはありえない」と考えているからです。私たちは「敵基地攻撃」は絵空事の世界だと判断しているのです。

被爆国が他国への核攻撃を許すのか

―提言は「核兵器禁止条約締約国会議への積極的参加」と求めています。一方、立憲民主党は基本政策では「NPT体制の維持・強化」にとどまっています。立憲民主党としては核兵器禁止条約には参加できない、という考えですか。

 そこに触れる前に少し述べておきたいことがあります。私は常に「愛国者」のつもりですが、「愛国者」以上に「愛国民者」なのです。そういう言葉がほしいと思っています。常に人間の立場からものを考えたい。国会議員になる前に戦没者の遺骨収集などを通じて切実に感じましたが、どの戦場にも被害者がいるのです。

核兵器禁止条約については党内でも両論があります。旧民主党で外交政策を担ってきた方々からすれば、日本は現在、核の傘の下にある。核保有国が条約に参加していないことを含めて、現時点では参加できない、という意見があります。現時点ではオブザーバー参加の可能性を探っているという状態です。

私が、核兵器禁止条約を推進する団体のみなさんとフリートークをした時にあえて言ったのは「わが国は核の傘のもとに置かれて数十年。日本国民の世論、真意はどこにあるのだろうかと考えると、武力攻撃をある国から受けた時に報復として核兵器を使うということを、本当に国民が求めているだろうか」ということです。

猿田 広島・長崎のあの何十倍、何百倍もの惨状を与えたいか、ということですよね。

 通常兵器であれば良いとは思わないが、本当に日本国民が、核を利用した反撃を望んでいるのか。ぜひ主要メディアに世論調査をしてもらいたいと思っています。

柳澤 もっと言えば「本当に核兵器というのは抑止力になっているのか」という疑問です。使えない兵器は論理的には抑止の手段にはなりません。バイデン政権は核の役割を下げようとしています。そういう発信を日本がしていくことこそが核保有国と非保有国の「橋渡し」だと思います。日本政府は「橋渡し」と言いながら、何もしていません。

共通利益に基づく合意を目指す枠組み

猿田 中国に比して相対的に力を落とす米国にとっての「日本」の位置づけが変わってきています。これまでの「守ってやるから言う事を聞け」という姿勢ではない。表面的には同じように見えても、「日本に軍事作戦の一部を担ってもらわなければ、中国に対たい峙じ できない」が本音でしょう。

キャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官にしても、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)や、日米豪印の連携である「QUAD」(4カ国安保対話)を具体化して、中国に対抗することに重点を置いています。

3月に開催されたブリンケン米国務長官や中国の楊潔篪 ・共産党政治局員らによる外交トップ会談でも、米側が新疆ウイグル自治区や香港、台湾などを巡る対応に懸念を表明し、中国側と激しい応酬になりました。

日本国内からは「米国は頼もしい」との感想も出ましたが、ある米元政府高官は「具体的に何が出来るわけではない。時間稼ぎのために強気の姿勢を見せただけ」とも話していました。

米国はいま、日本の軍事力やソフトパワーをも利用してこの地域に米ブロックをつくり、中国ブロックと対峙しようとしています。それで日本の安全が確保されるなら良いのですが、より安保環境が悪化しているのが現状です。

FOIPやQUADについては、対立関係になっている国をも巻き込んで、軍事面だけではなく、人権や民主主義についても話し合える協調的安全保障の枠組みに性格を変えていかなければなりません。対立のためのツールを多国間協調の場に転換する「コロンブスの卵」的発想です。

 両にらみというか、日本は難しい選択が連続しています。今国会で立憲民主党は、自衛隊とインド軍の間での物品役務相互提供協定」(ACSA)には反対しつつ、日本や中国など15カ国による「東アジアの地域的な包括的経済連携」(RCEP)には賛成しています。

NDの提言には〈FOIPは、中国に対抗する概念から、中国を排除せず、共通の利益に基づく合意を目指すための思考枠組みとして、米中対立を基調とする国際環境のなかで新たな協調をもたらすものとなる可能性もある〉とあります。このアプローチも当然必要ですね。

中国は国民一人当たりのGDP(国内総生産)は先進国並みではありませんが、軍事面では強大です。さまざまな顔を持っている中国と、距離的に近い日本は貿易を含め、付き合わなければなりません。一方、自由主義陣営としての振る舞いを求められる時期にも来ていますね。

柳澤 日本は食料自給率やエネルギー自給率から考えても大国ではありません。米中対立によって大きなマイナス影響を受ける立場にいるわけです。アジア太平洋地域には、同じように米中の対立に困っている国が多くある。大国としての中国に対抗するのではなく、ミドルパワーとして、米中と違う切り口で旗を振っていくのが日本外交の大きな役割になっていくはずです。

相手の強いところで争うのではなく、弱いところでいかに力を発揮していくかを発想すべきです。

鳩山政権による民主党のトラウマ

―秋までに総選挙があります。立憲民主党として、政権構想にNDの提言を反映しうるかどうかお聞かせください。本日は時間の関係で、北朝鮮や韓国、ロシア政策には触れませんが、安倍晋三・菅義偉政権で、2国間関係はむしろ後退しています。新しいアプローチが必要です

 コロナ禍で各国が内向化し、ともすれば対立が深まりかねない国際環境ですね。NDの提言にあるように、安全保障は軍事だけではなく、経済や環境、貿易、感染症対策などについて、多国間でのやりとりを増やし、互いの国民にとってプラスになる施策を採用していくことが必要です。

日本が得意としてきたのは、国際機関を活用して、中立性や透明性を高め、世界共通の認識をつくっていくことですね。

柳澤 泉さんはさきほど、愛国民者であると言いました。ただ、国民すべてが満足する政治はできません。大切なのは一人ひとりが、自らの意思で頑張っていく希望を持てる仕組みづくりです。安全保障の分野では「戦争は絶対に起こさせない」。そのことで、すべての国の国民が頑張れる社会を目指せます。

猿田 米インド太平洋軍のデービッドソン司令官が3月9日、「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と、米上院軍事委員会の公聴会で証言しました。台湾をめぐり「米中熱戦」となるとき、日本国民は、「米国と一体化して中国と対峙すべき」と思うのか、「戦争になっては困るから非軍事的な解決を」と考えるのか。日本の対中世論は厳しくとも、そうは言っても日本における戦争反対の世論は根強いと思うのです。

柳澤 世論は極端に振れることがありえます。大切なのは政治家が「戦争はだめだ」と言い続けることです。

泉 近代の戦争では、国民は悲惨なめに必ず遭います。戦争を起こさない仕組みをどうつくっていくかが問われると思います。

猿田 ただ外交・安保分野の対案は、前身の民主党時代のトラウマから出しづらいと言われていますね。

 鳩山由紀夫首相(当時)は、東アジア重視の外交を模索しました。それは結果的には道半ば。むしろ瓦解した印象を持たれてしまいました。だから鳩山政権以降は、立憲民主党も日米同盟基軸というスタンスで歩んできているのが現状なんです。

猿田 ただ、その前提においても、やれることはあります。

泉 そうです。日米同盟が現時点で存在していることを前提としたうえで、平和構築をどうするか、緊張緩和をどうするかを打ち出せるのは野党しかないのです。立憲民主党は、それを主導する役割だと思っています。

柳澤・猿田 期待しています。

<用語解説>自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific (FOIP))
2016年8月にケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)で安倍晋三首相(当時)が打ち出した外交戦略。成長著しいアジアと潜在力の高いアフリカを重要地域と位置づけ、2つをインド洋と太平洋でつないだ地域全体の経済成長をめざす。経済圏の拡大を進める一方、安全保障面での協力も狙いの一つ。日本政府は「特定の国を念頭に置いたものではない」と強調するが、中国の海洋進出や経済覇権を阻止する「対中包囲網」との見方も根強い。4月の日米首脳会談では、構想実現のため、東南アジア諸国連合(ASEAN)や豪州、インドなどとも協力を進めることで一致したという。(編集部)

日米豪印4カ国安保対話(Quadrilateral Security Dialogue(QUAD))
日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国による外交・安全保障の協力体制。インド太平洋地域での非公式な枠組みとして2019年に発足した。中国の軍事的・経済的な影響力の拡大に対抗する狙いがあるとみられる。外交・安全保障にとどまらず、インフラ整備やテロ対策、サイバーセキュリティ、新型コロナウイルス感染症対応、気候変動対策などの幅広い分野においても協力・協調していくとしている。(編集部)

新外交イニシアティブ政策提言
『抑止一辺倒を越えて―時代の転換点における日本の安全保障戦略』の概要

現状分析

◆安全保障という概念
・安全保障とは総合的なもの。軍事は重要だが、すべてではない
・現在、安全保障の議論が軍事のみにかたよっており、戦略的議論が不在である

◆国際情勢
・時代の転換期にあり、世界は権威主義体制と自由・民主主義体制の二つに分裂する恐れがある
・自由で民主主義的な体制の維持・発展こそ日本の進むべき道である

◆安倍・菅政権の下で
・安保法制による集団的自衛権の容認と平時からの米艦防護など米軍を守るための一体化
・敵基地攻撃能力の保有が展望され、長射程ミサイルの取得・開発へ
・「米軍の戦闘行為とは一体化しない」という制約が越えられている
・「米中戦争に巻き込まれる」という同盟のジレンマが現実化する危険が増大している

◆安倍・菅政権の「説明しない政治」で国民の政治への信頼が低下
・「政治のあり方」が問われている
・日本が直面するリスクを正しく認識し、不安の裏返しとしての軍事力に過度に依存した願望に走ることなく、穏当で説明可能な、わが国に相応しい目標設定が求められる

◆米中対立と安全保障ジレンマの時代
・米中両大国は、軍事のみならず、政治・経済面も含めた全面的な競争・対立関係に至った
・背景には、米中の相互不信の顕在化という構造的要因がある
・軍事的には一方の防御的行動が一方を挑発して対抗的な行動を生み、緊張を高める「安全保障のジレンマ」の顕在化が懸念される
・米中の軍事衝突を避けるために日本がどのような貢献ができるかを冷静に検討し、米中の理解を得て、両国の「架け橋」とならなければならない

◆米中軍事バランスと前線化する日本列島
・米軍にとって西太平洋地域・東アジアで中国のミサイルから安全な地域は減り、行動の自由が失われている
・米国はインド太平洋軍の態勢を変換しつつある。兵力を小型化・分散化し、相手の攻撃目標を分散しつつ、海洋でのミサイルの打ち合いに勝利する態勢を構築することで、失われつつある優位性を回復しようとしている
・西太平洋の米軍のハブであるグアム島の防衛のための地域統合ミサイル防衛網を同盟国と共同して構築しようとしている
・そこでは南西諸島を含む日本列島が前線拠点として重視される
・同時に、自衛隊のミサイル防衛や長射程化したミサイルの能力が米軍の統合作戦の一部に組み込まれ、米中戦争の場合には沖縄、日本本土の基地が攻撃されるリスクが高まる

◆沖縄米軍基地をめぐる状況変化
・新対中戦略で、普天間基地に所在する第31海兵遠征部隊(31MEU)の役割、駐留理由の説明がされていない
・運用によっては、辺野古新基地、同部隊の常駐の必要性がなくなる可能性がある
・辺野古新基地は1兆円規模の莫大な費用をかけて、海兵隊のニーズに合わない壮大な無駄に終わる恐れが出てきた
・「辺野古が唯一の選択肢」としてきた政府の論理は破たんしている
・日米地位協定の改定と抜本的改善は避けて通れない課題

◆南シナ海・尖閣における中国の現状変更の試み
・中国は、米国との戦争を望んでいないが、米国もどこまでが許容限度かという「レッドライン」を示せていない。
・海上保安庁の能力拡充は、安全保障環境の維持のためにも極めて重要である

◆北朝鮮の動向と拉致問題
・北朝鮮の国内の態勢をみると、対米戦争に向けた準備もなく、戦争に耐える国力があるとは考えられないことから、「北朝鮮の脅威」が差し迫ったものととらえることはできない
・拉致被害者家族の高齢化を考慮すれば、残された時間は多くない
・「核放棄なくして交渉なし」という硬直した発想を捨て、拉致問題解決を含む国交正常化プロセスのなかで核放棄の動機を強めるなど新たなアプローチが求められる

◆最悪の日韓関係
・中国の海洋権益をめぐる言動が日韓両国にとって共通の挑戦となる局面を迎えている
・日韓が同じ方向性をもって連携して中国に向き合うことが重要であるとの認識が広く共有されねばならない

◆日ロ関係と北方領土
・日本は、四島返還の主張を事実上断念するか、交渉の機会を閉ざすかの選択が問われている
・ロシアの新型ミサイルが極東に配備され、米国が第一列島線に中距離ミサイル配備を進めるならば、日本は、新たな中距離核ミサイル軍拡競争の舞台となる
・日本を新たなミサイル軍拡の舞台にしないための核・ミサイル軍備管理が早急に求められてる
・そうした米ロ大国間関係の安定の上に、新たな領土問題解決の展望を作り出さなければならない

◆「インド太平洋」の現状と協調的安保への道
・安倍首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」をめぐり、各国の思惑は交錯している
・日本も、FOIPを「戦略」から「構想」と言い換え、中国の一帯一路に対峙する概念ではないと意思表明し、中国参加の可能性すら示唆している
・他方、近年、日米・豪・インドの4か国の連携をめざすQUAD(4カ国安保対話)は、軍事協力の側面が際立つようになってきた
・QUADが中国に対する軍事偏重の運用とならないよう注意を払っていく必要がある
・包括的なFOIPが協調的安保のきっかけとなることで、幅広い連携の可能性が開かれ、国際協調の観点から中国の強圧的な行動を制約する有力な手段となることが期待される

◆混迷する中東
・日本はいま、自衛隊を中東に派遣。アフリカのジブチを拠点とするアデン湾でのソマリア海賊対処と、アラビア海での「調査・研究」と称する情報収集活動である・海賊の被害は激減する一方、初の海外拠点をジブチにおいた中国を牽制する役割が濃くなり、情報収集活動はイランに対抗する米国の補完的役割を担う
・看板と中身にズレが生じてきた自衛隊に、いかなる役割を与え、いかに危険を回避するかは、引き続き政治が注意を払うべき課題である

◆抑止政策の限界と安全保障の新たなマインドセット
・現在の米中関係は、抑止への理解が欠落している
・そのために米中間で「安全保障のジレンマ」が生まれ、日米同盟に依存して防衛力強化を図る日本に「同盟のジレンマ」を突き付けている
・いま必要なことは、この二重のジレンマでいかにリスクを低減しつつ、自ら可能な目標を立てるかということだ
・日本にとって最大のリスクは、米中の対立が管理不能な状態となって戦争に至ることである
・米中戦争の回避をわが国の安全保障の最大の目標と位置付けるべきである
・現在、日米同盟の抑止力強化が図られているが、安全保障ジレンマの時代にあって、そのことがかえって戦争の誘因となりかねない危険を認識しなければならない
・抑止を補完し、機能させ、破たんさせないための対話の努力を安全保障政策の「車の両輪」と位置付けることが不可欠である
・今こそ日本は、アメリカ、ヨーロッパ、アジア地域の間の「架け橋」となり、協調的な安全保障システムを構築していくためのリーダーになるべきである
・日本は「法の支配・自由・人権・民主主義」という価値観にとどまらず、「非戦・非核」という価値観を発信する国であり続けることが日本の国際貢献となろう

提言

◎米中対立における前線国としての課題
・米国の戦略に協力する場合には「戦争に巻き込まれない」心構えが必要である
・米中の架け橋として、また、地域の架け橋としての役割を追求すべきである
・この観点から
①米軍の中距離ミサイル配備など、日本をミサイル軍拡の場とする政策に反対すべきである

②自衛隊ミサイルの長射程化や艦艇のプレゼンスなどがかえって地域の緊張を招くことがないように配慮すべきであり、「敵基地攻撃の禁止」など自衛隊の運用に関する新たな「歯止め」を設けるべきである

③沖縄への過重な基地負担は、日米同盟の最大の不安定要素である。膨大な経費を必要とする辺野古新基地の建設は取りやめるべきである。米軍基地の県外への分散を進めるとともに日米地位協定の改定を目指すべきである

④日中の紛争要因である尖閣については、力だけで守り切ることが困難なことを踏まえ、海上保安庁の態勢を強化し、加えて、日中間の政治的危機管理体制を構築すべきである

⑤在日米軍駐留経費負担についてはコロナ禍で財政がひっ迫するなか、合理的根拠に基づかない安易な増額をすべきではない

⑥「インド太平洋」諸国との連携を進めるべきである。その際、対中封じ込めと軍事協力一辺倒ではなく、地域の協調関係を推進するためのアジェンダの包括性と当事者の多様性を追求すべきである

◎その他の外交課題
⑦拉致問題については、核放棄の先行性にはこだわらず、核放棄のプロセスとの並行のなかで優先的解決を図るべきである

⑧北方領土問題については、事実上の2島返還すら困難な現状に鑑み、米ロの戦略的安定を目指すなかで、新たな交渉枠組みを追求すべきである

⑨日韓関係については、歴史認識の隔たりをなくすことの困難さを踏まえると同時に、自由と民主主義という価値観の共有をベースとして、対中政策の面で新たな方向性の一致を目指すべきである

⑩トランプ政権によって混迷を増した中東については、パレスチナを含む当事者関係の安定と内戦による人道危機に対し、自衛隊ができることには限界があることを踏まえ、日本の役割についての新たな政策パッケージを策定すべきである

⑪日本の発信力の源泉としての「唯一の戦争被爆国」であること、憲法第9条を持つ「非戦の国」であることを活かし、多国間枠組みの創設とその活性化を目指すべきである。また、核兵器禁止条約締約国会議に積極的に参加し、地域の信頼関係を醸成すべく核廃絶に向けた主導的役割を担うべきである

要約/編集部

泉健太(いずみ・けんた)

衆議院議員、立憲民主党政務調査会長。福山哲郎京都事務所秘書を経て、2003年総選挙で民主党から初当選。現在当選7回。希望の党、国民民主党で国対委員長。国民民主党政務調査会などを歴任した。

柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)

元内閣官房副長官補/ND評議員。1970年東京大学法学部卒とともに防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を歴任。2004年から2009年まで、小泉・安倍・福田・麻生政権のもとで内閣官房副長官補として安全保障政策と危機管理を担当。現在、NPO国際地政学研究所理事長。

猿田佐世(さるた・さよ)

新外交イニシアティブ(ND)代表・上級研究員/弁護士(日本・ニューヨーク州)。立教大学講師・沖縄国際大学特別研究員。沖縄の米軍基地問題など外交・政治問題について米議会・政府に対し自ら政策提言活動を行うほか、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。研究課題は日本外交。特に日米外交の「システム」や「意思決定過程」に焦点を当てる。