研究・報告

二国間原子力協定をめぐる米国政府の動向

平野あつき(NDエネルギープロジェクトチーム研究員)

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本年7月に満期を迎える日米原子力協定が、注目を浴びている。1953年にアイゼンハワー米大統領が原子力の平和利用を提唱して以降、米国は様々な国と二国間原子力協定を結び、原子力分野における国際的な協力体制を構築してきた。場合によっては相手国の核兵器保有につながりかねない原子力協定は安全保障と密接な関係にあり、米国では現在まで各協定の在り方や核不拡散体制への影響をめぐる議論が続いている。米政府が、原子力の平和利用を世界に広めつつ、いかにしてそのルール作りを行おうとしてきたのか―原子力協定に関する米国の動向を紐解いていく。

 

1 米国における123協定の変遷

1954年原子力法第123条(他国との協力)に基づき、米国と他国の原子力協力においては、原発の運用に必要な核物質や関連資機材および技術の輸出入に関する条件が規定されており、現在も米国は20以上の国と二国間原子力協定(通称123協定)を結んでいる。1954年の同法制定当初、123協定は原子力の平和利用を提唱し、相手国との同盟強化を主な目的としていたが、核セキュリティ・核不拡散の問題は二次的要因としてみなされていた。しかし、1974年5月に実施されたインド核実験の後、自らが提供した原子力が軍事用途に転用されることを恐れた米国は、1975年に原子力供給国グループ(Nuclear Suppliers Group)を設立し、国際社会における原子力資材の輸出管理体制を打ち立てた。

さらに1978年には米国原子力法が大幅に改正され、核不拡散要件の標準化を図る9つの条項が設けられた。現在では、相手国が米国産の核物質や関連資機材を輸出する場合にも、輸出相手国と米国の間で123協定が締結されていなければならないとされている。加えて、ワシントンが同意しない限り、各国内のウラン濃縮や使用済み核燃料の再処理は禁じられている。このようにして、123協定は米国が他国と原子力協力をするうえで、不拡散原則を推進するための重要な枠組みとなっていった。

 

2 ブッシュ政権が勝ち取った「ゴールド・スタンダード」と核不拡散への約束

2005年、ブッシュ政権は高度成長を遂げるインドに注目し、同国との原子力協力を行うと発表した。米国原子力法では核拡散防止条約(NPT)未加盟国であるインドへの原子力関係の機材や技術の輸出は禁じられていた。しかし、ブッシュ政権は2006年12月にヘンリー・ハイド米印平和利用原子力協力法を成立させ、米国とインドの原子力協定を特別に確約した。インド側は、平和利用原子力施設を国際原子力機関(IAEA)保障措置下におく(運転中および建設中の原発22基のうち14基が対象)というかたちで譲歩したが、8基の原発においては軍事転用される可能性も残された。さらに、2007年7月に合意された米印原子力協定では使用済み核燃料の再処理も容認されたため、米国は核不拡散政策よりも経済的利益を優先したとして、国際社会から批判された。

ところが、2009年に締結された米国とアラブ首長国連邦(UAE)の123協定では、UAE内のウラン濃縮および再処理の放棄が法的義務として規定され、条件は大きく変更された。交渉を進めたブッシュ政権はこの条項を「ゴールド・スタンダード」と称し、二国間原子力協定の新たな基準であると宣言した。これは前述のインド、そして日本と欧州原子力共同体(EURATOM)に与えられたウラン濃縮及び再処理の包括的同意とは対照的な取り決めであり、米国原子力法にもそのような要件は含まれていない。これまでの協定では、各国が濃縮及び再処理を望んだ場合、米国の同意を要することのみが規定されていたため、新たな条項の適用は、核不拡散を求めてきた人々にとって画期的な第一歩であるとされた。米国議会の有力議員や核不拡散派の専門家はゴールド・スタンダードを支持し、以後交渉される協定にあたっては、濃縮・再処理を行わないことを締結の条件にするべきだと政府に訴えた。

 

3 オバマ政権のジレンマ――123協定に対する「現実的なアプローチ」

一方、オバマ政権では、エネルギー庁のポネマン副長官と国務省のタウシャー次官が2012年1月10日付で上下院の外交委員会向けに書簡を出し、原子力協定の交渉においては相手国の法律や政治的・経済的背景、拡散懸念などを考慮してケース・バイ・ケースに対応する方針を決定した。中東地域に限っては、オバマ政権もゴールド・スタンダードの適用を支持しており、UAEとの協定は今後中東の国々と123協定を締結する際のモデルにしたいと表明していた。それでも3年にもおよぶ内部議論の末、オバマ政権は実践的かつ現実的な政策として、ケース・バイ・ケースのアプローチを推進した。

米国原子力業界は、国際原子力市場における米国の競争力が低下してしまうという懸念から、ゴールド・スタンダードの適用に反対した。他方、多くの議員や専門家はオバマ政権の政策を厳しく批判した。ニューヨーク・タイムズ紙やナショナル誌は社説で同政権のアプローチを非難し、核不拡散派の専門家20名はオバマ大統領に対して、今後非核保有国と締結するすべての協定において、ウラン濃縮及び再処理の禁止を命じるべきであるとする書簡を2012年2月14日に提出した。ブッシュ政権で国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)を務めた保守派のジョン・ボルトン氏とリベラル派で原子力に反対するエドワード・マーキー議員(民主党-マサチューセッツ州)はクリスチャン・サイエンス・モニター誌の論説において、共著で「原子力産業の収益と引き換えに、米国と世界の安全保障を犠牲にする」オバマ政権の政策に警鐘を鳴らし、ゴールド・スタンダードから外れる123協定の議会審査を厳格化する法案の導入を促した。

このような批判に対し、オバマ政権のトーマス・カントリーマン米国務次官補(国際安全保障・不拡散担当)は2012年当時、米国は引き続き核不拡散への取り組みを徹底していくが、ゴールド・スタンダードの導入が唯一の手段ではないと主張した。同氏は、別の核不拡散対策として、2011年に合意された原子力供給国グループによる濃縮・再処理の輸出に関するガイドラインの改訂を挙げている。オバマ政権は、米国のみがゴールド・スタンダードにこだわった場合、二つのデメリットが存在すると考えていた。一つは、新たな協定を締結できる可能性が遠のき、既にロシアや中国に対して競争力を失っている米国の原子力産業が窮地に追い込まれてしまうことである。政権が危惧したもう一つの点は、米国の核不拡散上の影響力が低下してしまうことであった。これらを踏まえて、オバマ政権は議会や専門家からの批判を浴びながらも、より柔軟性の高いケース・バイ・ケース方針を選択していた。

 

4 核不拡散体制を揺るがすトランプ政権――サウジアラビアとの協定交渉

2017年に誕生したトランプ政権は、原子力エネルギーにおいて、他国とどのような協力体制を築いていくのか、世界から注目を集めてきた。2018年2月、同政権はサウジアラビアとの123協定に関する正式な交渉を開始したため、現在アメリカでは、このサウジとの123協定にゴールド・スタンダードが適用されるのか否か様々な議論が行われている。サウジアラビアは、脱石油依存を目指しエネルギーの多様化を図るため、原子力の活用を模索する、としてきた。2008年5月の原子力協力に関する米国との覚書では、「核燃料に関しては国際市場に依存し、原子力技術を追求しない」と約束していた同王国だが、世界原子力連合(World Nuclear Association)の2018年5月の報告によると、今後20~25年の間に800億ドル以上をかけて、16基の原子力発電所を建設する計画がある。

米政府もサウジアラビアが米国企業から原子力技術を購入することを望んでおり、2017年12月初めにはリック・ペリーエネルギー長官がサウジアラビアを訪れている。これが、2018年2月の同国との123協定の正式な交渉開始につながっているが、ペリー長官は、米国が協力しなければ、王国はロシアや中国を原子力分野のパートナーとして選ぶであろうと発言している。サウジアラビアは既に、不拡散の要件においては比較的寛大なフランスやロシアの民間用原発を入手しており、米原子力産業は、国際市場での優位性を守るためにも王国との協力体制を望んでいる。

もっとも、核不拡散を求める立場からすれば、対立するイランが核兵器を製造した場合、サウジアラビアも軍事用途の核開発を進める可能性があるため、新たな協定は核不拡散の原則に基づいたものでなければならない。実際に、サウジアラビアはウラン濃縮・再処理に興味を示しており、王国のムハンマド皇太子は2018年3月に「イランが核兵器を開発すれば、サウジはすぐに追随する」とまで発言した。米国では懸念の声が挙がり、前述のエドワード・マーキー議員は、皇太子の発言は、サウジアラビアの原子力エネルギー開発は電力のためだけでなく、地政学上の力(安全保障)のためだという疑念を認めるものだとして、声明を出した。

米政府もできることであればゴールド・スタンダードを協定に織り込みたいと考えてはいる。正式交渉が開始する前の2017年11月の時点で、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のクリストファー・フォード不拡散・核担当補佐官(当時)も、王国との原子力協力では、核不拡散の観点からゴールド・スタンダードに基づいた協定の締結を望んでいると述べていた。しかし、サウジアラビアはゴールド・スタンダードの導入に難色を示し、現在、サウジアラビアのオイルマネーを必要とするトランプ政権が、協定の締結を急ぎ、結果的に不拡散体制を緩和してしまうのではないか、と懸念する専門家も少なくない。

このサウジアラビアと米国との原子力協定交渉は、予想もしないところで日本への余波を生んでいる。2018年4月、米国のエネルギー政策担当者が日本に対し、「サウジアラビアやイラン、中国に説明するためにもプルトニウムの適切管理を求める」と述べ、日本の核燃料サイクルに対する懸念を示したのである。2015年に締結された米韓原子力協定の交渉時に韓国が米国に対して主張したように、サウジアラビア側が「なぜ日本だけが再処理の特権を与えられるのか」と米国の矛盾を追及し、再処理の権利を要求している可能性がある。

米原子力産業の活性化を目指すトランプ大統領は、米国における民生用原子力政策の見直しも行っており、現在も交渉が続く中で、中東の核兵器競争への悪影響を危惧する声も挙がっている。今回の交渉の結果から、国際的な核セキュリティ問題に対するトランプ政権の方向性が見えてくるであろう。さらに、北朝鮮の核問題など国際的な核拡散の状況が変化を続ける中で、米国がどのように他国と原子力協力の枠組みを作ろうとしていくのか。米国のスタンスは日本にも大きな影響を与える。引き続き原子力分野における米国の動向と今後の展望を追っていきたい。

(平野あつき・ひらのあつき)