【171015共同通信】

女性弁護士がロビー活動 日米外交に「声なき声」を 基地や原発、市民目線で

 

9月12日、初秋の米ワシントン。筋雲の下を吹く涼風が米連邦議会周辺の芝生や木々を揺らす。下院議員会館の一つ「レイバーンビル」の一室で東京から来た弁護士、猿田佐世さん(40)が議会スタッフを前に、早口の英語で言葉を継いだ。

「日米原子力協定について、議員から国務省に質問状を出すことを検討いただけませんか。公聴会開催の可能性はいかがでしょうか」

スタッフが「検討してみたい」と答えると、猿田さんは相好を崩しながら部屋を後にした。

■手弁当

「新しい日米外交を切りひらく。沖縄の米軍基地問題、日米安保政策、原発問題など、日本に多様な声があることをワシントンに届けたい」と猿田さん。弁護士業を営みながら、自身が事務局長を務めるシンクタンク「新外交イニシアティブ」を拠点に、手弁当で市民外交を展開する。

この日、米議会でロビー活動を行ったのは、来年7月に発効から30年の「満期」を迎える日米原子力協定に米議会の関心を振り向け、政策変更を促すためだった。

東京電力福島第1原発事故の前、日本は原発54基を持つ世界3番目の原子力大国だった。その後ろ盾は同盟国の米国だ。

米政府は1988年以降、日米原子力協定に基づき、日本が原発の使用済み燃料を再処理して核爆弾の原料となるプルトニウムを生成することを容認。日本はこれを燃料にして原発で再利用する「核燃料サイクル」を進めてきたが、原発事故でその実現性には一層暗雲が垂れ込めている。

これまでの再処理で、日本が保有するプルトニウムは核爆弾6000発分の約47トン。その消費のめどが十分に立っていないにもかかわらず、政府と電力会社は青森県六ケ所村の再処理工場を新たに稼働させたい考えだ。

■プルトニウム懸念

「米国の『核不拡散の原則』からすれば日本の再処理事業は理解しがたい」と猿田さん。実際に核軍縮・不拡散を担当する米国の政策担当者や専門家は「平和国家」日本のプルトニウム大量保有を懸念しているという。

ところが「知日派」と呼ばれる日米同盟を重視する米政府関係者らは、核燃サイクルを推進する日本政府や電力会社の主張ばかりに耳を傾け、日本の市民社会に存在する「再処理反対」の声を無視している--。こう猿田さんは嘆く。

日本の「声なき声」をワシントンに伝えるために、猿田さんはこれまで何度も太平洋を往復し、米議員や議会スタッフと面会してきた。1日に議員オフィスを10軒近く回ることも少なくない。

9月の訪米時は、シンポジウムや討論会を繰り返した。

「猿田さんはとにかく果敢。話のポイントをうまく押さえ、相手の懐に飛び込んでいく。そしてグイッと、こちらの関心に相手を引きつける」

9月の訪米に同行した市民団体「原子力資料情報室」の松久保肇さん(38)は、プロのロビイスト顔負けの対議会ロビー工作に舌を巻く。

■ワシントン拡声器

猿田さんはニューヨークのロースクールに通って2009年に弁護士登録。その後ワシントンに移り、大学院で3年間、国際政治と国際紛争解決を学んだ。この時から議会などへのロビー活動や政策提言を続けているが、エネルギーの多くを沖縄の在日米軍基地問題に割いてきた。

猿田さんを最初に突き動かしたのは、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題だ。09年の政権交代に当たり、首相となる旧民主党の鳩山由紀夫氏が「県外移設」を主張し「辺野古(沖縄県名護市)移設」に反対する沖縄県民もこれを強く支持した。

しかし、辺野古を「唯一の解決策」とする日本の官僚機構はこれに抵抗。米政府も辺野古移設で譲らず、鳩山氏は「米国の圧力」もあって早期退任に追い込まれた。辺野古移設に反対する声は、沖縄のみならず、全国的に高まっていたのにだ。

猿田さんはこの過程を通じ、日本メディアによってワシントンから発信される情報が東京の政策決定や世論形成に大きな影響力をもたらす実態を垣間見た。猿田さんはそれを「ワシントン拡声器」と表現する。

訪米した日本の国会議員が、ワシントンで大物知日派とされる元米政府高官と会談し「辺野古が唯一の解決策」と伝達される。それがこの議員を通じ日本人特派員にブリーフされ、ワシントン発の記事として日本で大々的に報じられる--。

日本の政官財と通じる一握りの知日派の声ばかりが大きく伝えられる日米同盟の現実。「米国の声とは何なのか。日本の声とは何なのか」。日米双方に存在する多様な意見や表面化しない異論、さまざまな人々の肉声を伝えようと、猿田さんのワシントン行脚は続く。

■ノート70年

裁判24年、検証2回も 再処理工場許可取り消し
 
核燃料サイクル事業は電力会社などが株主の日本原燃が主体となり、青森県六ケ所村で(1)ウラン濃縮工場(2)低レベル放射性廃棄物埋設センター(3)高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターの三つを操業している。(4)原発から出た使用済み核燃料の再処理工場は建設中。

周辺住民と支援者は1989年以降「安全性が不十分」などとして、(1)~(4)の国の事業許可取り消しなどを求める訴訟を青森地裁に相次いで起こした。(1)と(2)の訴訟は最高裁で原告敗訴が確定。残る2件は続いている。

中核施設の(4)の提訴は着工した93年で、地裁は2003年に工場を検証。その際、日本原燃は「核物質防護上の理由」で主工程の検証を拒んだが、その後報道機関に公開したことから、04年に再検証があった。今年9月の第100回口頭弁論では、原告側が耐震性を問題視する新たな主張をした。