トランプ大統領当選から3年~日米関係は変わったか(上)

トランプ大統領当選から3年~日米関係は変わったか(上)

アメリカは再び大統領選挙の時期を迎えようとしている。大統領選自体は来年(2020年)の11月だが、今年の夏頃から、アメリカ国内の政治の議論は、大統領選をにらむものが多くなってきた。共和党のドナルド・トランプ大統領が再選されるのか、エリザベス・ウォレン氏やジョー・バイデン氏といった民主党候補者が制するのか。民主党の候補者を選ぶ討論会は既にこの12月19日で6回目となり、来年2月には予備選挙が始まる。
海の向こうの日本でも米大統領選に関するニュースが増え、最近は、私も、「大統領が替わると日本にどんな影響がありますか」というインタビューをメディアから受けるようになった。
最近受けたこの質問をきっかけに、私は3年前を思い出した。

2016年春「トランプ大統領になっても日米関係は変わらない」

2016年春、大統領選挙まで残すところ半年という当時、トランプ氏の人気が急激に伸びており、その過激な発言から日本でも高い注目を浴びていた。もっともあまりに変わり者で、共和党候補者として残らないし、ましてや大統領になることはない、と言われていた。
トランプ氏は選挙戦で「在日米軍駐留経費の全額を日本が払わなければ撤退する」「TPPからは直ちに離脱」といった発言を繰り返していたため、日本政府はやきもきしていた。
「トランプ氏が大統領になったら日米関係はどうなるのか」と多くの日本メディアが騒いでおり、私自身も、あちこちでそんな質問を受けていた。
しかし、当時の私の答えは、「トランプ氏が大統領になっても日米関係はなにも変わらない」というものであった。
私は、ワシントンでの経験からこのような確信を持っていた。

そのトランプ氏が大統領に当選して、この11月で3年が経過した。
実際、日米関係は変わったのだろうか。

「大統領に代わってその質問に答える立場にはありません」

先日、ワシントンの米連邦議会で、ある補佐官と議論をする機会を得た。彼は退役軍人で日本にも駐留経験があり、現在はトランプ氏に近い共和党議員の防衛担当補佐官だ。
沖縄の基地問題について話をし、海兵隊の運用や米軍のアジア・太平洋地域における展開についても意見を交わした。彼は、在日米軍所属の経験から沖縄の辺野古の新基地建設を推進する立場にあった。辺野古基地建設反対の立場を取る私は、彼と30分以上もの間激しいやりとりをした。

議論の最中、私はふと思い立ち、次の質問をしてみた。
「とはおっしゃいますけれど、トランプ氏は、そもそも安保条約を破棄するっておっしゃったって、少し前に報道されていましたよね」
本年6月にG20サミットで大阪に来日する直前、トランプ氏のそのような発言が米メディアに報道されていた。
彼は、急に苦虫をかみつぶしたような顔になった。少し間があった後、
「……私は大統領に代わってその質問に答える立場にはありません」
と彼は言った。
「大統領は選挙期間中、辺野古どころか、日本が駐留経費全てを払わないと日本から全米軍を撤退するともおっしゃってましたよね」
「……私は大統領に代わってその質問に答える立場にはありません」
「最近、米軍の日本駐留経費について必要経費の5倍を日本に求めるとおっしゃったとかいう報道もありますけれど?」
「……私は大統領に代わってその質問に答える立場にはありません」
……。
それまで勢いよく自分の意見を言い放っていた彼は、急に静かになり、うつむきがちに、「私は大統領に代わってその質問に答える立場にはありません」と何度も言わざるを得なかった。
彼のボスである上院議員は、共和党内でトランプ大統領を強く支持している議員である。

日米外交の手法には変化あり

ワシントンで観察するに、現場での日米外交を取り巻く人、外交のやり方などには、トランプ政権になってから、それなりの変化が見られた。
従来、対日外交を支えてきたいわゆる「知日派」と言われる人が、トランプ政権では役職に就けず、政権内に日本政府が頼れる知日派はほとんどいなくなった。例えば、リチャード・アーミテージ氏(元国務副長官)、マイケル・グリーン氏(元NSCアジア上級部長)といった日本の自民党政治家と何十年も親密な付き合いがある、といった人物はトランプ政権にはほとんどいない。

また、そもそもトランプ政権では、多くの省庁において重要な役職者が多数任命されないままである。例えば対日外交において最も重要な責任者とされる国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、2年以上空席が続いた。ようやく今年の6月にデービッド・スティルウェル氏が就任し、やっとまずは対話の窓口が固まった、といった具合である。

トランプ政権の閣僚たちは次々と入れ替わり、重要官僚は空席、それでも国が回っているのだから、「政府なんていらないんじゃないの」とのジョークが飛び交う状態である。
日本政府は誰を頼りに外交交渉をしていいか分からず、「友情」で繋がるとされる安倍・トランプの首脳同士のパイプに頼るしかない、という状況が常態化した。
それ以外の外交ルートは頼りないものになり、とはいうものの、トランプ氏自身も極めて気まぐれであることから氏に頼り切ることもできずに、結局、全体として不安定要素の強い外交になっている。

日本政府は必死である。
CSIS(アーミテージ・ナイ報告書を発刊しているシンクタンク)やブルッキングスといった長年日本政府が頼みの綱にしてきたシンクタンクは、トランプ政権との繋がりがないため、以前ほど役に立たない。
現在、日本政府は、トランプ氏に近いとされる「ハドソン研究所」に多くの資金を投じて日本部を設立し、マクマスター前米大統領補佐官(国家安全保障担当)を日本部長に雇い入れ、何とか現政権に近づこうとしている。

また、トランプ氏に何とかして影響を与えようと、在ワシントンの日本大使館はトランプ氏に近い州知事や上院議員に必死に接触を試みている。トランプ派の議員の中にも、前述の議員補佐官のように、トランプ大統領の個別の政策には賛成できない、という議員は数多い。これらの議員などに懸命に接触して、トランプ氏に既存の外交秩序の「正しさ」を理解してもらおうという努力を続けている。というより、トランプ氏が何か「おかしなこと」を言っても、氏の言った通りに実際の政策が変わることのないように、「氏の周りを固めている」という表現の方が正しいのかも知れない。

日米関係は変わったか

このように日米を取り巻く外交のやり方には、それなりの変化が見られた。
では、日米関係そのものは変わったのだろうか。

トランプ氏の大統領就任後、日米間に何があったのかを見てみよう。
TPPからアメリカが離脱した。これは確かに変わったところである。
しかしアメリカは、貿易に関しては二国間で交渉するとのトランプ氏の方針の下、日本から輸入する自動車に高関税をかけるぞとの脅しをちらつかせて、結局、農産品や自動車関税の貿易交渉となり、協議は異例の急ピッチで進められた。昨年3月にはアルミや鉄の関税も引き上げられ、同様の措置をとられた他の国が報復関税を導入する中で、日本はそれもせずに唯々諾々と従った。
その他、安倍晋三首相がトランプ氏をノーベル平和賞に推薦した。日本がアメリカから武器を大量に購入した。

米軍と自衛隊の一体化が現場で急速に進められている……などなど。

「アメリカに言われて、日本がそれに従う」という構造でないケースは何かあっただろうか。いや、「対米従属」の構造は全く変わっていない。さらに言えば、大量の武器も日本政府(官邸)が購入したいがために、アメリカに要求されたこの機会を利用してこれ幸いと喜んで行っているのであり、反論もせず、自発的にアメリカに従属しようとしている構造もこれまでと何ら変わらない。むしろ、その構造による出来事は以前にも増して次々現れ、この「自発的対米従属」の姿勢は加速度的に増している。

この11月で前回の米大統領選挙から3年が経過したが、結局、「トランプ大統領になっても日米関係は変わらなかった」のである。(続く)

(「トランプ大統領当選から3年~日米関係は変わったか[下]」はこちら)

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。