研究・報告

米中の狭間における日本の採るべき進路は――Don’t make us choose との連帯

昨今の日本の安全保障関連文書では、「日米同盟の強化」が決まり文句となっている。敵基地攻撃能力の自民党提言でも日米同盟の一層の強化に取り組むこととされ、安倍前首相の任期末の安保談話においても米国との絆の強化が謳われた。

「米中対立」が急速に進み、南シナ海や台湾海峡での米中軍事衝突の可能性を論じる論文すら散見されるようになった現状で、冷静な議論なしにこの決まり文句のみを繰り返す日本の状況は、日本を取り巻く客観的な安全保障環境に適したものなのか。

本稿では、以下、アメリカ大統領選を踏まえながら今後の米国の対アジア政策がどのようなものになっていくか、また、近年の米中対立を受けたアジア各国がこれにどのように対応しているかを、特にフィリピンをケーススタディとして取り上げ、その上で日本のとるべき道を検討する。

トランプ政権下で悪化の一途をたどる米中関係

「経済的にも戦略的にも、中国はアメリカの存続に関わってくる脅威であり、これまでの対中政策はすでに破綻している。ワシントンは中国を封じ込めるためのよりタフな新戦略を必要としている。これが、民主・共和両党、軍事エスタブリッシュメント、主要メディアをカバーしている新対中コンセンサスだ」(ファリード・ザカリア、CNN「ファリード・ザカリア GPS」のホスト、「フォーリン・アフェアーズ・リポート」二〇二〇年一月号)

これは、現在の米国の、中国を見る目を象徴するような一節である。

米大統領選が一一月三日に控えている。外交問題で投票先を決定する人はあまり多くないとされる米大統領選挙であるが、今回は、中国を端緒とした新型コロナウイルス感染拡大や、中国に厳しい見方をする人が増え続けているという世論調査の結果もあって、両陣営が競って中国を批判している。

この間、トランプ政権は、在ヒューストン中国総領事館の閉鎖、華為技術(ファーウェイ)への制裁措置など、中国への強硬な対応を次々に繰り出している。

トランプ政権の対中強硬姿勢は、中国に「断固として立ち向かう」と述べたペンス副大統領演説(二〇一八年一〇月)に代表されるように、今に始まったことではない。しかし、このコロナ禍中、その対立姿勢がさらに鮮明になっている背景には、選挙戦略にとどまらず、「中国外交は驚くほど大胆な変貌を遂げ、国際社会でかなりの強硬路線をとっている」(カート・キャンベル元米国務次官補、ミラ・ラップ゠フーパー外交問題評議会シニアフェロー)現実がある。中国はこの数カ月の間に、コロナ禍に他国が苦しむ中で南シナ海での動きを活発化し、オーストラリアに外交圧力をかけ、またインドとの国境紛争で軍事力を行使するなどしてきた。

七月二三日、ポンペオ国務長官は演説で「自由主義の世界は独裁体制に勝利しなければならない」と中国共産党を徹底的に批判した。米中対立が新しい局面に入ったとも評される演説であったが、その中で同長官はみなで結束して中国に立ち向かうべきであるとして民主主義国による対中同盟の形成を呼び掛けた。この対中批判の勢いは止まらず、九月七日には、トランプ氏が中国とのデカップリング(経済的つながりの切り離し)にも言及しながら、「中国への依存を終わらせる」「中国とビジネスをしなければ巨額の損失を出すことはない」と経済関係の制限に向けたこれまで以上に厳しい姿勢を強調している。

この極めて厳しい対中のトーンは、「選挙戦略」にとどまらず、トランプ氏が再選した際にも続いていくものと考えられている。

「バイデン政権」における対中姿勢

対する民主党は八月の党大会で発表した政策綱領で、中国との関係について「悪意のある行動を押し返す自信を持って立ち向かわなければならない」としつつ、「両国のライバル関係が世界の安定を脅かしてはならない」「地球温暖化対策や核拡散防止などの分野で協力するすべを探る」とした。バイデン氏が三月に表明した外交政策においても、「アメリカは中国との接触を保つ必要がある」としてトランプ政権との違いを示している。

しかし、冒頭に挙げた「新対中コンセンサス」は民主党関係者をも包含する。例えば、バイデン陣営の外交チームの中心にいるカート・キャンベル、ジェイク・サリバン両氏も「『対中エンゲージメントの時代は終わりを迎えた』という点ではコンセンサスが形成されつつあ」ると述べている。

すなわち、選挙を経て「バイデン政権」に代わったとしても、一定の変化はあれど米国の対中強硬姿勢は続くだろうとの評が一般的である。

この点、同じくバイデン外交チームのミシェル・フロノイ氏(オバマ政権時代の国防次官)は、「アジアにおける戦争を防ぐには」との寄稿を米誌に寄せ、「米中戦争が起きるリスクはこの数十年で最大限に高まっており、しかもそのリスクは拡大し続けている」と述べている。

米大統領選では各陣営が各分野の専門家を集めてチームを作り、陣営の政策を作っていく。その候補者が当選した際にはチームの専門家たちはそのまま「政権入り」して各省庁やホワイトハウスの高官となり、政権を動かしていく。したがって、「バイデン政権」の外交政策を予想するには現在のバイデン陣営の外交チームのメンバーたちの発言を検討することになるが、この寄稿をしたミシェル・フロノイ氏は、「バイデン政権」の国防長官候補との呼び声が高い。彼女は、アメリカが中国に対抗するためには、自国の軍事力への投資を行なうとともに、インド太平洋地域への永続的なプレゼンスを強調すること、また、同盟国やパートナー国との関係を強化することを求めている。そして同盟国やパートナー国とは定期的に軍事演習を行ない、新しい能力の整備を加速すべきと訴える。

「同盟重視」は民主党陣営のキーワードである。これは同盟を軽視するようなトランプ氏の数々の言動への批判でもある。トランプ大統領は日韓に多額の米軍駐留経費を求め、日米安保条約の破棄やNATO離脱を匂わせる発言を行ない、実際にドイツの駐留米軍削減を決定している。この同盟軽視との批判は民主党陣営はもとより、共和党の「主流派」からも出されており、例えば、この八月には共和党の歴代政権の高官が七〇人以上もの連名で声明を出し、同盟軽視を批判の理由の冒頭に挙げながら、バイデン氏を支持すると表明した。日米同盟の文脈でいえば、二〇一八年一〇月に発表されたいわゆる「第四次アーミテージ・ナイ報告書」も、同盟の重要性を主題にトランプ政権への批判を行なっている。

このように、バイデン陣営の外交戦略の中心に「同盟関係の再構築・強化」があり、これが対中国政策の一つの柱と位置づけられている。

なお、前記の通り、同盟軽視と批判されるトランプ政権も、七月のポンペオ演説で民主主義国による「同盟」を対中戦略の主軸に挙げた。したがって、この大統領選挙がどのような結果になったとしても、米国から日本を含む同盟国へのさらなる協力要請(圧力)が強まっていくことは明らかである。もっとも、これは、中国に軍事力・経済力の差を詰められ続けてきた米国にとって必須の方向性であったともいえるだろう。

Don’t make us choose

では、アメリカからさらなる協力を求められる側のアジアの同盟国、パートナー国はどのような状況にあるのか。

近年、中国の台頭を受け、アジアの中小国はこれまでと異なる対応を迫られてきた。コロナ禍発生以降さらに中国の対外拡張的な傾向は強まり、より難しいバランス取りが求められている。

特に米中対立の「主戦場」といわれる東南アジア諸国は、米中双方を強く意識しながらの政策をとらざるを得ない現状にある。一般的に中国との距離については、カンボジアのように「中国化」が進むと評される国と、ベトナムのように対立姿勢を鮮明にする国と様々であるが、この間の米中の動きにはどの国も敏感である。この九月に開催されたASEAN外相会議では、南シナ海の問題をめぐり米中対立が軍事的レベルにまで高まっていることについて複数の会議で議論が行なわれたことに触れて、米中を念頭に「ASEANは地域の平和と安定を脅かす争いにとらわれたくはない」と自制を促すメッセージが発せられた。

シンガポールのリー・シェンロン首相は米誌に寄稿し、「アジア諸国は、アメリカはアジア地域に死活的に重要な利害を有する『レジデントパワー』だと考えている。だが、中国は目の前に位置する大国だ。アジア諸国は、米中のいずれか一つを選ぶという選択を迫られることを望んでいない」として、アメリカが中国の台頭を封じ込めようとして、あるいは、中国がアジアでの排他的勢力圏を構築しようとして、米中いずれかの選択をアジア諸国に強要するようなことがあってはならないと強烈に牽制している。

この“Don’t make us choose.”は近年、東南アジア諸国について頻繁に用いられる言い回しである。米中いずれを選んでもマイナスが大きすぎるので、そもそも「選べ、という場面を作るな!」という、狭間にある国の悩みを端的に示している。

したたかに生きるフィリピン

米中両国間で絶妙なバランスをとっている例としてはフィリピンが挙げられる。例えば、今年二月に米国に対して訪問米軍地位協定(VFA)の撤回を通告したため、注目を集めた。

日本では、ドゥテルテ大統領の強権手腕が批判的に注目されるのみで、これらの政策変更は「ドゥテルテ氏の特異な性質」と軽視されがちである。しかし、そのような決定が可能なのは、八割を維持する高い支持率と、それにつながる歴史と背景があるからである。「麻薬撲滅戦争」における超法規的殺害など人権状況の悪化についての批判は必要であるが、だからといって現在のフィリピンの外交政策をドゥテルテ氏個人の特性のみに落とし込むのでは事態を正しく理解できない。

フィリピンは、一八九八年以降アメリカに占領されていたが、太平洋戦争中の日本占領を経て独立、一九五一年に相互防衛条約を結んで米国の同盟国となった。その後、「ピープル・パワー革命」といわれたマルコス政権打倒から外国軍の駐留を基本的に禁止する憲法の制定を経て、一九九一年に比米軍事基地協定が失効、一九九二年、全米軍基地を撤退させた。もっとも、基地撤退後も比米軍事援助協定や、比米両国の相互防衛義務を取り極める比米相互防衛条約は存続し、同盟関係は継続された。

その後、南沙諸島のミスチーフ礁に中国が構造物の建設を始め、また国内における反政府組織の活動などを契機に、一九九八年二月、米比両政府は「訪問米軍地位協定(VFA=the Visiting Forces Agreement)」を締結する。

訪問米軍地位協定(VFA)は、フィリピンにおける米兵の立場や取り扱いを定めるものであったが、これにより米軍のフィリピンへの一時滞在や米比両軍の合同訓練が可能となり、再開された。この協定に基づき、米国は年平均五〇〇~六〇〇名の米兵を派遣し、また、米比合同軍事演習「バリカタン」が毎年行なわれてきた。もっとも、VFA序文は、米軍は一時訪問のみが可能であることを強調している。

その後も南沙諸島における領土紛争は悪化を続ける。二〇一三年、フィリピンは中国を国際仲裁裁判所に提訴。二〇一四年には、米国との間で防衛協力強化協定(EDCA=Enhanced Defense Cooperation Agreement)を調印する。これにより米軍はフィリピン軍の基地内において、構造物の建設、航空機や艦船の事前配備・集積が可能となった。なお、フィリピン憲法は外国軍の駐留を基本的に禁じているため、フィリピン外務省の手引では、EDCAによる米軍の施設利用はフィリピンとの共同利用を原則とし、米軍基地再設置ではないと強調している。

もっとも、このような限られた形であっても再び米軍を受け入れることになったことについては、フィリピン国内では、再駐留への足掛かりになる、フィリピンの主権が損なわれたといった批判も相次いだ。アメリカとしては、フィリピンは中国との「主戦場」での強力な足がかりとなる。アメリカは、特にアジア回帰を掲げたオバマ政権時代、ASEANやASEAN加盟諸国との関係強化に乗り出してもいた。

このような状況の中、二〇一六年六月、ロドリゴ・ドゥテルテ氏が大統領に就任した。ドゥテルテ大統領はアメリカ批判を強め、中国への接近政策をとった。ドゥテルテ大統領の「麻薬撲滅戦争」にオバマ大統領(当時)が懸念を示すと、ドゥテルテ大統領はオバマ大統領に「ろくでなし」と言い放ち、ラオスで予定されていたオバマ大統領との会談は中止。また、二〇一六年一〇月には北京を訪問し、習近平国家主席との会談で、すでに国際仲裁裁判所で「中国の主張に法的根拠なし」と認められていた南シナ海の領土問題を棚上げし、「軍事でも経済でもアメリカとは決別する」と発言した。同月の来日時にも「二年以内に外国部隊は出ていってほしい」とも述べている。

かつて「アジアの病人」といわれたフィリピンは今、経済の急成長期にある(コロナ禍がなければ、二〇二〇年経済成長率は六・一%と見積もられていた)。この勢い維持のためには、中国の経済協力が必須との意識が強く、それが中国接近の強いインセンティブとなっている。ドゥテルテ政権は、「Build, Build, Build政策」(BBB政策)と呼ばれる大規模なインフラ整備計画を行なっているが、例えば、習近平国家主席は二〇一九年四月の第二回「一帯一路」関連会合においてBBB政策への支援を約束し、また、投資総額約一二〇億ドルに達するビジネス協定を成立させている。

もっとも、中国接近は経済的な理由にとどまらない。軍事力では中国に対抗できないとの考え方や、米中紛争に巻き込まれることは避けねばならないとの考え方もその根底にある。ドゥテルテ大統領の「我々は中国を打ち負かすことはできない」ため中国と交渉を続ける方が賢明だとの発言(二〇一九年四月)やロレンザーナ国防相の「私が心配しているのは、(アメリカの)保証がないことではない。我々が求めても欲してもいない戦争に巻き込まれることだ」との発言(二〇一九年三月)にその点は端的に表れている。

二〇二〇年二月、ドゥテルテ大統領は米国にVFAの破棄通告を行なった。米国はもちろん日本でも、安保関係者に衝撃が走った。フィリピンが破棄通告をすることで一八〇日後にはVFAは失効することになる。

この破棄通告は、米国による元フィリピン国家警察長官であり麻薬戦争で主要な役割を果たした現上院議員の米国入国査証の取り消し等を契機になされた。しかし、それは直接の引き金にすぎない。米国による内政干渉や植民地時代からの不平等な関係が継続しているとの国民の積年の反発、また、前述した中国接近政策がその背景にある。もちろん、当然ながらフィリピン国内では、中国への懸念からのVFA破棄に対する反発も出た。

なお六月二日、ドゥテルテ大統領は、VFA破棄通告を六カ月間保留としている。その理由を、外相は新型コロナウイルス感染拡大の影響で米国との協調関係が必要になったためと説明し、この保留により失効は延期となった。しかしその後もVFAの破棄そのものについての意向の変化は報じられておらず、この先の行方は見通せない。

他方で、六月九日、ドゥテルテ大統領は、中国との国交四五周年に際して習近平主席と祝電を交わし、「フィリピンは中国側を親密な近隣国、重要なパートナーと見ている」と、中国との協力関係を強める方針を示した。

このように、フィリピンは米中両大国の争いに巻き込まれないよう米国との距離を取る一方で、軍事的な側面においては時に中国を牽制し、他方で中国とのパートナーシップを強化するなど、各場面においてしたたかにバランスをとっている。

VFA破棄については軍トップからも支持の声が上がった。ドゥテルテ大統領の支持率は八二%と極めて高く(二〇二〇年一月二一日)、少なくない支持者がアメリカ一辺倒でも中国一辺倒でもないドゥテルテ大統領の方針を支持している。筆者が代表を務める新外交イニシアティブ(ND)でも現地調査を行なったが、ドゥテルテ大統領の対中接近政策にフィリピンの幅広い層の人々が賛意を示していたのには率直に驚いた。フィリピンは日本と同様に反中感情を持つ人が多いとも言われるが、「他にどんな選択肢があるのか」というのが人々の通底した感情である。また、米軍基地撤退に話を戻せば、フィリピンでは、元基地労働者の労働組合といったごく限られた存在を除き、米軍基地を復活させたいと願う人々をみつけるのも容易ではない。

フィリピンにとって米国はかつての宗主国であり、英語は公用語の一つであり、社会・政治システムの多くを米国から導入し「米国に心の中まで植民地にされてしまった」とまで嘆く人々がいるほど、フィリピンはアメリカに近い。その環境において、国民全体に、中国とうまくやらねば発展の可能性はないとの認識が深く共有されている。

なお、蛇足になるが、日本では、「米軍基地を撤退させたために中国の南沙諸島での活動が活発化し、結局フィリピンは米軍に再び駐留を求めざるをえなくなった」との評価が広まっているようにも感じられるが、このニュアンスは現実とは異なる。一九九二年の撤退以前のフィリピンにおける米軍基地の状況は、例えば、広大なクラーク空軍基地(最大時で現在の沖縄の米軍基地の全土地面積合算の二倍)が首都マニラのごく近郊に位置するというように実に巨大な存在であった。現在は、米軍は「一時訪問」という名の下での訪問を余儀なくされ、フィリピン軍基地内に施設を作ることが認められるにすぎない。フィリピンはいわゆる「駐留なき安保」を実現したという見方もできる。

米中のはざまで日本の私たちは

日本では、「米中どちらの側につくか」との設問自体が一笑に付されるほど「日米同盟の強化」自体が決まり文句になっており、安倍政権下では「日米同盟の強化」が外交・安保の主たる方針とされてきた。前述の通り米国は同盟国やパートナー国と共に中国を「囲い込む」戦略にあるが、その米国の防衛戦略に最も忠実な国が日本である。

しかし、米国と日本の「利益」は同じではない。日本だけであれば、尖閣での小競り合いを除き、中国と日本の間に本格的な軍事衝突が起きる可能性は相当に低い。しかし、中台紛争や南シナ海での領土紛争に絡んで米中間に軍事衝突が起きる可能性はすでに論じられ始めており、いざそのような軍事衝突が起きれば、至近距離に位置し、多くの米軍基地を置く日本が実際の戦禍に巻き込まれる可能性は十分に生じうる。

そのリスクがあったとしても日本は米国に防衛を委ねているのでその選択肢しかない、というのが政府判断かと思われるが、仮に日本が攻撃されても、米国が日本防衛のために自国のリスクを冒してまで中国等と本格的な戦争に踏み込むことはあり得ない。現在の外交姿勢を維持することにより日本が得ようとしている利益は、米中衝突に巻き込まれるリスクをとったところで本当に得られるかどうか怪しいものである。

Don’t make us choose!(米中いずれを選ぶのか、迫らないでくれ)。

この叫びは、日本の私たちにも共通するのではないか。

今、日本がアメリカに対して行なうべきは、日増しに日本の軍事力を拡大しながら、米軍と自衛隊の一体化をさらに推し進めることではなく、日米の良好な外交関係を保ち、生かしながら、世界を二分する「対中包囲網」を米国に作らせないよう働きかけることではないだろうか。また、アメリカが国際秩序破壊的な政策をどれだけとったとしても何も言わない、という現在の日本政府の態度も改められねばならない。

同盟国の存在意義がアメリカの中で増している現状においては、日本がアメリカに対し、より発言しやすい環境を作り出すことも可能なはずである。INF条約の破棄、パリ協定やWHOからの脱退、メキシコ国境の壁建設、安全保障上の脅威を理由とする鉄鋼・アルミニウムの輸入制限など、何ら躊躇なく懸念を示し、思いとどまることを日本が説得すべき米国の政策変更はこの数年だけでもいくつもあった。

さらに根本的には、強硬さを増していくアメリカの対中姿勢について、日本からアメリカに対して冷静さを求めていくことが重要である。中小国の集まりであるASEANですら米中に自制を促すメッセージを発する中、地域大国の日本が米軍と自衛隊の一体化を進めるなどしてそれを加速させる方針ばかりをとるのはなぜなのか。

もちろん、アメリカに対してだけではなく、日本は中国に対しても軍事拡張を振り返らせ、軍事力で他国に圧力をかけることのないよう外交的な働きかけを行なわねばならない。

中国の軍拡姿勢は非常に懸念すべき状態にあり、容易に対応できるものではない。しかし、だからといって日本が軍事力を拡大することで日本が安全になると考えるのは安直に過ぎる。今では中国は日本より経済力で圧倒的に優位(名目GDP比で二・五倍以上)にあり、日本が中国に軍事力で対抗しても敵(かな)うはずもない。相手の土俵で戦っても勝てる可能性はない。

今後少なくとも一五年は日本とアメリカの軍事力や経済力は、両国を合わせれば中国に優位を保つことができると言われている。その間に、中国がそのような軍拡を思いとどまるよう働きかけ、それを成功させなければならない。

実に、世論調査の結果では、「日中関係と対米関係の重要性」を問われた日本の人々の半分(四八・二%)が「どちらも同程度に重要」と答えている(言論NPO「第一五回日中共同世論調査」、二〇一九年)。ちなみに、「対米関係の方が重要」は三四・八%。「日中関係の方が重要」は四・二%。マスメディアの派手な中国批判をよそに、フィリピンの人々同様、「中国とうまくやらずして日本の未来はない」と日本の人々も冷静な認識を持ち始め、それが国民の共通理解になりつつあるのかもしれない。

もちろん、日本一国で米国や中国への働きかけができるはずもない。日本という国が世界的には「ミドルパワー」の国であることを認識し、韓国や東南アジア他、「Don’t make us choose」と叫ぶ各国と連携してこそ、それが可能になる。なお、他のアジアの国々、特に韓国と手を結ぶときには、すでに言い尽くされたことではあるが、歴史問題の克服が必要にもなる。この点については、真の和解に到達することが理想であり、それを強く願うが、仮に戦略的視点からであったとしても、韓国との良好な関係が日本の安全保障環境を格段に改善することを私たちは理解せねばならない。ほか、この東アジア地域に、経済面でも多国間主義のネットワークを作り上げ、中国が単独主義的な行動ができないような地域インフラを構築する必要がある。

「軍事的脅威を感じる国はどこか」という中国の人々に対する世論調査で、二〇一八年の時点において、実に七九・四%の回答者が日本を脅威に感じると回答した。アメリカを脅威と感じる、と答えたのは六七・七%であって、「日本脅威論」は「米国脅威論」を大きく引き離していた。その後、二〇一九年には米中対立が悪化したため、日本七五・三%、アメリカ七四・二%と接近したものの、それでもまだ中国において日本を脅威と見なす人の方がアメリカを脅威とみなす人より多いというのは極めて興味深い結果である。その日本が事実上の「空母」を有し、「敵基地攻撃能力」を得た場合に、中国がどのように反応するかは容易に想像できる。

中国とも良好な関係を保つべく努力をしているというのが日本政府の立場であろうが、防衛大臣が「中国は安全保障上の脅威」と発言し、次々に「防衛力」拡大が政治議論の中心に上がるような状況で、中国との根本的な対立関係を解く努力もないまま、「日米同盟の強化」を唱え続ければ、中国の対応は見えている。

実際には、中国が大国化したことにより、すでに日本政府の態度は変化している。退陣した安倍首相は、第二次政権発足直後は自ら靖国参拝をしたり、「侵略の定義は定まっていない」と発言したりするなど、対中強硬姿勢を隠そうともしなかったが、二〇一八年一〇月の首脳会談を経、中習近平主席を国賓として日本に招こうとするなど、大きく立場を変化させた。表立って「Don’t make us choose」とは言えないものの、すでに日本が中国に対して強硬に出られない現実は政府も認識しているのである。

米国一辺倒も中国一辺倒も日本の軍事強化も、どれも日本の安全保障環境を悪化させる。

残された時間は限られている。米中双方にとって日本は欠かせない国である。その立場を生かした働きかけを今すぐにも始めねばならない。

 

2020年11月号_世界

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。