【北海道新聞 朝刊5面】

インタビュー 猿田 佐世
「安保法制と日米外交を聞く 知日派発信日本も利用」

安全保障関連法は米国からの圧力で作られた―。そんな指摘が法案審議の段階で専門家や野党から出た。ワシントンの「知日派」が集団的自衛権の行使を求め、安倍政権が応えたと言われたが、それは事実なのか、アメリカの対日政策はどうやって決まるのか、そもそも「米国」とは何か。来月の安保関連法施行を前に、シンクタンク「新外交イニシアティブ」事務局長として、ワシントン在住経験をもちアメリカでロビー活動を行っている弁護士の猿田佐世氏に日米外交の現状について聞いた。

――アメリカで対日政策に影響力を持つ人たちの提言がたびたび報道されます。どのような人たちなのですか。

「主に米国政府、連邦議会、シンクタンクや大学に所属しており、アメリカでは『日本専門家』とも呼ばれる人々です。知日派として知られるリチャード・アーミテージ元国務副長官やジョセフ・ナイ元国防次官補、マイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長らは米政府の元高官ですが、現在はいずれもシンクタンクに所属し日米外交について積極的に提言を行っています」

――なぜ政府や議会でなく、民間のシンクタンクにいるのですか。

「米国では4年、8年で政権交代が繰り返され、そのたびに政府高官ががらりと入れ替わります。政権を離れた人はシンクタンクや大学に移り、逆にシンクタンクで待機していた人々が政府の要職に就く。そうした人の入れ替えを『回転ドア』と呼びます。シンクタンクの研究員は、提言活動で影響を及ぼすとともに、政権交代で自らの政策を政府内で実行する立場に就く可能性があります」

――どのように情報発信しているのですか。

「例えば、大手シンクタンクのブルッキングス研究所の年次報告書(2012年度)によれば、シンポジウムなどの公開イベントを年間236回開き、研究員は連邦議会や行政府で145回のブリーフィングを行い、連邦議会で31回の証言を行うなど政府に積極的に情報を発信しているのです。また、それぞれが政府の要職と太いパイプを持っていることも大きいですね」

――実際の米政府の政策形成に影響力を持つ知日派は大勢いるのですか。

「私のインタビュー調査では多い答えで30人、少ない回答では5人程度との結果でした。そもそもワシントンで日本に関心を持つ人は、とても少ないのが実情です」

――そのわずかな人がなぜ大きな影響力を持つのですか。

「メディアの役割も大きいと思います。特に日本のメディアは、そうした知日派の発言をワシントン発として大きく報道します。報道やネットの情報は瞬く間に日本や世界に拡散され、影響力を強めていく。私はそれを『ワシントンの拡声器効果』と呼んでいます。覇権国家の首都発の情報であるがゆえに影響力が増していくのです。例えば、12年のアーミテージ・ナイ報告書は、シンクタンクの提言であるにもかかわらず、全国紙がすぐ社説で要約を報じるなど、その力はすさまじいと言えます」

――日本がワシントンの意向を忖度しすぎているのではないですか。日本側に米国追従の意識があるのでしょうか。

「そういう面と、それ以外の面とあると思います。例えば米国は、中国と対抗する場面では日本の役割に期待しています。本当は憲法を改正して自衛隊にもっと外に出てもらいたいという考えもあるのですが、日本の立場も認識しており、まずは解釈改憲でいいから集団的自衛権の行使を容認してほしいという言い方をしたりします。日本側も解釈改憲での集団的自衛権行使を目指していたため、そのアメリカからの影響力がちょうど良いのです」

――でも、アーミテージ・ナイ報告書には、集団的自衛権の行使容認、武器輸出三原則の緩和、特定秘密保護法の制定などが盛り込まれ、いずれも安倍政権が実現させました。それは米国側の意向に沿ったものではないのですか。

「その要素もあると思いますが、日本の側に注目すれば、誰が彼らに情報を伝え、彼らに発信させるのは誰か、という視点からも考える必要があります。日本に強い影響力を持つ戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、日本政府から毎年少なくとも50万㌦の資金を受け取っています。また、報道やシンクタンクの報告書によると、ブルッキングス研究所には、日本大使館が13年に約26万㌦、航空自衛隊は約2万5千㌦を提供しています。『日本大使館が流した情報を基に、シンクタンクの研究員が話をする構造がある』とも言われています」

――日本が情報発信させているのですか。

「すべてがそうだとは思いませんが、集団的自衛権の行使を容認した閣議決定の前から、ワシントンのシンクタンクは、集団的自衛権や安保法制関連のシンポジウムを開いて、集団的自衛権行使を推進する日米の人々の意見発表の機会を繰り返し作っていました。それによって米国に『日本も行使を認める議論になってきたのか』『だいぶ変わってきたんだな』というムードが作られた。これらのシンクタンクには日本政府や日本企業が多くの資金を提供しています。日本政府はワシントンから発信される情報が日本に跳ね返り、日本の世論形成に効果があることを認識しています。『米国の意向と言うと国会が通りやすい』と語る外務省職員もいました」

――目的は何ですか。

「日本政府の中にもさまざまな考えがあると思いますが、日本が中国や北朝鮮の問題を抱える東アジア地域でやっていくには、米国に従う形になっても、米国の力を利用しながら日本が望む方向に持っていこうと考えているのでしょう。ただ、ワシントンの日本政府職員の中には『またアメリカからこんなことを言われた』とぼやいている人もいます」

――ワシントンでのロビー活動に携わるきっかけは何だったのでしょう。

「09年、鳩山由紀夫首相が沖縄県の米軍普天間飛行場の移設先について、最低でも県外と発言しました。米国に留学中だった私は、沖縄の人から『ワシントンで何かできないか』と言われ、さまざまなつてを頼って議会に働きかけました。米下院外交委員会アジア太平洋環境小委員長と会えることになり、この問題を議会で取り上げてほしいと頼むと『沖縄の人口は2千人くらいか』『飛行場を一つ作ることが、その人たちのためになるのでは』と言われたのです」

――沖縄県の人口は約140万人ですよね。

「下院で沖縄問題を管轄する委員会の責任者が、この程度の認識しかないことに憤りを覚えましたが、それほど日本の情報は限られ、偏っています。今まで彼に、この問題を知らせる人はいなかったのでしょう。日本の首相の発言すら外交のパイプで届いていなかった。日米外交とは、限られた人たちの中でできあがる想像以上に単純な構造なのです」

――限られた人の外交ですか。

「例えば集団的自衛権の問題では、日本では今も反対の声が大きいし、政府も行使を容認したからといって簡単に自衛隊を海外に派遣するとは言えません。けれど、日本の多様な声は外交パイプには届かないし、さまざまなニュアンスは取り除かれ、結論だけが米国に伝わります。そういう一握りの人が行う外交のシステムを可視化し、民主主義の下に置く必要があると考えています」

――どういうことでしょうか。

「日米外交が単純な構造であるのなら、逆に、私たちも利用することができるのではないでしょうか。日本と行き来して、政府や議会、シンクタンクなどへの働きかけを行っています。米国がくしゃみをすると、日本は肺炎になると言われるほど米国の影響力は強い。ですが、逆に米国にせきをさせられれば、対日政策が大きく変わる可能性もありえます」

――具体的にはどのような方法がありますか。

「まず、ワシントン発の報道の裏にはさまざまな日本の意図も働いていることを認識してニュースを読んでいただきたいです。選挙で働きかけ、米国に振り回されない政府を日本につくることも必要です。また、今まで沖縄の基地問題などで米国の政策に怒りを覚えた人は多いと思いますが、そのうち何人が直接、米国に声を届けたでしょうか。日本の1億人が全員声を届けたら米国は変わります。もちろん難しいですが、例えば米国に友人がいれば現状を伝えることも有効です」

①新外交イニシアティブ(ND) これまで外交に反映されてこなかった声を届けることを目的に、各国政府や議会、メディアなどに直接働きかける「新しい外交」を進めるシンクタンクとして2013年に設立。評議員はジャーナリストの鳥越俊太郎氏、元内閣官房副長官補の柳沢協二氏、法政大教授の山口二郎氏らが務めている。活動を支える会員や寄付を随時募っており、ボランティアスタッフも募集している。問い合わせはND東京事務所(新宿区新宿1の15の9 さわだビル5階 ☎03・3948・7255)まで。
②ロビー活動(ロビーイング) 政策実現などを目的に政府や議会などに働きかける活動。ロビー活動を行う人などをロビイストと呼び、アメリカでは元議員や弁護士なども行う。米国では外国政府・団体が雇うロビイスト(外国代理人)は外国代理人登録法で規制され、米政府への登録や活動、資金などの報告が求められている。
③アーミテージ・ナイ報告書 リチャード・アーミテージ元国務副長官、ジョセフ・ナイ元国防次官補らによる提言書。2000、07、12年の3次にわたって発表され、日本のその後5年間の安全保障政策に反映されてきたと言われる。第3次では、ホルムズ海峡への海上自衛隊の掃海艇派遣、国連平和維持活動(PKO)で他国のPKO要員の防護権限付与、南シナ海での日米共同監視活動実施などのほか、原発再稼働に加え、日韓の歴史認識問題で不当な政治声明を出さないよう日本に求めている。

猿田佐世(さるた・さよ)

1977年、愛知県出身。早稲田大法学部卒。2002年に日本で弁護士登録し、米コロンビア大ロースクールで法学修士号取得。09年に米国ニューヨーク州で弁護士登録。学生時代から国際人権団体での活動を続けている。共著に「日米安保と自衛隊」(岩波書店)など。