【フィリピンは中国に接近する】(imidas 5/29)

フィリピンは中国に接近する

第11回 2018/5/29
猿田佐世(新外交イニシアティブ代表)

2018年3月 12日から5日間、フィリピンを訪問した。米軍基地撤退後の状況調査のためであったが、アメリカや周辺国との関係について調査を進めていくと、現在のフィリピンの外交政策について日本の私たちがもっと知っておいて良いと思われる発見がいくつもあった。

「アジアのトランプ」などと言われて注目を浴びるロドリゴ・ドゥテルテ大統領が当選してから18年5月で2年である。7割超といった高い支持率に支えられてきたドゥテルテ大統領であるが、日本では「変わり者の大統領」としてだけに注目が集まり、外交政策全体についての報道は少ない。麻薬犯罪容疑者の超法規的殺害などを行い、国際的な批判を浴び続ける大統領ではあるが、しかし、その支持率の高さは、麻薬撲滅政策を含め彼の政策を強く推し進める後ろ盾となってきた。

フィリピンとアメリカ・中国の関係

ドゥテルテ政権の外交政策について、日本の私たちが何よりも注目すべき点は、中国及びアメリカとのバランスの取り方である。

フィリピンは、アジアの中でどの国よりもアメリカの影響を強く受けてきた国であると言える。フィリピンは、1571年よりスペインに占領され、1898年の米西戦争以降アメリカの統治下に置かれ、第二次世界大戦中の日本による占領を経て、1946年に独立した。

社会システムも政治システムもその多くがアメリカの影響を受けて作られており、教育が全て英語で行われていることは広く知られている。

独立後にもフィリピンには、米軍の最大規模の海外基地であったクラーク空軍基地など広大な米軍基地が置かれ、多い時には2万を超える米軍が駐留し、引き続きフィリピンはアメリカの強い影響を受けてきた。ところが1991年、コラソン・アキノ大統領の時に、議会上院が米軍基地を閉鎖するという決定をして米軍は撤退した。フィリピンの人々にとって、米軍基地は、植民地の名残であり、悪政を極めたマルコス政権を支えたアメリカの象徴であった。その基地の撤退はナショナリズムの勝利であったといわれている。

米軍基地撤退があまりに有名であるため、日本では、フィリピンは「米軍基地を追い出した国」、というイメージが強い。しかし、基地閉鎖後も親米政権は続き、アメリカなくしてフィリピンの外交政策なし、といった状態は現在まで続いてきた。アジアの中でも代表的な「対米従属」国家であると言えよう。愛国心の強い人々の中には「フィリピンは心までもアメリカに占領されてしまった」と嘆く人もいるほど、様々な面でアメリカへのフィリピンの依存度は高い。

他方、フィリピン人の中国嫌いは日本人のそれと負けないくらい強いとも言われる。1995年に中国がスプラトリー諸島(南沙諸島)のミスチーフ礁を占拠し、その後現在に至るまで、南シナ海における領土問題は続いており、その感情は更に悪化する一方であった。

ドゥテルテ大統領による中国接近政策

このように圧倒的にアメリカ寄りであったフィリピンにおいて、ドゥテルテ大統領はアメリカ批判を強め、中国への接近政策を取った。ドゥテルテ大統領が行う「麻薬撲滅戦争」についてアメリカのバラク・オバマ大統領(当時)が懸念を示すと、ドゥテルテ大統領はオバマ大統領に「ろくでなし」と言い放ち、ラオスで予定されていたオバマ大統領との会談は中止となった。2016年10月には北京を訪問し、習近平国家主席と会談を行った際には、中国との南シナ海の領土問題を棚上げし、「軍事でも経済でもアメリカとは決別する」と発言している。更に同月、来日した際に行った講演では「2年以内に外国部隊は出ていってほしい」とも述べるなど、一時訪問の形を取りながら事実上再駐留を始めていた米軍を追い出すかのような発言も行った。

その後、アメリカがトランプ政権となってからは、ドゥテルテ大統領は一転して過激な発言は控えており、実際に米軍を追い出すといったことは起きていない。もっとも、中国への接近もそのまま継続されている。

これらの中国接近政策の中で領土問題については中国側からも譲歩がなされ、現在、中国側がフィリピン船舶を排除していたエリアでのフィリピン側の漁業が可能になっているなど、フィリピン側の要望にもある程度沿う形となっている。

強い支持を受ける中国接近政策

ドゥテルテ大統領の中国接近のニュースは、日本でも一時期大きく取り上げられた。しかし、それはドゥテルテ就任当時の一時期のみで、現在はその話が報道されることは少ない。ドゥテルテ政権が中国寄りの政策を取ったとしても、それは変わり者のドゥテルテ大統領の個人的な方針であって、長期間続くものではないだろうという予測をしている日本人が多いと思われる。もちろん、その可能性は捨てきれないし、私もそのようなこともありうるかもしれない、とは思う。

しかし、今回の調査で本当に驚いたのは、次の二つの点であった。

「中国への接近」が国内で当たり前のように支持されているということ。そして、大統領が変わるだけで社会の空気がここまで変わるのかということ、である。

大統領の個人的な方向性はあるだろう。一代前のベニグノ・アキノ大統領は強い親米論者であった。しかし、このドゥテルテ大統領の中国接近という政策変更は、中国のアジア・太平洋地域での勢いを受けて、今、この国において強く支持される政策になっている。今回の調査では多くの人と面談し、フィリピン外務省や、まさに中国との領土問題の現場を統括してきた海上保安庁の高官、国会議員、市民団体など、様々な立場の人と意見交換したが、中国との距離を縮めるドゥテルテ大統領の政策は多くの人から高く評価されていた。

一様に、「フィリピンのような小さくて貧しい国にとっては経済発展が一番の国益であって、中国のような大国と戦ったって軍事的にも勝ち目がない、中国と仲良くするほうが良い」という姿勢である。アメリカとの距離を変えるわけではない、しかし、中国にも接近し、バランスを取ることを極めて重要視する立場であるとも言い換えられよう。

共産党に近く、愛国精神にあふれるフィリピンの「左派」と言われる人々以外には、総じて、中国への接近政策は広く支持されていた。

ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国の中でカンボジアやラオスが中国寄りになっていると日本で報道されることもあるが、フィリピンのこの変化はあまり知られていない。

現地で話をする人の皆がこの姿勢であり、そこには「仕方なく」という雰囲気ではなく「積極的な選択を行っている」という雰囲気すら漂っていた。「中国は嫌い」「中国に近づく国があったとしても圧力に押されて嫌々では」といった雰囲気のある日本で感じる空気との違いに、大変驚いた。

世論の大幅な変化

更に驚いたのが、フィリピンにおける世論調査の結果である。これは、ある面談でフィリピン政府のアドバイザーでフィリピンを代表する安全保障の学者から紹介されたものだが、中国のイメージについて、平均値で、アキノ政権時代は「ネガティブイメージ 33%」であったところ、ドゥテルテ大統領になって「ポジティブイメージ 9%」にまで改善したというのである。

その学者は、ドゥテルテ政権の中国接近を説明する中で、「世論の後ろ盾もはっきりとあります」と、政権の方針への信頼を示すべく意気揚々とこの世論調査の結果を示した。

これまで嫌悪してきた国について、大統領が変わるだけでここまで世論が変わるものだろうか。しかし、繰り返しになるが、その調査結果は肌で感じるものと同じであった。

日本の文脈に置き換えてみると、支持率の高い総理大臣が現れて、「中国と仲良くしましょう。中国は強い国ですから仲良くやったほうが日本のためになります」と言いだしたからといって、現在中国が嫌いという声が過半数を大きく超える日本の世論調査が、数年後には「中国は好き」が多数という結果に逆転するものだろうか(言論NPOと中国国際出版集団が2017年に行った「日中共同世論調査」では日本人の88.3%が中国に「良くない印象を持っている/どちらかといえば良くない印象を持っている」)。

なお、フィリピンの人口は日本よりやや少ない約1億人。日本より貧しいけれど、「ピープルズパワー」の国とも言われ、日本より政治に関心が強い人が多い、というお国柄である。

アジアの変化に目を向けねばならない

日本はいまだアメリカ一辺倒であり、中国脅威論が国内に渦巻いている。政府や自民党、またそこに影響を強く与える保守的な団体やメディアの「中国嫌い」には相当なものがあり、なかなかこの状況は変わらないようにも思う。ところが、フィリピンの例を見ると、もしかすると10年先、20年先は分からない、ということなのか。

更に踏み込めば、この日本社会の極度の中国嫌いは、政府や政権与党である自民党が直接間接に発するものに由来しているのかもしれない、という推測すら成り立つ。

いずれにしても、日本の近隣諸国のフィリピンにおける変化から私たちが学ぶことは多そうである。少なくとも、フィリピンのこの状況を、同じく中国とアメリカの板挟みになっている日本の私たちは理解をしておく必要があるだろう。

こちらの記事は、2018年5月29日に「情報・知識&オピニオン imidas」に掲載されています。