研究・報告

青森核燃サイクル調査報告 No.3  核燃料サイクル政策とむつ市の中間貯蔵施設 ― 民意なき合意形成(コンセンサス) ―

PDF版はこちら

青森県・下北半島には六ヶ所再処理工場などの核燃料サイクル関連施設が集中している。半島の中ほどに位置するむつ市に建設された使用済み核燃料の中間貯蔵施設もその一つである。

むつ市の大湊港は、かつて原子力船「むつ」の母港だった。1974年、「むつ」は太平洋上での試験航行中に放射線漏れ事故を起こす。地元漁協をはじめ市民から帰港を拒否された「むつ」は、係留地を求めて日本中の海をさまよった。その後、むつ市内の関根浜に新母港の建設がもちあがると、行政側は莫大な補助金と引き換えに、再び「むつ」を受け入れたのだった。関根浜漁協は抵抗したが、組合員は補償金のつり上げなどにより分断され、反対派は敗北を喫した。過疎や財政難に苦しむ地域が交付金と引き換えに「嫌われもの」を受け入れるという構図は、後述するように、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の誘致へとつながっていくのである。

中間貯蔵施設は2020年9月、原子力規制委員会による審査の結果、事実上の「合格」となった。同施設は現在、六ヶ所再処理工場と同時期(報道によれば2022年)の稼働開始が目指されている。本稿では中間貯蔵の問題点を中心に、日本の核燃料サイクル政策について考えてみたい。

1.核燃料サイクル政策:行き場のない使用済み核燃料

日本政府は使用済み核燃料を全量再処理し、取り出したプルトニウムを再び燃料として利用することを基本方針とし、それを固持している 。プルトニウムは本来、高速増殖炉で利用する計画だったが、その原型炉「もんじゅ」の廃炉が2017年に決定され、実用化の見込みはなくなった。さらに、プルトニウムをウランと混ぜ、混合酸化物(MOX)燃料に加工し、軽水炉で使用するプルサーマルも若干は動いているものの全体として成功しているとはいいがたい。政府はそれでもなお、2018年に策定された第5次「エネルギー基本計画」において、再処理とプルサーマルなどの推進を掲げている。

海外では核燃料サイクルの確立を方針としていた国々の多くが再処理から撤退、ないし工場を閉鎖する方向へむかっている。理由は、まずプルトニウム利用は商業的なメリットがなく、さらに廃棄処分をより一層困難かつ複雑にするためである。再処理にともない桁違いに放射能レベルが高い廃液が発生する。それを固めた「ガラス固化体(高レベル放射性ガラス固化体、以下、高レベル放射性廃棄物)」の最終処分地は決まっていない。これに加え、膨大な量の低レベル放射性廃棄物も発生する。さらに、日本の場合、高レベル廃液の固化技術が確立されていないため、六ヶ所再処理工場を本格稼働させると高レベル廃液がたまり続けることになる。膨大な量の放射能が液状のまま保管され続けるのは、きわめて危険である。また、固化されたとしても、それらの最終処分先が見つかっていないため、高レベル放射性廃棄物が行き所なく蓄積されていく恐れがある。

これらの問題点にもかかわらず、日本政府は核燃サイクル政策に固執し、六ヶ所再処理工場を本格稼働させようとしている。海外に目を向けると、アメリカやドイツ、北欧などでも1980年代より使用済み核燃料が中間貯蔵されているが、その目的は直接処分までの保管である。一方、日本の場合、再処理までの保管である。この政府方針に対し、日本学術会議は2012年、高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策を抜本的に見直すよう提言し、再処理にともなって発生する放射性ガラス固化体だけでなく、「仮に使用済み核燃料の全量再処理が中止され、直接処分が併せて実施されることになった場合における使用済み核燃料」も高レベル放射性廃棄物としてみなすべきだと説明している 。また、市民の立場から脱原発社会の構築をめざす原子力市民委員会も2015年、「核廃棄物管理・処分政策のあり方」を取りまとめ、その中で使用済み核燃料を高レベル放射性廃棄物と規定するよう法改正の必要性を訴えている。しかし政府は、あくまで再処理を前提とし、使用済み核燃料を「廃棄物」として扱うことを拒み続けている。

2.中間貯蔵施設

中間貯蔵施設の必要性が示されたのは、1998年の旧通産省(現経済産業省)総合エネルギー調査会原子力部会による中間報告が最初である。同報告は、原子力発電所(以下、原発)内での使用済燃料貯蔵施設に加え、使用済燃料を中間的に貯蔵する施設(中間貯蔵施設)が2010年までに必要であるとした。理由は、今後、発電量の増加に伴って、六ヶ所再処理工場の処理能力を超える量の使用済み核燃料が発生し、長期的にみれば貯蔵する使用済燃料の量は増加していくと見込まれたことによる。その後、政府は敷地外貯蔵(すなわち中間貯蔵施設)を進めるための法的整備を進め、電気事業者も使用済み核燃料の貯蔵能力拡大に向けた取り組みを開始した。

3.むつ市が中間貯蔵施設を受け入れた経緯と現在のむつ市の姿勢

その第一号として立ち挙げられたのが、青森県むつ市に中間貯蔵施設を建設する計画である。

住民に隠し、建設計画を受け入れたむつ市長・杉山粛氏は「県議時代から海外にも出掛けてさまざまな原子力関連施設を視察してきたが、中間貯蔵施設は原発と違って核分裂もなく、原子力関連施設の中で最も安全な施設と考えている」と語っている。しかし、施設を受け入れた主な理由のひとつは、財政赤字の解消だといわれる 。杉山市長(以下、当時)は住民に知らせずに、1997年より中間貯蔵施設の誘致を打診しはじめ、土地の工面にも手を貸したという。また、東京電力(以下、東電)が、むつ市での計画が公になる以前の2007年から2008年にかけて、西松建設の裏金2億円で用地買収工作を進めていたことも判明している 。つまり、中間貯蔵施設は不透明なかたちで誘致され、住民の同意なしに計画が進められたのである。

また、杉山市長は、住民の同意があったと主張するが、中間貯蔵を受け入れた経緯をみていくと、むつ市の人々の民意が反映されていないのは明らかだ。中間貯蔵施設の誘致が発覚したのは2000年である。その年、むつ市は東電に立地可能性調査の実施を要請した。これに対し、地元の市民グループ「核の『中間貯蔵施設』はいらない!下北の会」と「浜関根共有地主会」 は、むつ市に調査実施要請の中止と施設誘致の白紙撤回を求める申し入れ書を提出したが、むつ市と東電はそうした声に応じることなく調査を進めていった。さらに、2001年にむつ市議会が設置した「使用済み核燃料中間貯蔵施設『リサイクル燃料備蓄センター』に関する調査特別委員会」も、議会に強い調査権限を付与する「地方自治法第100条」に基づく委員会(通称、「百条委員会」)ではなく、任意の委員会となってしまった。その結果、自治体は証言や資料提出を拒否しても罰則を科されず、会議録も残す必要がなくなった 。

一方、誘致に反対する住民らは2003年、「むつ市住民投票を実現する会」 を結成し、中間貯蔵施設受入れの是非を問う住民投票条例制定を求めて署名運動を立ち上げると、2カ月ほどで5,855筆が集まった。当時のむつ市の有権者数は4万人であったため、条例の直接請求に必要な署名数は800筆となる。それを大幅に上回る数が短期間で寄せられたのである。だがそれに対し、むつ市議会は「議会制民主主義を否定するものだ」などといった理由により、条例制定案を否決した。また、使用済み核燃料の陸揚げ予定地とされた関根浜漁業協同組合では,海上調査の協力を拒否していた松橋幸四郎組合長が任期満了で交代となり、内部に混乱が生じていた。そうした中、漁業補償金が23億円と吊り上げられていき、さらに「漁業対策振興費」として5億円が追加されるなど、組合員の懐柔策が進行した。2003年、漁業組合は最終的に杉山市長による調査協力要請を受け入れ、立地可能性調査と漁港整備に関する協議書に調印したのだった 。

その後、むつ市、青森県、東電、日本原子力発電株式会社(以下、原電)の4者は2005年、「使用済燃料中間貯蔵施設に関する協定」を締結し、東電と原電の共同出資により、使用済み核燃料の貯蔵・管理事業を行う新会社「リサイクル燃料貯蔵株式会社(通称RFS)」を設立した 。協定書によれば、使用済み核燃料は最長50年間貯蔵されたのち、将来建設される予定の第二再処理工場に搬出されることになっている。しかし、第二再処理工場の建設は「目途がたっていない」 。したがって「中間」貯蔵ではなく、実質的に「永久」貯蔵になる可能性が高いのである。

このように中間貯蔵施設の立地をめぐってはさまざまな問題点がある。しかし核燃料サイクル施設から落とされる金(「核燃マネー」とも呼ばれる)が、人々に核燃料サイクル政策を問い直す機会を失わせる要因になっていると思われる。たとえば下北半島の立地4市町村(むつ市、大間町、六ヶ所村、東通村)は2019年、青森県に核燃交付金の配分方法改善を要請し、「上限30億円」という支給総額に対し、税収に連動して交付額も上げるよう要望したことなどにみられるように、立地地元による「核燃マネー依存」は深まる一方となっている。

4. 中間貯蔵施設の問題点

中間貯蔵施設は、すでに破綻している核燃料サイクル政策の延命処置として利用されているのではないだろうか。中間貯蔵施設の正式名称は「リサイクル燃料資源中間貯蔵」である。しかし、ここに貯蔵される使用済み核燃料は、必ず「リサイクル」(=再処理)されるとは限らない。中間貯蔵とは、「時間的な余裕を持たせ、使用済み核燃料を再処理するか、直接処分するか、政策に柔軟性を持たせる」ためのものであり、「貯蔵期間中に高速増殖炉が実用化され、再処理技術が進んでいれば、再処理すればいいし、そうでなければ直接処分すればいい—―という考え方」があったと指摘されている 。要するに、中間貯蔵とは使用済み核燃料を「たらい回し」にし、「最終処分引き延ばしの口実」なのである 。これを「ゾンビ延命モデル方式」と呼ぶ研究者もいる 。

アメリカの場合、使用済み核燃料をそのまま廃棄物として埋設する、いわゆる「ワンス・スルー方式」が採用され、中間貯蔵は最終処分までの一時保管と位置づけられている。しかし、最終処分地が決定されていないため、「長期」保管になると見込まれている。これを日本にあてはめれば、中間貯蔵は再処理までの「長期」中間貯蔵ということになる 。

この問題に対し、前述した日本学術会議は、「中間貯蔵」ではなく「暫定保管 (temporary safe storage)」という対処方式を提言している。暫定保管の主目的は、地層処分の安全性確保に関する研究、ならびに国民的合意形成のための期間の確保である。具体的には、暫定保管期間を50年とし、はじめの30年で最終処分のための国民的合意形成、適地選定、そして立地候補地選定を行い、そのうえで、残りの20年の間に処分場の建設を行うというものである。この提言に対し、地層処分の実施主体である原子力発電環境整備機構(NUMO)は、「目指す方向性は基本的に同じ」と一蹴した。日本学術会議による提言の最重要ポイントは「最終処分のための国民的合意形成」にある。それには使用済み核燃料を「廃棄物」として扱うかどうか、すなわち再処理の是非の議論も含まれなければならない。NUMOの回答は、この点を無視しているといわざるをえないのである。

また、中間貯蔵施設では使用済み核燃料をキャスクに入れて乾式貯蔵するので、自然災害(例えば津波)に対して耐久性があり、安全性も高いとされるが、リスクを完全に払拭できるものではない。さらに、むつ市の中間貯蔵施設の近隣には射爆撃場や米軍三沢基地があることから、軍用機墜落といった人為的リスクもある。中央大学の寺本剛氏(環境倫理学、技術哲学)が指摘するように、地上管理の場合、「自然災害やテロのリスクについて懸念を完全に拭い去ることはできない」のである 。また、地上管理にせよ、埋設処分にせよ、そのリスクは世代を超えて残り続けることになる。

5.だれによる合意形成(コンセンサス)か

2020年2月、むつ市は中間貯蔵施設に搬入される使用済み核燃料への課税で得られる財源をどうまちづくりに活かすかについて話し合う集まりを開催した。「希望のまちづくり市民のつどい」と名付けられたそれには、「核の中間貯蔵施設はいらない!下北の会」など核燃サイクル施設に反対の立場をとる市民団体も参加を希望したにもかかわらず、市は当初、彼らの出席を拒んだという 。最終的に認められたものの、この一例からも分かるように、むつ市の姿勢は住民の民意を包括的に取り入れるようとするボトムアップなアプローチではなく、トップダウンによる合意形成でしかない。県内の市民運動には、地域経済が原子力関連の税収に依存することの是非について市民レベルで議論しようとの動きもみられる。しかしながら、核燃料サイクル施設を受け入れてしまった青森の人々の間には、そのような意識はなかなか浸透しにくいようである 。

6.おわりに

本稿では、核燃料サイクル政策の問題点とむつ市が使用済み核燃料の中間貯蔵施設を受け入れた経緯について解説した。再処理工場が稼働するかどうかは不確かで、高レベル放射性廃棄物の最終処分地の目途も立っていない。それにもかかわらず、中間貯蔵施設を稼働させるというのは、「中間」ではなく「永久」貯蔵になる恐れがある。すでに破綻している核燃料サイクル政策を見直そうとせず、中間貯蔵施設に使用済み核燃料を搬入するというのは、核廃棄物の後始末の議論を後回しにすることに他ならない。原子力と核燃料サイクルを取り巻く情勢は大きく変わった。事実上破綻している核燃料サイクル政策を抜本的に見直し、まず、すべての使用済み核燃料を再処理する(「全量再処理」)方針からの脱却を検討すべきではないだろうか。

(松岡美里・まつおかみさと)

【六ケ所再処理工場の本格稼働に対する政策提言】
六ケ所再処理工場(青森県)は本格稼働に向けて準備が進められています。プルトニウムの使途が定かでないままに進められる日本の核燃料サイクル政策。新外交イニシアティブ(ND)・日米原子力エネルギープロジェクトは、この問題について、現段階における、より現実的な政策を提言しました。ぜひご覧ください。