新外交イニシアティブ(ND)の猿田佐世代表が6月21日、大阪市で開かれた大阪弁護士会主催の市民講座『日本に緊急事態条項は必要か~韓国戒厳令から考える』に出席し、韓国での戒厳令時の生々しい体験をもとに講演しました。猿田代表に続いて、大阪弁護士会の遠藤比呂通弁護士も歴史をたどっての戒厳令を巡る日本と韓国の繋がりについてお話しされました。以下は、猿田代表の講演の概要をとりまとめたものです。
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韓国で昨年12月3日夜、当時の尹錫悦大統領によって、非常戒厳が宣布されました。猿田代表は偶然、その日、ソウルの国会議員会館で新外交イニシアティブ(ND)の研究会を開催していたため国会周辺に居合わせ、「歴史の証人の1人」になりました。宣布されたのは午後10時27分ですが、その当時、猿田代表は国会近くの店で懇親会に参加していたそうです。
猿田代表は「突然、『戒厳令が出たので気を付けて』とのメールが入り『戒厳令』といえば、光州事件の惨劇や映画『タクシー運転手』が頭に浮かび『まさか、いまどき…』と眼を疑いました。国会前には、徐々に人が集まり始め、居合わせた学生さんが通訳をかって出てくれて状況が分かるようになりました」と緊迫の瞬間を振り返りました。
韓国の憲法上、戒厳令解除のためには国会の在席議員の過半数の賛成による解除決議が必要なため、国会に入ろうとする国会議員とそれを阻止しようとする軍隊との間での攻防が始まりました。
「情報が限られている上、軍隊が出ていて、令状なしでも逮捕できるとのことでしたし、上空にはヘリコプターが国会めがけて次々飛来し、とても怖い思いをしました。しかし、集まって来る人たちは、ごく普通の人たちでした。人々の集まりの中に機関銃を持った兵士が乗るワゴン車が入ってくると、人々はその車を何重にも取り囲んで動けないようにしていました。軍の車が来ると、人々は逃げるのではなく、むしろ『軍が来たぞ!』と駆け寄って、体を張って車を止める、ということを繰り返していました。解除決議をあげようとする国会議員を、国会の外の人々が支え、一人でも多くの国会議員を国会の中に入れようとしていたのです」。国会周辺に集まってきた普通の人たちの行動が猿田代表には強く印象に残ったとのことでした。
日付が変わった4日午前1時1分、国会本会議が開催され、一部の与党議員も含めて参加した190人の国会議員の満場一致で非常戒厳の解除決議がなされました。猿田代表がその直後、知人の国会議員から聞いた話を披露しました。「軍隊の中には『国会の中に議員を入れるな』と言う人たちが大半だったが、『この民主主義の世の中で「戒厳令」?』と疑問に思う軍人も少なくなかったと思われ、その証に、『国会議員を国会の中に入れろ!』と言う声が軍からも聞こえた、との話でした。話をしてくれた議員は『携帯電話やインターネットも遮断されるかもしれない』との危機感の中、家族や友人から国会前で体を張って軍を止める人々の写真が送られてきて、とても励まされた、とも話してくれました」
国会の解除決議の後、国会周辺の状況は変化しました。それまで「戒厳令解除!」とコールしていた大勢の人たちが「尹大統領弾劾!」と訴え始めたということです。尹大統領が、非常戒厳を解除したのは、午前4時28分になってからでした。その後何日も、韓国では、尹大統領の弾劾を求めて何万人、時に15万人といった大規模なデモが続きました。若い人たちが多く集まり、まるでK-POPのライブのようなデモが繰り広げられました。
猿田代表は韓国の民主主義の特徴として①軍事政権を国民の手で民主化したこと②教育課程で歴史を学んでいること③親の背中を見て若い世代が育っていること④「自分ごととして政治に関わり、民主主義を守る」気概を持っていること-を挙げました。
また、日本では、尹大統領が戦後補償問題で日本に譲歩をして日韓の関係を「改善した」とされ、尹大統領に同調的な意見も見られますが、猿田代表は、韓国では保守派でも戦後補償問題での日本の対応には不満を持っている人が多く、保守派も戒厳令には懐疑的であることなどを説明して、日本から見えている「韓国社会」と実際との間にはギャップがあると指摘しました。
日本の国会では、緊急事態条項を憲法に導入すべきとの動きがあります。猿田代表は、現在の日本国憲法上でも、参議院の緊急集会(憲法54条2項但書)や緊急政令(憲法73条6項)の制度があり、災害等の場合に備えて法律も整備されていることから、必要性がない反面、ドイツのワイマール憲法下で緊急事態条項を利用して急激にナチスドイツが台頭したように危険性が大きいと説明しました。
今回、韓国の事態を目の当たりにした猿田代表は「日本では、万一、緊急事態が宣言されてしまった場合、韓国のように人々の力でその濫用を直ちに阻止する力が私たちにあるか疑問に思いますし、また、議院内閣制の下では国会の多数派が内閣を構成するので国会が内閣の暴走を止めるのも難しい」と、緊急事態条項をめぐる日本の動きの危険性を強調して講演を締めくくりました。