研究・報告

領土問題とは(山口二郎)

ND評議員/法政大学教授

安倍首相が北方領土問題について大きな方針転換を図っているようである。私は、四島一括返還という従来の方針には懐疑的だった。今の日本国は、北海道でさえ持て余している。JR北海道や北海道電力の惨状を見よ。中央政府はそっちにやる金はないと言い張り、北海道のインフラは劣化の一途である。この上に四島が領土として編入されたら、その維持、経営のためにいくらの金が必要か、想像もつかない。

「未解決の領土問題」は、実体的な国益にかかわるものではなく、国民の間にナショナリズムを高めるための便利な道具である。安倍首相が、この便利な道具を放棄し、現実的、合理的に国境線の画定を行うというのは、1つの見識である。

ただし、なぜ方針を変更するのか、国民に対して十分に説明してほしいと思う。昔、高校の政治経済の教科書を書いた時、北方四島、竹島、尖閣諸島は日本の領土だと書かなければ、検定は通らないとされた。今では、内閣官房が設置した領土主権展示館で日本の主権を主張しているのは竹島と尖閣だけである。国の主権の中身というのはそれほどいい加減に変えられるものなのか。領土問題についてのメンツを捨てて、資源開発や漁業について関係国と合理的に利益を追求するという新しい発想を安倍政権が打ち出すのかどうか、注目したい。

(東京新聞11月18日「本音のコラム」)

山口二郎

法政大学法学部教授。1958年生まれ。専門は行政学、現代政治。東京大学法学部卒業後、東京大学助手、北海道大学助教授を経てフルブライト奨学生としてコーネル大学へ留学。オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員、ウォーリック大学客員研究員などを歴任し、1993年より2013年まで北海道大学教授。2014年より現職。