研究・報告

アメリカの知日派はなぜ「対等な日米同盟」を提言したのか 「第五次アーミテージ・ナイ報告書」をめぐって

「対等な日米同盟を!」。
左派のスローガンではない。12月7日に発表された「第五次アーミテージ・ナイ報告書」の主題である。

2000年から発表されているこの「アーミテージ・ナイ報告書」は、集団的自衛権の行使、秘密保護法制定などを日本に求め、発表後数年以内にその内容が日本国内で実現されることが多いことから日本の外交・安保の「青写真」とも評されてきた。
今回の第五次報告書のタイトルは、「2020年の日米同盟~グローバルな課題と対等な同盟」で、「歴史上初めて、日本が日米同盟を主導する、あるいは、日米が平等な立場にある」(翻訳は筆者、以下同)と記されている。トランプ政権に象徴される動揺するアメリカとは対照的に日本がこの地域における議題設定を行い、自由貿易協定や多国間協力を率い、また、地域の秩序構築をリードしているとして日本を高く評価した。

報告書の概要

同報告書は、中国の台頭という日米同盟最大の課題に立ち向かうため、日米ほか、方向性を同じくする国々による新しい地域秩序の構築を提言している。また、中国からの圧力が高まる台湾について、日本はアメリカと異なり台湾の安全保障についての法的な義務はないとしつつも、台湾との政治的・経済的関わりについての日米間の調整を行うよう求めている。北朝鮮については、直ちに非核化を実現するのは現実的ではないとした上で、抑止力・防衛力を高めて北朝鮮を封じ込め、日韓米による情報共有や防衛協力を進めるべきだとしている。ほか、日韓関係については、日韓共に過去ではなく未来志向で関係を改善するよう求めている。

日米の防衛協力については、「相互運用」から進んで「相互依存」のレベルにまで高め、ミサイル防衛については2カ国間での過剰な出費や重複を避けるべく調整を進めるべきであるとする。日本が、反撃力およびミサイル防衛をどのように可能にしていくかが直近の試練(test)であるとし、前回(2018年)の報告書に引き続き、GDP比1%の日本の防衛費を問題視した。アメリカ政府に対しては、トランプ政権の「同盟軽視」の象徴とされてきた4.5倍増しの米軍駐留経費要求について、直ちにリセットせねばならない、としている。また、ファイブ・アイズ(米英加豪・ニュージーランドの5カ国による機密情報共有の枠組みの呼称)に日本を入れるよう求めている。
また、抑止力の構築、国際経済の基準の修復、技術分野における国際基準の設定など、今後取り組まねばならない様々な問題について、いくつもの国際的な連携が必要になるが、その中では日米同盟が核になるべきであると指摘している。
経済・技術協力については、宇宙や新型コロナ感染拡大についての協力や、気候変動に対応するために日米で原子力エネルギーと天然ガスの分野での協力を深めるべきであるとの主張もなされた。また、前回の報告書に続いて、TPPを評価し、アメリカの復帰を求めている。

3つの特徴

この報告書が出された直後、加藤勝信官房長官は、「政府としてしっかりと受け止めていきたい」と述べた。各政策の各論には、日本社会で批判的視点も持ちながら議論すべきテーマが並んでいるが、ここでは、この第五次報告書で重要だと私が考える大きな特徴を3つ記しておきたい。

1. アメリカの減速傾向がにじむ
まずは、日本を「対等」と積極的に呼ぶ点が、新しい。
2012年の第三次報告書では、「日本は一等国に留まりたいのか。二等国でよいなら、この報告書は必要はない」と冒頭から言い放っていた。今のアメリカにそのときの勢いはない。
長らくアメリカには「瓶のふた」論がある。「日本が強力な軍事力を独自に持ち、地域の脅威となるのを避けるため、アメリカが日本を防衛し、瓶のふたの役割をする」というものだ。しかし、今回の報告書では、そうした時代は終わったとして、日本の近年の防衛力強化を評価している。日本に日米同盟をリードすることをも求め、過度な出費を避けるため、日米が互いに重複する軍備投資がないかたちで協力体制を組むべきだとし、「日米相互依存」の体制を提言している。
「歴史上、これほどまでに日米が互いを必要としあっている時はない」と記されているが、戦後、日本政府のスタンスは一貫してアメリカを必要とするものであった。したがって、変化があったとすれば、唯一の超大国であったアメリカが相対的に力を落とし、日本に力を借りねばならなくなり始めたということである。

2. ハブ・アンド・スポークの維持に陰り
アメリカはこの70年、各国との個々の同盟関係やパートナー関係を使ってアジア地域に影響力を及ぼしてきた。日米同盟、米韓同盟、米比同盟がその典型である。アメリカがその中心(ハブ)となり各国と線でつながる(スポーク)ことから、ハブ・アンド・スポークと呼ばれる。NATOのあるヨーロッパ地域とは異なることが指摘されてきた。
しかし、このところ、日本に東南アジアとの関係のハブになるよう求める米知日派の論文が発表されるなど、アメリカ中心の国際秩序維持の主張に陰りがみられる。
この報告書でも、日本の経済力および軍事力、そしてインド太平洋地域の各国からの高評価といった日本のソフトパワーまでも利用して、同地域において彼ら知日派の希望する国際秩序を維持しようとする考えがみてとれる。
さらには、もともとアメリカは多国間地域機構を避ける傾向にあるが、この報告書では、アセアン地域フォーラム、東アジアサミットなどの地域機構やネットワークの強化も提言している。12月7日に行われた報告書発表のシンポジウムにオンラインで参加したが、そこでは東南アジアとの関係強化が極めて重要であるとの指摘もなされていた。
これらはすべて、急激な対外積極策に出る中国への対策であるが、アメリカ中心のハブ・アンド・スポークだけでは対応しきれなくなっている現実の現れでもある。

3. 不安定なアメリカ国内と御しやすい日本―逆拡声器―
この報告書は、いわゆる「知日派」、すなわち、ワシントン・エスタブリッシュメントが執筆している。彼らは、長年、民主・共和を問わず対日政策にはコンセンサスがあるとして、変わらぬ方針で日本との関係を続けてきた。しかし、トランプ政権以後、アメリカ外交は彼らが信じている姿からはかけ離れた方向へ進んでいる。
この時期にこの内容の報告書が出されたのは、新生バイデン政権に強く影響力を及ぼしたいという意図がもちろんある。しかし、それだけではなく、ワシントンの知日派が自らの影響力を及ぼしやすい日本政府や日本の安保関係者らに向けてメッセージを発信するという意図も強く含まれている。
これまで私は「拡声器効果」という概念で、日本とワシントンの関係を説明してきた。日本政府が国内で実現しようとする政策について、アメリカの識者や政府に情報を与え(時に資金提供をするなどして)アメリカ側からその政策を支える発信をしてもらう。そして、その影響力を利用して、日本国内での政策を実現する。これは、何十年もの間、日本政府が使ってきた常套手段である。本報告書発行元のシンクタンクCSISに日本政府が長年にわたって多額の資金を提供していることは忘れてはならない。
そして、トランプ政権となって自らの声が政権に届かなくなった米知日派も、「アメリカはTPPに戻るべきだ」「日米同盟は重要」といったメッセージを日本の識者や日本政府を通じてトランプ政権に向けて発信し続けた。私は、これをアメリカの知日派が日本を拡声器として使う、「逆拡声器」と呼んでいる。

バイデン政権となれば、トランプ政権よりははるかに彼ら知日派の希望に沿う外交方針が採られることは間違いないが、4年前に針が戻るわけでもない。相対的にアメリカは国力を落とし、トランプ支持者の影響力は今後も国内に色濃く残るだろう。
この報告書には、そうした中で「古きよき」日米同盟のあり方を信じる米識者が、同じく「古きよき」日米同盟を信じる日本の外交・安保関係者を通じた「逆拡声器」を使って、それを実現していこうという意図がある。

最後に

日本がリーダーシップをとる日米同盟になったというこの報告書の評価に対して、日本の私たちは、「対等な日米同盟」と喜び、与えられた提言を受け入れて実践していくのだろうか。
中国・北朝鮮の近隣にある日本は、アメリカとは置かれている条件も環境も異なる。自衛隊と米軍が「相互依存」となり、今以上に自衛隊が米軍組織に組み込まれたとき、米国の戦争に巻き込まれることはないのか。地域の平和は維持できるのか。
「対等」になったと言われる今こそ、国内で自由に議論し、異論があればアメリカに物申せる私たちでありたい。

※「第五次アーミテージ・ナイ報告書」は、以下のCSISのウェブサイトよりダウンロードすることができる。
https://www.csis.org/analysis/us-japan-alliance-2020

猿田佐世(さるた・さよ)

新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州)。沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。