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在日米海兵隊そもそもなぜ沖縄に?(東京新聞 2/13)
56年、岐阜・山梨から移駐 本土の対米感情悪化背景か
朝鮮戦争で派遣後負担肩代わり
沖縄県名護市長選で渡具知武豊氏(五六)の当選を受け、同氏を支援した安倍政権が同市辺野古沖への米海兵隊の新基地建設に前のめりになっている。だが、渡具知氏は選挙戦で新基地への立場を明確にせず、支援を受けた公明党とは建設反対ととれる政策協定を結んでいた。本土側は、こうした現地の複雑な事情に無関心を決め込んでいるが、そもそも沖縄の海兵隊は朝鮮戦争後、本土から沖縄に移ったもの。名護市長選を契機に、沖縄差別としか言いようがない基地問題の歴史を振り返る。(鈴木伸幸)
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今月四日投開票の名護市長選。普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先となる辺野古沖への新基地建設に反対し、三期目を目指した稲嶺進氏(七二)は一万六千九百票余りの得票にとどまり、約三千五百票差で敗れた。この結果に、安倍政権は「新基地建設の是非には決着がついた」という雰囲気づくりを進めている。
安倍晋三首相は「(建設を)進めていきたい」「県民の気持ちに寄り添いながら、更なる沖縄の発展を全力で支援していく」。菅義偉官房長官は「選挙は結果が全てだ。(落選した)相手候補は必死に埋め立て阻止を訴えたではないか」と強調した。
だが、勝った渡具知氏は選挙戦で建設推進を訴えてはいない。立場を明らかにせず、基地問題に関する発言を極力、避けた。在日米軍基地問題に取り組むシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」の事務局長で弁護士の猿田佐世氏は「八回企画された公開討論会に、渡具知氏は一度も参加しなかった」と語る。
むしろ、公明党の票を目当てに、同党県本部とは「海兵隊の県外・国外への移転を求める」とする政策協定を結んでいた。いくら安倍政権が支援したとしても、政策協定を普通に読めば基地反対派。つまりは「寡黙な反対派」が「声高な反対派」に勝った市長選とも言えそうだ。地元紙による出口調査も、辺野古移設に反対が六割以上。これでは建設推進に「民意を得た」とは言えそうにない。
基地問題に詳しい東京大学大学院の高橋哲哉教授は「もし『市長選で民意が示された』とするなら、反対派の稲嶺さんが勝った前回、前々回の市長選での民意はどうなるのか。政府は市長選の結果にかかわらず、一貫して建設を推進してきた」と首をひねる。
そのうえで、高橋教授はこうした現地の事情に無知のまま、基地問題を沖縄県だけの問題と見なしがちな本土側の世論に対し、「もともと本土にいた海兵隊を沖縄に移し、肩代わりさせてきた経緯があることを知るべきだ」と訴える。
海兵隊は太平洋戦争末期の沖縄戦で上陸し、そのまま駐留を続けていると考える日本人は少なくないが、そうではない。海兵隊の本来の役割は、強襲揚陸艦で海から陸に上がるまでの狭い領域。上陸に成功すれば、お役御免となるため、終戦後、海兵隊は沖縄から引き揚げた。その後、一九五〇年に朝鮮戦争が勃発。韓国に駐留した米陸軍を後方支援するために、五三年に日本に派遣され、岐阜県のキャンプ岐阜と山梨県のキャンプ富士に駐留した。その海兵隊が五六年、なぜか沖縄に駐留し、今に至っているのだ。
高橋教授は「そもそも沖縄の負担軽減という大命題からすれば、基地の県内移設では問題解決にならない。米軍基地は沖縄の問題ではなく、全国の問題だ」と強調する。
基地負担55年本土89%→現在沖縄74% 撤退日本が引き留め
負担軽減 理解示す米有力議員も
名護市長選後辺野古前のめり 政権、差別助長の恐れ
なぜ本土の海兵隊が沖縄に移駐してきたのか。朝鮮半島への派遣が前提の海兵隊が、朝鮮半島への距離が岐阜や山梨より遠い沖縄へ移駐することは合理的ではない。世界規模の米軍再編について分析した著書「砂上の同盟」で知られるジャーナリストの屋良朝博氏は「沖縄移駐の理由を示す史料は見つかっておらず、詳細は不明」と話す。
だが、当時、本土では朝鮮戦争を契機に各地で米軍の基地や演習場の新設、拡張が相次ぎ、それに反対する住民運動が激化していた。屋良氏は「本土での対米感情の悪化が沖縄移駐の背景ではないか。沖縄に米軍を持って行けば、本土ではその問題が見えにくくなる。それが狙いだろう。根底には、沖縄への構造的な差別がある」と分析する。
五〇年代、米軍は本土での施設の新設、拡張のほとんどを断念。その一方で、まだ返還前の沖縄で拡充した。五五年には米軍施設の89%が本土にあり、沖縄には11%にすぎなかったが、その後、沖縄の割合は急増して逆転し、現在は74%が集中している。その七割が海兵隊関連だ。
この現実に、前出の高橋教授も苦言を呈する。「内閣府の世論調査によれば、日本国民の八割以上が日米安保条約を支持している。つまりは、圧倒的多数が在日米軍を必要と考えているのだが、沖縄にだけ負担を強いている。差別としかいいようがない」
それを裏付けるような国会答弁があった。今月二日、立憲民主党の阿部知子氏が沖縄の基地問題について質問したところ、安倍首相は「移設先となる本土の理解が得られない」と答えた。高橋教授は「それなら、県民の多くに理解されていないことは明らかなのに、なぜ沖縄では新基地建設が推進されるのか。本土と沖縄で、政府の方針に大きな矛盾がある」と指摘した。
仮に抑止力としての海軍と空軍を認めるにしても、沖縄に上陸部隊の海兵隊が駐留する必要はあるのか。屋良氏は「軍事的に海兵隊基地は日本になくても問題はない」と断言する。実際、米政府では海兵隊の沖縄からの撤退は何度も検討された。例えば、沖縄国際大の野添文彬准教授が入手したオーストラリア外務省の公文書によると、七三年に米政府は沖縄からの海兵隊撤退の意向を日本側に伝えた。ところが、日本側が海兵隊を引き留めた。
それ以降も、海兵隊の機関誌「海兵隊ガゼット」には何度か「沖縄からの海兵隊撤退論」が掲載された。九五年に米兵による少女暴行事件で沖縄県民の反基地感情が高まった時にも、海兵隊の撤退が検討されたことを当時、駐日大使だったウォルター・モンデール氏が二〇〇四年に明らかにしている。
だが、安全保障となると日本政府は思考停止して、米国依存に固執する。野添教授は「海兵隊の縮小や撤退のチャンスは何度かあったが、日本政府は現状を維持しようとする。米国は海兵隊に執着する日本の反応に『海兵隊を対日政策で利用できる』と考えているようだ」と推測した。
ワシントンで在日米軍基地の縮小に向けてロビー活動をしている前出の猿田氏は「大統領候補だったバーニー・サンダース氏ら有力議員に沖縄の現状を説明すると、意外に理解して、行動してくれる人が多い。沖縄の負担軽減に最も消極的なのは日本政府なのではないか」と指摘する。
屋良氏は「名護市長選で勝った渡具知氏は、公明党との政策協定で『海兵隊の県外・国外への移転を求める』を公約とした。安倍政権が市長選の結果を民意とするのなら、オール沖縄で公約実現を全力で支援しよう」と皮肉った。
■デスクメモ
本土の日本人の多くは沖縄の基地問題を気の毒に感じつつ、かつて市民に向けて原爆を投下した怖い国に「逆らうべきではない」と黙認しているのではないか。だが、海兵隊の沖縄駐留がそもそも日本政府の意向だとしたらどうか。純粋な国内問題として考え直すべきではないか。(典)