1.政権交代とは
政権は、国民の選択である。
政権を目指す政党は、国民の不満・不信・不安を受け止め、解決するビジョンを示さなければならない。米海兵隊普天間基地の辺野古移設をめぐって立ち位置を定めきれず、「日米同盟一辺倒」と「消費税増税」という自民党政権と同じ基本政策に回帰して選挙で大敗した旧民主党政権の失態を繰り返してはならない。
政策変更の実質を伴わない政権交代は必要ない。他方、そのことは、政権交代後にすべての政策を自らの望む方向に直ちに転換することをも意味しない。特に、他国との関係を考慮しながら決定する必要のある外交・防衛政策については、中・長期的ビジョンを示しながら、何年かの時間をかけつつ、少しずつ確実に変更していくという覚悟が、政権交代を目指す政党、そして、その支持者には求められる。これもまた、旧民主党政権の失敗からの教訓である。
大事なことは、目指すべき国家像を議論することなく防衛力の拡大をやみくもに支持することが「政権担当能力」を示すことではないということである。多くの国民は「平和国家日本」をアイデンティティとし、望む防衛力とは「専守防衛」の充実であることを見誤ってはならない。状況が混迷している時ほど、国民に情報を開示し、国会での議論を重ねるべきである。
2. 対立と軍拡の悪循環を止める
国を守ることは、国民が守るに値する社会を作ることから始まる。守るべき社会とは、国民個人の多様な生き方と活力を尊重する社会である。国民が政治に不信感を抱いたままでは、国の防衛は成り立たない。限られた人々のみで作られ、進められる安全保障政策では、国民の理解も、協力も得ることはできない。
また、国を守り、国際平和に貢献するためには、防衛力のみならず総合的な「国力」を高めなければならない。今日の日本は、経済規模だけではなく、一人当たりGDP・先端技術力・生産性といったあらゆる指標において、国力を低下させている。国民の活力を土台とする経済・社会の再生は、安全保障の基本条件である。
現政権下で進められてきたのは、中国の脅威を念頭に、防衛力増強と自治体・民間企業を巻き込んだ「戦争準備」の構築と、米国との軍事的一体化である。多くの国民は、日本を守るための防衛力の充実はやむを得ないものと受け止めているものの、この流れで自分たちの生活が本当に安全になるのか、こうした動きがどこまで進むのか不安視している。
対立する双方の不信感を前提とする防衛力増強は、際限のない軍拡競争をもたらし、安全保障のジレンマを生む。また、際限のない米国との一体化は、米国の戦争に巻き込まれるという同盟のジレンマを生む。現政権の軍拡路線では、このジレンマから抜け出すことはできず、「戦争の不安がない」という意味の「真の安全」を作り出すことは不可能である。
3.安全保障戦略を仕切り直す
(1) 安全保障の原点と政治の責任
安全保障の原点は、戦争の惨禍から国民を守ることである。それはたんに「生命・財産」を守るだけではなく、国民の日常生活を守ることである。ひとたび戦争となれば、自衛隊員を含む国民の生命は危険にさらされ、国民の日常は破壊される。国民を守ることは、戦争を行うことではなく、戦争を回避することによってのみ達成される。戦争の回避こそ、安全保障の最大の目標でなければならない。
したがって、政治の役割とは、戦争を回避すること、そして、戦争を終わらせることである。しかし今、多くの政治家が、「いかに戦うか」「いかなる兵器が必要か」を論じることに終始している。戦争は外交の失敗によって起きるのであり、外交戦略こそ、防衛・軍事戦略に先だって論じられるべき国の大きな戦略の柱である。今こそ、政治が主導して戦争を避ける骨太の外交・安全保障戦略が必要である。
(2) 安全保障戦略の再構築
① 安倍・岸田軍拡路線の転換
この間、「安保政策の大転換」が進んできた。防衛費の倍増・敵基地攻撃能力の保有・殺傷兵器の輸出解禁、民間企業社員へのセキュリティ・クリアランス(適性評価制度)の導入、地方自治体への国の指示権拡大、九州から南西諸島に至る自衛隊の態勢強化・米軍との連携強化、民間空港・港湾の軍民両用化に加え、辺野古新基地建設のための大浦湾埋め立て工事の強行など、戦後80年間の国の形を大きく変える転換である。しかし、国民的議論はおろか、国会における議論ですら不十分なまま、法律が成立し、あるいは一部の与党議員による密室協議に堕した閣議決定で決められている。影響を受ける国民や地元住民への説明はまったく尽くされていない。
2024年4月の岸田氏の訪米時には、自衛隊と米軍の指揮統制の連携強化や、フィリピンを交えた南シナ海での防衛協力などが合意され、「日本は米国とともにある」という議会演説においては、日本の立場について留保をつけない無制限の対米協力とも言える姿勢が示された。日本の負担や自衛隊の行動範囲はどこまで拡大するのかという議論は置き去りにされている。
防衛力の充実を支持する国民であっても、議論がないままに進む戦争への備えをめぐる政府の権限拡大、国民への説明不足に疑問と不安を感じている。日米安保を基軸とするという安全保障政策の基本方針は、決してアメリカの軍事体制と一体化することではない。基地周辺住民の中には、戦争となった場合に攻撃される不安の声が高まっている。増加する防衛費の財源は間違いなく国民への増税となり、国民生活を圧迫する。米政府から高値で購入する米国製兵器が本当に必要なのか、検証されねばならない。また、防衛省・自衛隊の不祥事で明らかになった文民統制の惨憺たる現状も、根本から見直す必要がある。
また、現在進行する「同志国」との防衛協力は、日本防衛の範囲を超える政策である。これが日本の防衛にとって有益なのか、日本が戦争に巻き込まれる懸念はないのか、また、自衛隊の能力を超えていないかという疑問にも答えなければならない。
新政権には、安倍・岸田軍拡路線を既成事実として惰性で進めるのではなく、日本の防衛に必要か、日本の国力を超えていないか、国民にいかなる負担を求めるのか、国民の立場からその合理性の検証を進め、必要なリセットを行うことが求められている。
② 価値観による分断と抑止力偏重からの脱却
ウクライナ、ガザの戦争に加え、台湾海峡や朝鮮半島における緊張の高まりが国民の中に戦争への不安を生んでいる。多くの国民は、日本を守るための防衛力の充実を支持しているが、同時に、日本防衛に必ずしも結びつかない防衛力強化に対し、不安を感じている。
防衛力は、戦争を抑止するための重要な要素のひとつではあるが、軍事力だけで戦争を防げたことはない。戦争は国家間の対立によって生起する。戦争の元となる対立をいかに管理するかが問われている。岸田政権は、自由主義と専制主義との抗争を主因とみなして、価値観が異なる国々を仮想敵とみなす政策を選択した。しかし、価値観の相違を絶対的なものとみなして善悪二元論に陥れば、相互に不信感を募らせ、それが戦争の要因となる。
専制主義を絶対的な敵とみなすところから、軍事力に偏重した政策が生まれる。対話がないまま敵対が進めば、やがて戦争は不可避となろう。相互不信が高まれば、抑止のブレーキは効かなくなる。そして、そのような戦争に勝者はいない。
我々は、自由と民主主義を失うことは決して望まないが、それを武力で押し付けることも望んでいないし、武力で押し付けられるとも考えていない。価値観の異なる相手であるからこそ、相互の誤解を解くための外交が必要なのである。すなわち、相手に恐怖を与えない適切な防衛政策を取りつつ、戦争は相互の利益にならないという情報の発信、対話の窓はいつでも開かれているという不断の発信が不可欠である。
③ 「アジアの中の日本」の再構築
東アジアは、対立が厳しい地域である。対立を戦争にしないための条件は、抑止と外交、また相互に依存する関係によって戦争の危険性を引き下げるとともに、繰り返される対話を通じて妥協点を模索すること、そして、公正な仲介者を立てること、である。
占領から独立した直後、日本は「アジアの一員」という立場を強調し、国連に加盟する際の演説で重光葵外相は「日本は東西の架け橋になる」と宣言した。内戦によって多くの国民が塗炭の苦しみにあえいでいたカンボジアをめぐり、日本は対立する諸派との対話を重ね、和平への道を切り開いた。日本は再び「東西の架け橋」となり、公正な仲介者という立場を目指すべきである。
南シナ海、台湾海峡、朝鮮半島で戦争が起これば、日本は大きな影響を受ける。一方、これらの地域の課題を「日本に対する脅威」として捉えれば、日本は当事者となり、仲介者としての公正で客観的な視点を失うことになる。
もとより戦争は、すべての当事者の利益にならない。日本は、戦争の影響を最も大きく受ける立場であるからこそ、当事者間の対話を促し、公正な解決を図る仲介者の視点を持たなければならない。
④ 「平和国家」としての積極的発信
敵基地攻撃能力保有の解禁や殺傷兵器の輸出解禁など、国民の多くが「平和国家」の基盤が消滅の危機にあると感じている。武力でなく、外交を基軸とする「平和国家」としての在り方を再構築することが重要である。戦後の日本外交には、東西対立や南北に分断された世界で、橋渡しの役割を果たそうと努力してきた歴史がある。今こそ、その外交姿勢を再起動する時である。
同時に、日本が「平和国家」であり続けるためには、現に世界で起きている戦争を速やかに終わらせて公正な平和を模索する努力、および戦争を再び起こさないための環境作りに汗をかかなければならない。
今日の世界は、米国と中国、ロシアという大国間の対立があり、相互不信の高まりによる軍拡競争が繰り広げられている。現実に戦争が起こり、起こった戦争を止められず、また、気候変動や飢餓などの地球規模の問題に有効な対策が打ち出せていない。大国だけに任せておけばよい世界ではなくなったのが、我々が今、直面している世界の構造変化である。
ウクライナ戦争やガザの戦争に対しては、累次の国連総会において、戦争を非難し、停戦を求める圧倒的多数の国際世論が示されている。また、グローバル・サウスと言われる国々が、大国の方針に同調せず、独自の停戦の道を模索する動きが強まっている。
大国が主導する価値観によって敵と味方を分断することなく、人類共通の課題解決を最優先する観点から、多くの国々と協力し、連携する外交姿勢が求められている。それは、戦争・飢餓・難民といった課題に、人権・人間の安全保障の観点からより積極的な役割を果たすことであり、核兵器の廃絶や非戦の国際規範の確立に向けて国際社会に呼びかけていく外交である。
日本外交は無力ではない。自ら引き起こした戦争で尊い国民の命を失い、近隣諸国を侵略して多大の犠牲を強いてきた負の遺産、そして世界で唯一の戦争被爆国として日本が発信する非戦・非核のメッセージは、世界に対する大きな発信力・影響力となる。
核抑止に依存する旧態依然とした思考、人権問題に対する鈍感、過去の戦争を肯定するような歴史修正主義など、自ら克服すべき課題にも絶えず取り組む姿勢が問われていることは言うまでもない。
以上のような考え方に基づき、「平和国家」をアイデンティティとする独立国家として、国民の日常生活を守るという安全保障の原点に立ち返り、日本および地域社会の安全と繁栄を維持するため、防衛・軍事戦略に先だって外交戦略を突き詰めることで戦争を回避する道筋を次のように示す。
提 言
■ 軍事偏重・抑止偏重を転換する
- 安全保障政策の目標である戦争回避のために、抑止力強化一辺倒の政策からの転換が必要である。軍事力による抑止は、相手の対抗策を招き、無限の軍拡競争をもたらすとともに、抑止が破たんすれば、増強した対抗手段によって、より破滅的結果をもたらすことになる。戦争を確実に防ぐためには、「抑止(deterrence)」とともに、相手が「戦争してでも守るべき利益」を脅かさないことによって戦争の動機をなくす「安心供与(reassurance)」が不可欠である。
- 日本は、台湾に関する「中国の立場を理解・尊重する」という1972年日中共同声明の立場を堅持・再確認するとともに、言動一致に努め、米中双方に自制を求めるとともに、「世界を破滅させるような戦争を避けなければならない」という日本の立場を訴え続けなければならない。
- 台湾有事を回避するために、展望を持った外交を展開しておかなければならない。例えば、米国に対しては、過度の対立姿勢をいさめるべく、米軍の日本からの直接出撃が事前協議の対象であることを梃子として、台湾有事には必ずしも「YES」ではないことを伝えることができる。台湾に対しては、民間レベルの交流を維持しながら、過度な分離独立の姿勢をとらないよう説得することができる。中国に対しては、台湾への安易な武力行使に対しては国際的な反発が中国を窮地に追い込むことを諭し、軍事面では米国を支援せざるを得ない立場にあることを伝えながら、他方で台湾の一方的な独立の動きは支持しないことを明確に示すことで、自制を求めることができる。
- 台湾有事・南シナ海有事・朝鮮半島有事について、あるいは、それらが複数生起する場合について、日本が、日本の国力・自衛隊の能力・政治的要因によってできることとできないことを明確に認識し、米国にも伝えるべきである。できないことを約束することは、かえって不信感を招く。
- 米国との外交をこれまで通り尊重しつつ、中国との外交についても質量ともに増強する必要がある。安倍政権時に合意された日中首脳の相互訪問を再開し、また首脳間のホットラインを開設するとともに、安全保障、経済、国内法執行などの分野における閣僚級会談の定例化、その他各分野における日中による取り組みを制度化する。議員外交、経済外交などを含め、マルチトラックな対中外交を強化する。
- 米中間の政治的誤算を避けるための対話と錯誤による衝突を防ぐための共有された危機管理の仕組みを作るよう、米中に強く促さねばならない。
■ 軍拡路線にブレーキをかける
- 防衛費の使途を詳細に検証するとともに、防衛力の整備は専守防衛の理念に基づいて行う。防衛費増額のための増税は認めない。
- 国会承認を要件とする武器輸出規制法を制定し、紛争当事国にならず、国際紛争を助長しないという国益を守る。
- 民間企業従業員に対する適性評価の運用の厳格化と国会への報告を求めるとともに、「能動的サイバー防御」が国民の通信の秘密を脅かすことがないよう、厳格な運用と国会報告を制度化する。
- 有事における農業者への生産命令、感染症に関する地方自治体への命令権限など国の統制強化について、その必要性・実効性を再検討する。
- 自衛隊・米軍による民間空港・港湾の利用について、周辺住民への影響を踏まえ、是非を検証する。
- 九州・沖縄地域への自衛隊ミサイル配備や弾薬庫の新増設・米軍の有事使用などについて、その実効性や必要性を検証した上で見直しを行う。
- 辺野古新基地建設に係る大浦湾の埋め立て工事について、計画ベースでも12年、実際の工期、予算さえ明かされない辺野古埋立事業は中止し、海兵隊の運用見直しによって普天間飛行場の即時運用停止を可能にするプランBを策定する。将来的には米軍再々編により沖縄の基地偏重を抜本的に解消させる。
- 首都東京上空を米軍がいまなお管制する“占領体制の残滓”を取り除くため、日米地位協定を改定し、国内法が尊重される運用に切り替える。具体的には、PFASなどの環境汚染や米兵の性犯罪など事件事故の深刻化を踏まえ、基地の米軍管理権を廃し、米軍にも国内法を適用させる必要がある。
- 米軍と自衛隊の指揮権連携強化を含む日米一体化について、他国防衛の戦争に不用意に巻き込まれることなく日本の防衛に必要な範囲にとどめるよう、運用条件を再検討する。
- 自衛隊のミサイルの長射程化について、「専守防衛」との整合性を再検証した上で適正な歯止めをかける。
- 米軍の中距離ミサイル配備など、日本をミサイル軍拡の場とする政策には応じない。
- 現在進められている「同志国」との防衛協力は、日本防衛の範囲を超える場面もあり、日本が戦争に巻き込まれる懸念はないか、地域の緊張を不必要に高めないか、自衛隊の能力を超えていないかという点で懸念があり、見直しも含めて個別具体的に検討する。
- 民間人や民間施設についての人的・物的被害、加えて経済的な視点をも含めた戦争の被害を予測し、それを国民と共有する。
■ 価値観による分断をこえた地域外交を再構築する
- 米中対立が戦争に至ることは地域のすべての国にとって不利益であるとの一致点に基づき、韓国及びASEAN各国との外交的連携を強化する。
- 日中韓サミットを定例化し、危機管理を含めその取扱い分野を政治・経済・文化等の各分野に拡大する。
- 重要なパートナーである韓国との友好関係を不可逆的なものとすべく、官民の交流を強化する。
- 核・ミサイル開発を進め、韓国敵視を強める北朝鮮について、将来の核放棄と体制保証を基礎とした関係国の協議を呼びかけるとともに、核放棄を条件としない拉致問題協議を早急に再開する。
- G7のみならず、G20などを通じて、法の支配と公正な国際秩序に向けたグローバル・サウスの国々との対話・交流を強化する。
■ 「平和国家」としての発信を再起動する
- 核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加するとともに、核保有大国の核軍備管理と核不使用に向けた合意作り及び軍備管理対話を促す。
- ウクライナ和平の早期実現に向けた各種国際会議に積極的に参加するとともに、ウクライナ復興を支援する。
- ガザ紛争の早期停戦を促し、パレスチナ問題の二国家解決に向けたオスロ合意に立ち返り、両当事者の協議を呼びかける。また、パレスチナ国家の行政機能の復旧を支援するとともに、パレスチナ国家の承認を目指す。
- 日本の安全保障上の利害よりも人権上のニーズを重視する立場から、自立支援型ODAを積極的に拡大する。
- 国連改革について、自ら常任理事国入りを目指すのではなく、大国の拒否権を上回る国連総会の権限強化に向けた取り組みを支持するなど、多様な国際世論の反映を通じた国連の活性化を目指す。
執筆者
栁澤 協二 ND評議員/元内閣官房副長官補
マイク・モチヅキ ND評議員/ジョージ・ワシントン大学准教授
半田 滋 防衛ジャーナリスト/元東京新聞論説兼編集委員
佐道 明広 中京大学国際学部教授
猿田 佐世 ND代表/弁護士(日本・米ニューヨーク州)