【月刊Journalism 9月号】沖縄基地問題は日米関係の縮図「ワシントン拡声器」を可視化する報道を ㊤

ワシントン拡声器を可視化するために ~メディアに期待すること㊤

翁長知事訪米と本土メディアの報道

「本土メディアは成果なしとする知事訪米だが、沖縄メディアは大きな意義があったとする。実際はどうだったか。」ワシントンから戻ってしばらくこんな質問を受け続けた。

翁長雄志沖縄県知事が5月末からハワイ・ワシントンを訪問し、辺野古基地建設反対の意思を米国に伝えたが、この訪米は本土メディアからは「『辺野古NO』通じず(朝日新聞6月6日)」「翁長知事は「扇動的」 米知日派“反辺野古”を一蹴(テレビ朝日系(ANN)6月2日)」等厳しい評価を受けた。

しかし、そもそも知事をはじめとした訪米団は皆、米関係者から直ちに「では辺野古はやめましょう」との回答があると期待して訪米などしていなかっただろう。

筆者が事務局長を務める新外交イニシアティブでは、知事訪米に随行した訪米団の訪米日程の企画・同行を担当した。筆者もワシントンにて、那覇市長や読谷村長、国会議員(沖縄選出)、沖縄県議等からなる約20名の訪米団と共に、翁長知事の訪米活動を間近にしながら、米国の連邦議会議員やシンクタンクの研究員に会い続け、3日間55件の面談の中で沖縄の意思を伝え続けた。

筆者自身は、ワシントンでの在住も経ながら、既存の外交パイプが運ばない声をワシントンに伝えたいと、米議会へのロビー活動を自ら行い、また、沖縄の方々の訪米ロビーの企画・同行などを行ってきた。沖縄の問題において主戦場が辺野古の現場であり、日本政府に対する取り組みであることはもちろんであるが、米国の変化(それがたとえ根本的な変化でなくとも)が日本に大きな影響を与えることから、日本に対する取り組みにはワシントンへの働きかけが有効であると考えてこの活動を続けている。

今回いただいたテーマは「沖縄・辺野古問題とメディア」である。そこで、私のワシントンを軸とした沖縄基地問題を始めとする日米外交における問題意識をメディアに引きつけて論じてみたい。まず、ワシントンを中心とした日米関係のシステムについて概観する。

ワシントンからの日本への影響

日本は、アメリカからの影響に極めて弱い。アメリカがくしゃみをすれば日本が肺炎になると言われる程である。

例えば、安保法制である。昨年7月、安倍政権は集団的自衛権の行使を閣議決定で容認し、現在、日本中で反対運動が展開される中、安保法案が国会で議論されている。日本に歴史的変化をもたらしたこの議論の背景には米国の存在があるといわれる。米国からの影響力の象徴として随所で取り上げられるのがいわゆる「アーミテージ・ナイ報告書」である。元国務副長官のリチャード・アーミテージ氏と元国防次官補のジョセフ・ナイ氏らが執筆したこの対日提言書は「集団的自衛権行使の禁止は同盟への障害(第三次)」等と集団的自衛権の行使容認を求めてきた。[1]この報告書は既に政権を離れている両氏を含め民間研究者が執筆者として名を並べるもので、米政府による公式の対日勧告ではない。にもかかわらず、集団的自衛権に限らず広く「日本の防衛政策の青写真となった」とされ、同報告書、さらには、代表執筆の両氏の発言は総じて日米両国の政権に影響を与えると広く理解されている。[2]安保法制の議論においてはホルムズ海峡における機雷除去の事例が集団的自衛権の事例として挙げられているが、これもアーミテージ・ナイ報告書で取り上げられている事例である。

ワシントン拡声器

ワシントンからの発信は日本で大きく報道される。米国政府やアーミテージ氏やナイ氏のような「知日派」の声はもちろん、日本人の声や日本人の働きかけによるものであってもワシントン発となると大きく報道される傾向にある。石原慎太郎元東京都知事が尖閣諸島の購入を発表したのも、ワシントンのシンクタンク「ヘリテージ財団」での講演の席上だったのは記憶に新しい。

ワシントン発の情報の影響力の大きさを知る政治家や企業は、ワシントンを訪問したり、ワシントンのシンクタンクに資金を提供したりするなどの方法で、ワシントン発の情報を作り出し、日本にぶつけ、米国の影響力によって日本国内で自らの実現したい政策を実現していく。

筆者自身、米国を利用した日本への影響作りの現場を数多く見てきた。一例としては、昨年、集団的自衛権の行使容認の閣議決定の可否が日本で議論されている最中、米知日派の意見を聞きに多くの国会議員が訪米したことが挙げられるだろう。

昨年5月、私が名護市長の訪米同行でワシントンの米国務省の前に行くと、そこには日本メディアが黒山の人だかりとなっていた。しかし私の期待とは異なりその取材陣は名護市長の国務省訪問を取材してくれなかった。翌日、日本メディアに河井克行自民党衆議院議員らの訪米の記事が掲載されているのをみつけた。

「・・・河井氏によると、キャンベル氏(前国務次官補)は「東アジアの安全保障環境に鑑み、日米がともに対応していると示すことが重要だ。会期末までの閣議決定が強く望ましい」と表明。アーミテージ元国務副長官は「会期末までの閣議決定を100%支持する」と語った。19日に会談したマイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長も「会期中に閣議決定されることは重要だ」と強調したという。・・・」[3]

米「知日派」の発言を報道するための黒山の人だかりであった。訪米したのが河合議員であろうと別の議員であろうとメディアはかまわなかったろうが、河合議員らの訪米がなければこの記事は出なかったし、メディアが河合議員の発言を取材しなければこの記事は出なかった。

ワシントンが果たしているこの機能を、私は「ワシントン拡声器」と呼んでいる。本年に入っての安保法制の議論においても、節目節目では必ずワシントンのコメントが取られている。振り返れば、この3月の与党合意の成立後約一週間で高村正彦副自民党総裁はワシントンを訪問し、ワシントンのシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)で講演しその経過を報告するとともに、カーター米国防長官と面談し「歴史的取り組みだ」と評価の言葉を引き出している。[4]

ワシントン拡声器の仕組み

政治の街であり覇権国の首都であることから、ワシントンには米国の政策や世界各国の政策に影響を及ぼしたい人々が世界中から集まる。

米政府そのものの世界の国々への影響力の大きさは言うまでもない。また、現在米政権内にいる人々だけではなく、現在は政権を離れている人々も文脈によっては大きな影響力を持つ街がワシントンである。(大統領選において政権が交代し、現在政権の外にいる人が政権内に入り、政権内の人が政権の外に出てシンクタンク等で次の政権まで待機する「回転ドア方式」と言われる米国の政治制度ゆえでもある。有力者であれば、政権外にいる人でも、近い将来に、あるいは現時点においても極めて強い影響力を持ちうる。)

ワシントンがあるテーマを「問題」として取り上げれば、瞬く間に世界中がそのテーマを「問題」として取り上げるようになる。ワシントンは世界中の問題について、アジェンダ・セッティング(議題設定)能力をもち、評価を与え、また権威付けを行うと言われる。[5]私が「ワシントン拡声器」と呼ぶのはこれらの機能をまとめたものである。

日本の文脈でいえば、日本からワシントンにテーマを持ち込み自らの声をワシントンを利用して拡声させて日本に影響を与える場合も、日本のある層の関心事がワシントンの知日派等の関心と相まってそれがアメリカ発の声として日本に影響を与える場合も双方あるだろう。

ワシントンで交わされる議論と報道される情報の選択

この「拡声器」の役割の主要部分の一つを担っているのがメディアである。日本メディアは日々ワシントン発(米国発)のニュースを数多く取り上げる。ワシントン発の情報についての日本語による情報拡散は、日本の大メディアに依るところが極めて大きく、日本の大手メディアが情報の選択権を有する。選択されなかった情報は日本語読者の耳に届く可能性をほぼ失う。

また、その情報選択の前提としてワシントンに届けられる情報や意見の質や内容にも着目する必要がある。

辺野古基地建設問題について思い返してみれば、2009年9月からの民主党鳩山政権時、日本では、米国政府が辺野古移設に反対する鳩山政権に怒っているとの言説が流れていた。

ワシントン発の日本メディアの重要な情報源となるワシントンのシンクタンクでは、当時、頻繁にこの問題についてのシンポジウムが開催されていた。当時ワシントンに住んでいた筆者はワシントンで開催される日本関連のシンポジウムには可能な限り出席していたが、当時の日本関連のシンポジウムの多くは、その主たるテーマが辺野古基地建設問題であった。

しかし、数十は出席したであろうこれらのシンポジウムで、辺野古基地建設に異を唱えるスピーカーが登壇したシンポジウムは実に一度しかなかった。

仮にも一国の首相が反対意見を述べているのに、そのテーマでのシンポジウムでその声を代弁する登壇者がいないのは明らかに「ワシントンで語られている日本」と「日本で語られている日本」の乖離を示していた。筆者は、ワシントンには画一的な情報しか日本から伝わっていない、という確信を深めていった。(後になって、辺野古基地建設に反対する論者が登壇したその一度だけのシンポは、ワシントンについて私と同様の意識を持ったある日本の大学教授がそれはおかしいと意識的に計画をしたシンポジウムであったことが判明した。)

より正確にいえば、反対意見がワシントンで述べられなかったわけではない。先ほどから取り上げているアーミテージ元国務副長官は2010年1月のシンポジウムで、辺野古以外の選択肢(プランB)を考える必要があると述べていた。他、少なくない米側の識者が現行案以外の案を提案していた。米国の登壇者から別の案の検討がなされるべきだとの声が発せられ日本からの登壇者が辺野古案を主張するとの構造が私には新鮮であったし、どうしてこの米側の声が大きく日本で報道されないのか、という疑問をもった。

[1] 第一次報告書「The United States and Japan: Advancing Toward a Mature Partnership」

Institute for National Strategic Studies, National Defense University (2000)

第二次報告書「The U.S.-Japan alliance -Getting Asia Right through 2020」

the Center for Strategic and International Studies (2007)

http://csis.org/files/media/csis/pubs/070216_asia2020.pdf

第三次報告書「The U.S.-Japan Alliance -anchoring stability in asia」

the Center for Strategic and International Studies (2012)

http://csis.org/files/publication/120810_Armitage_USJapanAlliance_Web.pdf

[2] 例えば、朝日新聞2014年10月29日

「変わる外交・安保 日本の行方(中) 集団的自衛権、米提言と符合」

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11426927.html

[3] 時事通信「今国会中の閣議決定を=集団自衛権で米知日派」(2014年05月21日)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201405/2014052100134

[4] 米国防長官、安保法制を歓迎=今国会成立へ会期延長―高村自民副総裁

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6154412

日米同盟「アジアと世界の利益」 自民・高村氏が講演

朝日新聞 2015年3月28日08時13分

http://digital.asahi.com/articles/ASH3W5D5CH3WUTFK00V.html

[5] 「ワシントンの中のアジア」ケント・E・カルダー 著 中央公論新書 2014年 48頁