「外圧」の正体(耕論)

コロナ禍の東京五輪開催をめぐり、「外圧」という言葉が久々に注目された。推進派も反対派も、外からの声が事態を変えてくれることを願った。2021年のいま、外圧の正体とは何か。

■米国発、日本政府が手回し 猿田佐世さん(シンクタンク「新外交イニシアティブ」〈ND〉代表)

東京五輪・パラリンピックの開催について、菅義偉首相は6月のG7サミットで「全首脳から力強い支持を頂いた」と言いました。注意しなければならないのは、このような海外の「お墨付き」は、日本の政治家や官僚たちが自分たちの政策・方針を推し進めるための常套(じょうとう)手段だということです。

今回も官僚が根回ししたのでしょう。日本が「安心安全に開催する」と強調すれば、目くじらを立てて反対する外国の首脳はいない。それを「全首脳の支持」と言うのは一種の外圧利用です。こうした「日本政府製」の外圧の例は挙げればキリがありません。

なお、外圧の圧倒的多数は「米国発」です。日本が時間とお金をかけて米国に働きかけ、「米国の意向」として発信されます。

日本政府は、米国の有力なシンクタンクに多額の資金を提供しています。たとえば日本でよく知られる安全保障提言の「アーミテージ報告書」を発行している米戦略国際問題研究所(CSIS)のウェブサイトには、日本が毎年5500万円以上を寄付する最上位の寄付国と明記しています。

こうしたシンクタンクの活動を通じ、米国の「知日派」が集団的自衛権の行使や、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設などについて「支持する」と発言する。すると、日本のメディアが大きく報じ、日本政府も「米国も言っている」と日本の世論に訴える。私はこれを「ワシントンの拡声機効果」と呼んでいます。しかし、日本に届く「米国の声」は米国内の一部の声にすぎません。

一方で、国際的な人権基準の実現のため、日本の市民団体などが作りだそうとする外圧もあります。人種差別撤廃条約や女子差別撤廃条約などに日本が批准した背景には、市民団体が国連などに働きかけ、国際社会の声を外圧としたことが影響しています。

市民が作る外圧も、日本政府製の外圧も、どちらも政策を実現する一つの手法です。しかし、前者は権利実現のために個々人が行った表現活動の結果であるのに対し、後者は国家権力が多額の税金を使って行うものです。その外圧の生じる過程に日本政府が関わっていることは、一般の人はほとんど知りません。これは到底、民主的手法とは言えません。外圧が生まれた背景を知らなければ、その外圧をどう捉えるべきか、国民は適切に判断できないでしょう。

海外の情報を広く取り入れる姿勢は重要ですが、「なぜ今」「誰によって」その情報が届いたのか、その背景を吟味することが必要です。大切なのは、どの国の声であろうと、それを取り入れるべきか否かは、日本の私たちが自分の頭で考え、判断すべきことだということです。(聞き手・稲垣直人)

さるたさよ 1977年生まれ。弁護士。米議会への提言、国会議員の訪米企画を行う。主著「新しい日米外交を切り拓く」。

(朝日新聞 21/7/21掲載)

猿田佐世

新外交イニシアティブ(ND)代表・上級研究員/弁護士(日本・ニューヨーク州)。
沖縄の米軍基地問題など外交・政治問題について米議会・政府に対し自ら政策提言を行うほか、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。研究課題は日本外交。特に日米外交の「システム」や「意思決定過程」に焦点を当てる。