鳩山元首相の訪米同行を終えて(下)

【鳩山元首相の訪米同行を終えて(下)】(imidas 4/23)

第10回 2018/04/23
猿田佐世(新外交イニシアティブ事務局長)

「日米の外交チャンネルを限られた一部の人々のものではなく、日本にある様々な声を運ぶ幅広いものにしたい」
これが私の目標である。これを胸に、いままで10年近く日米を往復してきた。様々な国会議員や地方自治体の訪米活動をお手伝いしてきたが、今回、企画・同行の機会を頂いた鳩山由紀夫氏の「元首相」という肩書は、外交のプロトコールにおいては相当に高い。この機会に、これまで以上に新しい日米のネットワークを切り拓けないか、どこをターゲットにすべきか、と旅立つまでの半年の間、考え続けた。
鳩山氏の訪米同行について、今回は、行程作成の舞台裏や日程を作る際の思い、また、各会談の様子を振り返りたい。

何を目的に会談するのか

幅広い外交パイプを日米間に作らねば、と私が痛切に感じたのは、既に10年近く前となる2009年、私の在ワシントン期間に鳩山政権が誕生したことがきっかけであった。沖縄・辺野古への基地建設反対、軍事力に頼らない外交を、といった声は日本に存在していてもワシントンには届いていない。これらの声を日米外交に反映させるためには今のままの外交パイプではいけないと気付いた。
それゆえ、鳩山氏の政界引退後の初の公式訪問で新しい日米外交の道を模索することは、私にとって節目となる貴重な機会であった。

軍事大国であるアメリカは、常に世界のどこかで戦争を行っており、軍の存在が人々の生活の隅々にまで浸透している。国際政治の中で「ハト派」と言える鳩山氏の会談の目的をどこにおくのか。限られた日程の中でやみくもに設定しても、有意義なものにはならないだろう。
アメリカ政界にはこの10年に大きな変化が起きていた。現在、大統領は軍事力を重視するドナルド・トランプ氏であるが、それに対する批判的な声も巻き起こっている。例えば、16年の大統領選挙においては、アメリカの政界では珍しいほどリベラルな政策をはっきり打ち出すバーニー・サンダース上院議員の陣営が大きなうねりを作っていた。
鳩山氏と打ち合わせを繰り返しながら、サンダース陣営を中心に会談の予定を組んでいくこととした。

なお、これまで多くの日本の国会議員の訪米をお手伝いしてきたが、日本の一議員が訪問しても、こういった大物議員との会談アポはそうそう簡単には取れない。サンダース氏と会いたい、そんな希望は何度も耳にしてきたが、これまでそれが実現したという話は聞いたことがなかった。
アメリカ訪問の会談調整は、どんな場合であっても、神経をすり減らす大変な苦労を伴うものである。日米の友人たちの協力を得つつ自分たちの持てるネットワークを最大限使いながら、時差がある中、膨大なやり取りと事務作業をこなさねばならない。要人たちの訪問には「失敗は決して許されない」というプレッシャーも重なり、「訪米日程作り」という一見華やかな響きすら持つイメージとは全く異なる、極めて地道な作業を数カ月間続けることになる。今回は更に、「元首相」の訪問であるために、大統領候補者といった重要な人々との会談の設定が必須であり、更なるプレッシャーの中での作業となった。
半年間掛けて、サンダース氏や、サンダース陣営の次期大統領候補とされるエリザベス・ウォーレン上院議員といった新しいうねりを作り続けている層の中核に働き掛けた。

半年間の働き掛けの後、結果的には、日米の仲間たちの協力や弊団体(新外交イニシアティブ)のスタッフの粘り強い取り組みもあって、サンダース氏ともウォーレン氏とも会談を設けることができ、それらの会談は下記の通り非常に有意義なものとなった。
また、その他にも多くの貴重な機会を設定することができた。例えば、アジア系の下院議員が集まる議員連盟「アジア太平洋系議員連盟」が開催してくださったウェルカム・ランチョンには何人もの議員がご出席くださり、有益な意見交換の場となったし、ワシントンの後に訪問したニューヨークではノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツ氏とも会談することができた。全体として大変充実した日程を組むことができたと言えるだろう。

議会要人との会談

ワシントンにおける、サンダース氏やウォーレン氏とのそれぞれの会談では、北朝鮮問題への懸念が相手から示され、武力使用への反対で意見が一致した。また日本政府の立場についての質問があった。サンダース氏からは当時ちょうど始まる直前であった平昌オリンピックへの北朝鮮の参加に対する日本政府の評価についてや、北朝鮮問題について日本としてのベストな解決は何か、といった質問が出された。また、ウォーレン氏との会談では、トランプ政権の新しい「核態勢見直し(NPR : Nuclear Posture Review)」が小型核兵器などの核兵器開発を推進するものであるため、これについてウォーレン氏から強い懸念が示された。
全ての会談で、鳩山氏は辺野古基地建設について説明し、反対意見を伝えた。
米議会の重鎮で人権派のある上院議員との会談では、辺野古基地建設反対を伝えたところ、同議員はその意に強く賛同した。その会談の直後に同議員はジェームズ・マティス国防長官に会う予定だったため、私は自分が事務局長を務める新外交イニシアティブ(ND)で作成した提言書を渡して「ぜひマティス長官にこれを渡して辺野古反対を伝えてくれ」と述べたところ、了解とのこと。その場で、補佐官に指示を出しメモを作らせていた。
なお、後日談であるが、その1週間後、鳩山氏帰国後もワシントンに残っていた私は再びその議員と議員会館内でばったりお会いした。マティス長官に辺野古基地建設についての懸念を伝えてくれたかと問うたところ、伝えたとの返事。マティス長官は、「沖縄の人たちに強いシンパシーを抱いているが、その考えを持っているのは自分の周りでは自分だけ(alone)でありどうしようもない」と言っていたという。マティス長官は困惑しながら現在の計画となっている様々な理由をその議員に説明したとのことであった。私はマティス長官が沖縄の事態を理解していることだけでも驚いた(マティス長官は海兵隊出身であるが、それでも私は驚いた。それほどまでに沖縄の問題はアメリカで知られていない)。そして、この話は、日本政府が辺野古基地計画撤回を米政府に求めれば、基地計画は変更が可能であるという事実を改めて裏付けているように感じた。

プリンストン大学での講演とニューヨーク訪問

ワシントンの3日間の日程の後、鳩山氏はニュージャージー州にあるプリンストン大学に向かったが、そこでの受け入れも大変温かいものであった。権力闘争に明け暮れ、日本政府の影響力も強いワシントンから離れた所で講演を、と思ってのプリンストン大学であったが、広い講堂は満員で、北朝鮮への先制攻撃を行うべきではないという講演には多くの拍手が送られた。そうそうたるプリンストンの教授陣が迎えてくれたランチでは鳩山氏の考えに賛意を示す意見が相次いだし、鳩山氏を支持するという海軍大学の教授がわざわざ挨拶にも来てくれた。
その後訪れたニューヨークではスティグリッツ氏にもお会いした。スティグリッツ氏も、北朝鮮に対する先制攻撃に絶対反対の立場であり、トランプ政権を強く批判していた。同氏によれば、彼自身が所属するコロンビア大学の教授陣で北朝鮮訪問を検討していたが、トランプ大統領に止められて実現できなかったとのことであった。氏はいかに対話が重要かということを強調していた。

これからにつなぐ

鳩山氏が何をやっても叩く、そんな風潮すらある日本の言論界であるが、日本より圧倒的に軍事力重視であるアメリカにおいても、鳩山氏の立場について共に政策的観点から議論できる人がたくさんいる、これを実感できた訪米であった。

この連載の前回で触れた通り、鳩山氏を送り出した直後に、偶然にも、立憲民主党の結党後初のワシントン訪問のサポートを担当させていただいた。立憲民主党は、安全保障の分野から本多平直衆議院議員を、原発問題の分野から高井たかし衆議院議員を党の訪米団としてワシントンに派遣し、まさに鳩山政権の時代の外交を乗り越えるべく、ワシントンでのプレゼンスを構築し始めている。

立憲民主党の訪米においては、3日間で約30件という数多くの会談をセッティングした。沖縄基地建設や原子力協定についての懸念を伝え、議論を行ったが、その過程で、政権を取りながら米国との関係をうまく築けなかった民主党の失敗を残念に思う多くのアメリカの専門家たちから様々なアドバイスを受けた。

「党関係者は定期的にワシントンを訪問すべき」「英語が堪能な人をワシントン担当者とすべき」「やり取りすべきカウンターパートの顔がアメリカから常に見えるようにすべき」「諸問題についての党の政策を具体的に説明できるようにすべき」「日本を専門にするコミュニティーとだけでなく幅広い層の人々とのネットワークを築くべき」等々。どれも、鳩山政権を含む民主党政権時代からのワシントンにおける経験を踏まえての具体的なアドバイスである。これらのアドバイスは、日本において自由民主党的外交を良しとしない人々全体へのアドバイスであると言えるが、いずれももっともであると私は思う。

外交と言うと非常に大きな時代のうねりが人為を超えたところで生まれているかのような錯覚に陥るが、実際には、「一人ひとりのつながり」が外交である。少なくとも、現在の外交を変えていこうとする側には、人とのつながりを作り出していくということ以外に方法はない。

私自身も、今回の機会に感謝しつつ、ここでの経験と培った貴重な人間関係を財産に、これからも新しい外交作りに尽力したい。

こちらの記事は、2018年4月23日に「情報・知識&オピニオン imidas」に掲載されています。