研究・報告

サンダースの選挙陣営を覗いてわかったアメリカの変化~サンダース旋風は起きるのか(下) 

全米が驚く結果に

アメリカ大統領選挙の各党候補者を選ぶ戦いが2月初旬より各州で開始されている。本原稿執筆時点では、アイオワ州党員集会(2020年2月3日)とニューハンプシャー州予備選挙(2月11日)が終了しているが、激しい戦いになっている民主党陣営では誰もが予想できなかった結果になった。アイオワ州では、ピート・ブティジェッジ前インディアナ州サウスベンド市長が1位、僅差でバーニー・サンダース上院議員が2位、ニューハンプシャー州ではサンダース氏が1位で、ブティジェッジ氏が2位につけた。アイオワ州の党員集会まで多くの人にとっては気に留める存在ですらなかったブティジェッジ氏の大躍進に全米が驚き、また、ニューハンプシャー州でエイミー・クロブシャー上院議員が急速に支持を伸ばして3位につけたことにも大変な驚きの声が上がった。本命の見えない混戦が当面続きそうである。

全米世論調査で昨年ずっと1位を保ってきたジョー・バイデン前副大統領は、アイオワ州で4位、ニューハンプシャー州で5位となり、大統領選挙からの撤退がささやかれるような事態になっている。ブティジェッジ、クロブシャー両氏はともに民主党中道派であり(民主党の中の右寄り、つまりリベラル度合いは高くない、という意味)、バイデン氏と同じ路線に位置し、この二人に票を奪われてバイデン氏が沈下した構図になっている。また、昨年秋には世論調査で1位となったこともあった革新派のエリザベス・ウォーレン氏も票を伸ばせず、かなり厳しい戦いをしいられている。

近年の歴史において、緒戦の両州の結果で2位に入れなかった候補者が最終候補者となった例はない。今後も各州で予備選挙が続いていくが、どこで誰が撤退するか、というのも最終候補者絞りへの一つのカギになっていくだろう。

私は、前回書いた通り、バイデン陣営に全くもって覇気がないことを実感していたため、バイデン氏の結果に驚きはなかったが、ブティジェッジ氏とクロブシャー氏の躍進は意外だった。しかし、考えてみれば、多様性を標榜しながらも社会主義を目の敵にしてきたアメリカ社会で「民主社会主義」を標榜するサンダース氏が有力候補として残ろうとしているのであれば、これに反発する強い動きが出ることは簡単に予想できることである。バイデン氏に魅力がないのであれば、「中道派」の票を集める別の強力な対抗馬が生まれるのは当然の流れであるともいえよう。アメリカの懐はそんなに深くない。

全米世論調査でついに1位となったサンダース

その後、あれよあれよという間に、革新派のサンダース氏は、アメリカ全土で支持率を伸ばし、ついにバイデン氏を抜き、ブティジェッジ氏の追随も許さず、全国世論調査でトップに立った 。2016年の大統領選以来、確固たる草の根の支持者が全米中に広がっている。他方、3月初旬から中道派の前ニューヨーク市長マイケル・ブルームバーグ氏も参戦することまで加味すると、まずはサンダース氏が民主党の候補者選びの最後の2、3人にまで残ることはほぼ間違いなさそうである。

前回も触れたが、サンダース氏のパワーの源泉は圧倒的な若者の支持である。米メディアによると民主党予備選挙が行われたニューハンプシャー州の出口調査では、18~29歳の51%、30~44歳の36%の支持を誇っている。

私の実感としても、若者層からのサンダース氏への支持は絶大である。実際の雰囲気を伝えることが容易でないのが悔しいのだが、そのパワーたるや「これだけ若者が元気なら、アメリカはまだまだ大丈夫だ」と言いたくなるくらい、若者が、実に元気に、政治的な活動に没頭している。

若者であふれるサンダース陣営

アメリカでは、予備選挙の段階でも大統領選挙本選でも、候補者同士が直接対決する討論会を頻繁に行い、有権者はそれを見ながら自身の投票先を決めていく。各候補者の支援者は、街のバーなどで行われる討論ウォッチ・パーティに集まり、その討論をみんなで観戦する。日本でいえば、さながらスポーツバーに集まってみんなでサッカーを観戦する、といった感じで、候補者の議論を見るのである。

先日、私もワシントンDCで行われたサンダース陣営の討論ウォッチ・パーティに足を運んだ。他の陣営ものぞきたかったのだが、その時はワシントン中心部では他の陣営のパーティは開催されていなかった。

パーティが行われているバーに行くと、大変な盛り上がりを見せていた。会場には40代以上はほとんどおらず、30代すらどのくらいいたのか。20代以下の若者で埋め尽くされ、空いている席を見つけることもできなかった。サンダース氏が発言する度に、大きく声援が飛び、拍手がわいた。思いあまって席から立ち上がって叫ぶ若者もいた。まさに、多くのファンが集まってワールドカップのサッカー観戦をしているかのような雰囲気だ。

「なぜ若者がサンダースなのか」

私は、サンダース氏関連のイベントに行くたびに、参加している若者にこの質問を投げ続けている。

そうすると、「大学の学費が無料になる」「今のアメリカの社会保障制度はおかしい」「この国は根本的に変わらなければならない」「他の中途半端な候補者では変えられない」との力強い声が返ってくる。

他の機会に、年齢の高い層にも同じ質問をしたところ、「今の若者たちには私たちのときほどの機会が与えられていない」「変化が必要だと感じているんだろう」との回答。この半世紀近くの間、給与はほとんど上がっていないが、大学の学費や住宅費は約2倍になり、医療費も値上がりしている、今の若者には不満がたまっている、という話をあちらこちらで耳にする。

サンダース氏は、「最低賃金を時給15ドルに」「メディケア・フォー・オール(国民皆保険)」「富裕税」などを提唱している。また、「カレッジ・フォー・オール(Collage for All)」として、公立大学の学費を無料にし、また学費のローンにあえぐ若者のローンを免除するとしている。アメリカの学費は高い。ロースクールの学費は年間約500万円するところもある。私の友人の多くも多額のローンを抱えて社会で働いている。多くの学生がサンダース氏を支持したくなる気持ちはよくわかる。

アメリカの革新派(Progressive)は世界標準では過激ではない

サンダース氏は「革新派」「進歩派」と言われ、自分自身を「民主社会主義者」であると規定している。サンダース氏の強力な支持グループも「Democratic Socialists of America」と「民主社会主義」を名乗っている。アメリカの中で当たり前のように社会主義が語られる日が来るとは4年前までは考えたこともなかったが、今では大きなうねりの一つになった。

もちろん、世論調査で彼が1位となった今でも、アメリカでは彼は「過激」と評され、今後、「中道」の対立候補に票が集められ、最終的に「中道派」とされる候補者が民主党の候補者に選ばれる可能性はまだまだ高いと思う。

しかし、国民皆保険や大学の無償化などサンダース氏が目指す社会は、ヨーロッパ標準で見れば「進歩的」でも何でもなく、ごく普通に実践されていることが多い。日本でも国民皆保険はいわば当たり前のように存在し、その制度自体を疑う人々はほとんどいないだろう。

アメリカでも、サンダース氏が2016年の大統領選挙で唱えていた主要政策のいくつもが、かつては急進的と見なされていたものの、サンダース氏が提唱した結果拡がり、今では民主党の中では主流となって多くの民主党の候補者が主張しているという状況にある。

例えば「最低賃金を時給15ドルに」というサンダース氏の主要政策は、昨年、民主党が多数党を占める米議会下院が同様の法案を可決している(現在は時給7.25ドル)。現時点では共和党が多数の上院を通過する可能性はないが、同政策が民主党では強い支持を得ていることが分かるだろう。メディケア・フォー・オールも、内容に違いはあれ、何人もの候補者が方向性は共にしている。

仮に、サンダース氏が本選まで残らなかったとしても、これらの政策に広がる共感と、この厚い若者層による支持は、今後のアメリカ社会を動かす大きな原動力となるだろう。

さて、日本では

日本では,先の参議院選挙で若い人ほど自民党に票を入れた割合が高いとの結果が出ている。しかし、世界では、アメリカに限らず、香港でも台湾でも韓国でもドイツでも、若者がリベラルな動きを引っ張っている。

思い返せば2018年。私が所属する新外交イニシアティブ(ND)が枝野幸男立憲民主党代表の訪米をコーディネートしたときに、セットしたサンダース氏と枝野氏の会談で、「立憲民主党の支持者には中高年が多い」と枝野氏から聞いたサンダース氏は「なぜ日本ではリベラルが若者に人気がないのか」と大変驚いていた。

世界9カ国で行われた18歳の世論調査(2019年秋実施)で、「自分で国や社会を変えられると思うか」という問いに、YESと答えたのが日本では18.3%しかおらず、これは他国と比して圧倒的に少ない数字であった(ちなみにその世論調査では、「自分は責任がある社会の一員だと思う」「将来の夢を持っている」「自分の国に解決したい社会議題がある」「社会議題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論している」という各設問について、YESと答えた人は、他の調査対象となった8カ国に比して日本が圧倒的に少なかった)。

若者が声を上げる社会、変革を求めて動くことのできる社会、そうしようという気持ちになれる社会。18歳の彼らは今後30年、40年と社会を支えていく世代である。その世代が既に諦めていることからは、日本という国の今後の行く末が見えてくる。

そんな世論調査の結果にも思いを巡らせながら、日本の教育と社会の在り方を大胆に変える改革が必要だ、と、サンダース陣営の喧騒の中に身を置いて実感した。

(「サンダースの選挙陣営を覗いてわかったアメリカの変化~サンダース旋風は起きるのか[上]はこちら)

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。