研究・報告

なぜ大使館以外にワシントンオフィスを持つと良いのか ~ドイツの政党外交から学ぶ 後編(猿田佐世)

ND代表/弁護士(日本・ニューヨーク州)

私は、2018年にドイツの主要政党がワシントンに設置している財団オフィスを4カ所訪問した。前編では、アメリカにおいてドイツの政党がどのような働き掛けをしているのかを紹介した。引き続き、後編ではワシントンにおけるドイツの政党外交を参考にしながら、日米外交の現状とも比較してその意義について考えてみたい。

ドイツ本国からの議員の訪米

私が、「日米間に新しい外交のパイプを」と言いながら行ってきた活動の大きな一つの柱は、国会議員の訪米の企画・アレンジである。

訪問したドイツの政党の財団に「議員の訪米アレンジを大使館は担当しないのか」と聞いてみた。すると、大使館も担当するとのことだが、ほぼどの財団も以下のように答えた。

「議員の訪米には個々に狙いがある。そうした中で充実した訪米を実現するには、政府としての(行動や発言の)縛りもない政党が、独自のネットワークを生かして、各議員のテイラー・メイド(個々人に合った)な訪米アレンジを行うことが重要だ。

今このときに、誰に会うのがいいか、時間の制約がある中で、朝食時、ランチ時など、趣旨に合わせて有意義に過ごせるように考えて組んでいる。何をすれば、ドイツに戻ったときに政策の実現に役立つかということを念頭に置いて日程を決めていく」

他にも、「大使館のやることはクリエイティブではないし、戦略的でもない。大使館とは別に、この街(ワシントン)での戦略を考える存在が必要である」という説明もあった。

大使館以外に各党のオフィスを置く意味は

何よりも感激したのは、次の質問を政権与党の保守系政党の財団に投げたときである。

「大使館以外に政党ごとの窓口があることの意味は何か。特に、政府として大使館を利用できる政権与党が、大使館以外に別のオフィスを持つ意味は何か」

その答えは次の通りであった。

「ドイツというのは多様な価値観により成り立っている国である。様々な声を知ってもらわなければドイツという国を理解することはできない」

また、同じく感激したのは、別の保守系政権与党の財団スタッフが話した次の言葉である。

「各政党の立場を明確に伝えることは、議会政治の国であるドイツではとても重要なことである。ドイツを知りたい人は、すべての財団を訪れることができる。いろいろな意見を聞いた後で、自分の考えを持てば良い。自分の考えを持つためには、複数の意見に触れる機会が必要であり、議論することが重要なのだ」

私はこれまでワシントンに通い、自らアメリカの議会や政府に足を運んで沖縄の声や福島の声を伝えてきたし、政府と異なる立場を取る政治家の方々の訪米をお手伝いしてきた。それはなぜかと言えば、このワシントンという街では「日本の声」は一色のみ、日本政府を代表する声、すなわちいわば自民党の声しか存在しないからであった。

何もしなければ、原発を再稼働し、沖縄での米軍基地建設を推し進め、アメリカから大量の防衛装備品を購入するという価値観の日本しか認知されない。

日本とドイツ。

それぞれアジアとヨーロッパにおける中心的な経済大国であり、第二次世界大戦の敗戦国でもある。多くの点でその類似が指摘されるが、ドイツの保守系政権与党の財団からこんな言葉を聞くとは、なんたる外交姿勢の違い、そしてなんたる民主主義の成熟度の違いだろう。

「なぜ国内政策を決めるのにアメリカの意見を聞くのか」

日本では、「日本が何かを決定するときには、アメリカの意見を聞かなくてはならない」と言われる。

実際に、12年9月には、民主党政権が原発ゼロの閣議決定をしようとしたときにアメリカの意見を聞いたところ、アメリカに反対されて実現しなかったとされている。私はそれについて、「当時アメリカでは実際にどんな声があったのか」ということを調査してきた(詳細は岩波ブックレット『アメリカは日本の原子力政策をどうみているか』参照)。

ドイツは日本の福島原発事故の後、22年までに原発を停止することを決めている。これについて、「ドイツは事前にアメリカに意見を聞きましたか?」と、私は訪問した全ての4党(キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟、社会民主党、緑の党)の財団に質問した。

それぞれの面談で、対応したスタッフ全員に「どういう意味ですか?」と、質問の意味を問われた。私がもう一度丁寧に質問の意図を説明し、それでも理解できないような顔をしている場合には、日本のケースを説明すると、「なぜ、自国の国内政策を決める際に、アメリカに事前に意見を聞かなければならないのか」という回答が返ってきた。保守政党も含め、その反応は一律同じであった。

ある保守政党のスタッフからは、「ドイツが近年で唯一アメリカに事前に相談をした国内政策といえば、冷戦が終了して東西ドイツが併合したときくらいだろう。あのときはアメリカの力を借りなければならなかったから」との言葉が続いた。

アメリカの影響力が日本で大きいからこそ

ドイツのこれらの重層的な外交の例は、外交にかかわる問題について、何か一点でも、日本政府と異なる考えを持つすべての日本の人々にとって、とても参考になるのではないだろうか。

EUといった地域を統合する存在もなく、隣国との関係にも難しい問題を抱える日本は、ドイツ以上にアメリカとの関係を重視してきた。70年間、ほぼ一色の外交が行われてきた日米外交を変えていくのは容易ではないだろう。

しかし、日本におけるアメリカの影響が極めて大きいからこそ、ドイツの各政党のように、政府とは違うネットワークを築き、多様な考えを伝える努力は、重要であるはずだ。

今回はドイツの政党外交を調査したが、今後、同様に政党外交をワシントンで展開していると聞く台湾やカナダの例も学んでいきたいと思う。

(集英社「情報・知識&オピニオン imidas」猿田佐世連載「新しい外交を切り拓く」第17回 2019年7月9日

猿田佐世

弁護士(日本・ニューヨーク州)。早稲田大学法学部卒業後、タンザニア難民キャンプでのNGO活動などを経て、2002年日本にて弁護士登録、国際人権問題等の弁護士業務を行う。2008年コロンビア大学ロースクールにて法学修士号取得。2009年米国ニューヨーク州弁護士登録。2012年アメリカン大学国際関係学部にて国際政治・国際紛争解決学修士号取得。大学学部時代からアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の国際人権団体で活動。
ワシントン在住時から現在まで、各外交・政治問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2017年2月・2015年6月の沖縄訪米団、2012年・14年の二度の稲嶺進名護市長の訪米行動の企画・運営を担当。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。