研究・報告

地域政策と選挙(山口二郎)

ND評議員/法政大学教授

フランスの黄色いベスト運動は予想外に継続している。日本のニュースではパリにおける大規模なデモが報じられたが、地方、農村部における人々の不満、怒りが運動を持続させる大きな原因となっている。この運動は、もともとマクロン政権が発表した燃料税引き上げに講義するために始まった。農村部に住む人々は自動車に依存せざるを得ないので、燃料価格の上昇は大きな打撃となる。ただでさえ農村部では郵便局、病院などの公共サービスが縮小されていて人々は不便をかこっていたために、マクロン政権の効率優先、富裕層優遇の政策に対する抗議運動がたちまち全国化した。

一連の報道を読んで、私はフランスに対する昔のイメージを修正せざるを得なくなった。20年ほど前にしばらくイギリスに留学していた際、ヨーロッパ大陸の国々も旅行した。フランスやドイツの農村風景と小さな町の建物の美しさに魅了された。ガイドブックに載っていない町でも、美しい教会があり、おいしいワインやビールがあった。それゆえ日本のような地方の衰弱は感じなかった。ヨーロッパでは農家に対する補助政策もあり、地方でも教育や医療などの公共サービスが確保されているので、地域社会が持続していると感心したことをよく覚えている。

しかし、この20年間、グローバルな競争の波はヨーロッパも襲い、大きな政府を保ってきたフランスも公共サービスのリストラを余儀なくされたようである。黄色いベスト運動は、所得格差に対する抗議であるとともに、首都と地方の地域間格差に対する抗議の運動である。

私も、国土の多様性と食料の安全で安定的な供給のために、ヨーロッパの地域政策を見習えと主張してきた一人だが、もはや手本はどこにもないということか。フランスの苦悩を見て、改めて日本の地域のあり方についても考え直さなければならない。安倍晋三政権が進めている第1次産業の「成長産業化」という路線の中で、種子法や漁業法が改正され、農林水産業の中に企業の論理が侵入しようとしている。これらの政策が目先の利益だけを追求する危険性があることに、一部のメディアはようやく気付いたようである。

自然を相手にする第1次産業は、利潤追求には本来的になじまない。いま、多様な自然環境の保全と安全な食料の安定供給を政策の大目標に据え、農村部に住む人々のためにどのような公共サービスを提供するか、基本的な枠組みを明確にしなければならない。日本人は街頭に出る直接行動にはなじみがない。だが、今年は統一地方選挙、参議院選挙がある。日本の国土や地域社会のあり方について各政党に真剣な政策の提起を求め、それを吟味し、投票によって評価を下すという機会を活用したい。

(日本農業新聞 1月28日)

山口二郎

法政大学法学部教授。1958年生まれ。専門は行政学、現代政治。東京大学法学部卒業後、東京大学助手、北海道大学助教授を経てフルブライト奨学生としてコーネル大学へ留学。オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員、ウォーリック大学客員研究員などを歴任し、1993年より2013年まで北海道大学教授。2014年より現職。