【東京新聞「こちら特報部」 9/19】

迫る期限30年「日米原子力協定」どうなる

福島原発事故を起こした東京電力に柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働が許されそうな現在、原発推進派の人びとは一つの日米間の取り決めも続くことを願っている。日米原子力協定がそれだ。同協定は来年7月に30年の有効期限が切れ、自動延長される可能性が高い。だが、協定をタテに日本がためてきた47トンのプルトニウム(長崎型原爆6000発以上)に対し、核不拡散をとなえる米国の目は厳しい。路線変更の可能性もある。(大村歩)

「日米原子力協定は重要な問題だ。私から国務省に問い合わせたい。できれば議会で公聴会も開きたい」

今月十一~十四日に訪米した外交NGO「新外交イニシアティブ(ND)」事務局長の猿田佐世氏は、ある米議会関係者からこんな話を聞いたという。

日米原子力協定は、米国の原子力法一二三条に基づいて結ばれている二国間協定だ。米国は原発や核燃料、原子力技術を提供している各国と同種の協定を結んでいるが、狙いは相手国で核燃料などが軍事転用され、核兵器の拡散につながらないようにすること。

それゆえ、プルトニウムにつながる使用済み核燃料の再処理は原則的に認めていない。しかし、日本についてだけは例外的に再処理を認めている。

訪米には猿田氏のほか、自民党の阿達雅志参院議員や民進党の逢坂誠二衆院議員らが参加した。同協定は三十年の期限切れ後、日米両政府に異議がなければ、自動延長される。猿田氏らは同協定により、膨大なプルトニウムが日本に蓄積されている問題を米側にも周知したいと訪ねた。

訪問のハイライトは、シンクタンク・CSIS(戦略国際問題研究所)でのシンポジウム。前国務次官補(国際安全保障)のトーマス・カントリーマン氏や、元国家安全保障会議(NSC)上級部長のジョン・ウルフソル氏が登壇した。

CSISは二〇一二年、日本に原発の再稼働を求めた「第三次アーミテージ・ナイ報告」の発行元だ。そのCSISで、カントリーマン氏は「日本はプルトニウムを増やし続けてはいけない。使用済み燃料を再処理しない政策に転換すべきだ」と語った。

猿田氏によれば、原発の再稼働はともあれ、日本がプルトニウムを大量保有し続けている点には、共和党、民主党にかかわらず、米国側の関心は高いという。

猿田氏は「米国側で日本の四十七トンにも上る膨大なプルトニウムは北朝鮮の核武装のことも相まって、東アジアの核競争を加速させかねないという意識は共有されている」と説明する。

「総じて協定とプルトニウム蓄積の関係について、関心をもってほしいという私たちの意図への反応はよかった。そうした反応が核不拡散強化の方向で、協定に作用してくれれば」

一方、日本側で協定期限切ればどう考えられているのか。「穏便に静かに自動延長してほしいと願っている状況だ」と語るのは三十年前、外務省高官として同協定の交渉に携わっていた遠藤哲也・日本国際問題研究所特別研究員だ。

核不拡散の原則に反し、非核保有国では唯一、日本だけが再処理できる立場にあることについて、遠藤氏は「やすやすと手にしたものではない。いわば、勝ち取ったのだ」と強調した。

「勝ち取った」とはどういう意味か。その経緯は一九七七年にさかのぼる。

当時の協定は再処理に米国の同意が必要だったが、動力炉・核燃料開発事業団(現在の日本原子力研究開発機構=JAEA)の東海再処理工場(茨城県)の稼働開始に、米カーター政権が「待った」をかけた。米国は、七四年のインドの核実験成功で核不拡散政策の見直しを迫られていた。

だが、日本側も引き下がれなかった。というのも、使用済み核燃料の再処理でプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で燃やし、プルトニウムを増やすという核燃料サイクル構想は、五六年の原子力長期計画以降、「一貫して日本の原子力政策の要」(遠藤氏)だったためだ。日本政府は猛烈に巻き返し、同工場の運転開始を米国に認めさせた。

だが、協定には依然、米国の再処理拒否権は残ったままだった。このため、八二年から始まった協定改定交渉で、日本側は必死の交渉を展開。レーガン米大統領と中曽根康弘首相の蜜月関係をてこに、八八年の改定では非核兵器保有国では唯一、ほぼ自由に再処理できる「特権」を得た。

その後、この協定に基づいて積み上げられたプルトニウムは東海再処理工場の分と、英仏の再処理工場に委託した分と合わせ、四十七トン。それに加えて、六ヶ所再処理工場(青森県)や高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)なども次々と建設された。

三十年の歳月を経て、同協定は「ないと窒息死するのに、普段は意識されないのに、普段は意識されない空気のような存在」(遠藤氏)になった。だが、取り巻く状況は激変した。

六ヶ所再処理工場は度重なるトラブルで完工が遅れて、総工費は当初の二・八倍の二兆一千九百三十億円に膨らんだ。「もんじゅ」はたった二百五十日しか運転できずに昨年十二月、廃炉が決定した。福島原発事故は、原子力政策全般に対する国民の不信感を抜きがたいものにした。

前原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎・長崎大核兵器廃絶センター長は「この状況で、プルトニウム四十七トンをどうやって消費していくか、国内外にむけて具体的で説得力のある説明をするのは難しい。そこに六ヶ所村再処理工場が稼働すれば毎年八トンが加わり、ますます難しさは増す。需要がないなら、再処理すべきではない」と指摘する。

では、同協定は今後、どうなっていくのか。

協定を所管する河野太郎外相は、八月の就任記者会見で「協定の有り方を含めて考えていく」と述べ、協定の見直しに含みを持たせた。河野氏は自民党きっての脱原発・核燃料サイクル否定論者。それ以降、この協定への言及はないが、関係者によると、すでに米政府側に協定問題について「話はした」とされる。

猿田氏も鈴木氏も、日米両政府ともやっかいな協定本文を変えることには消極的だと分析している。とはいえ、日本のプルトニウム削減措置に関する何らかの付属文書がつくられる可能性はあるとみている。

遠藤氏は議論もないまま自動延長するのは、米側の一方的な政策に左右され不安定だとしながらも、「せっかく獲得した世界で唯一の権利だからなんとかして守らなければ」と訴えている。それでも、現在の政府の対応には「三十年前の真剣な議論とは程遠い」といらだちを隠さない。

「四十七トンものプルトニウムをどうするのか、という国際社会からの疑問には答えなければならない。それは原発推進派、反対派にかかわらず日本の原子力をどうしていくつもりなのか、という日本人への問い掛けなのだから」