研究・報告

野党はワシントン事務所を作るべき ~ドイツの政党外交から学ぶ 前編(猿田佐世)

ND代表/弁護士(日本・ニューヨーク州)

私のライフワークは、「様々な声を運ぶ日米の外交パイプを作る」ことである。ワシントンで聞かれる日本の声は、日本政府の声のみであり、いくら日本の世論調査ではマジョリティーであっても原発再稼働反対、沖縄の米軍基地建設反対、憲法改正反対といった声は一切耳に入ることが無い。ワシントンを訪問する日本の政治家も、そのほとんどは保守的な方々ばかりであり、そこから生まれる日米関係がどのようなものになるのかは容易に想像できる。実際、辺野古基地建設など、その結果を私たちは日々目の当たりにしている。

かつての民主党政権時代、日米関係に苦戦する民主党に「ワシントンオフィスを設立しては?」と私は何度か提言した。オフィスを設け、独自のネットワークをワシントンに築く必要があると考えたからだ。自らの政策を継続的にアメリカの政府や議員に伝え、アメリカでの理解を得るためには、まず現地で顔が見える関係を作るのが最も具体的な第一歩である。しかし、当時、何人もの民主党所属の国会議員からの個々の賛意は得たが、最終的には「予算がないとか、何でワシントンだけなんだとか言われて、実現は難しい」との返事であった。その後、民主党政権は、日米関係の悪化を大きな理由の一つとして退陣することとなった。

多様な日本の声をアメリカに運ぶため、国会議員や市民団体の訪米をお手伝い始めて今年で10年になる。

「(ワシントンでの多党外交の)モデルになりそうなことをドイツが実践しているらしい」

そんな話をアメリカの友人たちから聞いたため、私は2018年にドイツの各政党が持つ財団のワシントンオフィスを訪問した。

 ドイツの主要政党と財団

ドイツは戦後ずっと複数の党が連立政権を組んでおり、主要政党が5~6つある。現在は「大連立」と言われる政権で、保守系政党のキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)と、リベラルな社会民主党(SPD)が連立を組んで政権を担っている。

ドイツの歴史的な政党には他に、古くからのリベラル保守で戦後、連立政権に加わってきた自由民主党(FDP)、環境保護を軸として発展してきた緑の党、旧東ドイツ政権党から派生して西の批判派も吸収した左派党がある。

これらの主要な政党はすべてアメリカにオフィスを持っている。正確には、各政党が政党とは独立した立場の財団を一つずつ設立しており、その財団が実質的な党の「顔」としてオフィスを置いている。

保守陣営では、最大与党政党CDUのコンラート・アデナウアー財団、CSUのハンス・ザイデル財団、FDPのフリードリヒ・ナウマン財団がある。対するリベラル政党でいえば、SPDのフリードリヒ・エーベルト財団、緑の党のハインリヒ・ベル財団がある。これらの財団はワシントンにオフィスを置いている。左派党のローザ・ルクセンブルク財団はワシントンにはオフィスはなく、ニューヨークにオフィスを置いている。なお、ワシントンにオフィスを置くコンラート・アデナウアー財団とフリードリヒ・エーベルト財団はニューヨークにもオフィスを持っている。

これらのうち、私は、主要政党であるCDU、CSU、SPD、緑の党の4財団のワシントンオフィスを訪問した。

財団はどのような組織か

各党の政策を推進する役割を担うこれらの財団の活動の中心はドイツ国内である。

SPDの財団は1920年代に作られたが、その他の財団は第二次世界大戦後、ドイツの人々に民主政治教育を行うために、アメリカの後押しもあってドイツ国内に作られた。70年代には海外に進出し始め、現在では緑の党で約30、SPDで100以上ものオフィスが世界に存在している。ワシントンのオフィスは、その海外の出先機関の一つということになる。

ワシントンオフィスの規模は、バイエルン州のみの政党であるCSUの小さなハンス・ザイデル財団でスタッフが2名、最大与党のCDUのコンラート・アデナウアー財団では8名のスタッフを擁している。驚くべきことに、財団の予算はドイツの国庫から支払われていて、基本的には国会での議席数に合わせて各財団に配分されるという。

アメリカのNPO法人格を持っている財団とそうでない財団があり、NPO法人の場合は、アメリカでの政治活動は許されない。また、ドイツの緑の党の財団が、アメリカの選挙でアメリカの緑の党を支援することも許されていないとのことであった。

各財団はそれぞれ独自のネットワークをワシントンで構築している。例えば、保守派のCDUであればビジネス界とのつながりが深いし、SPDであればアメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議(AFL-CIO、日本の「連合」にあたる)といった労働組合とのつながりが深い。

財団の主な活動内容とは

では、具体的にはどのような活動をしているのか。
アメリカのシンクタンクと共同で行う研究会やシンポジウムの開催、ドイツ本国からの議員訪米時の日程作成や面談手配、政治・外交問題についてアメリカの共和・民主両党に働き掛けることなどが主な活動である。これは、ワシントンで日本の政府や政治家、企業などが行っていることとさほど違いはない。

また、各財団が政治問題について独自にセミナーを開いたり出版・研究活動を行ったり、ドイツを知ってもらうための奨学金の支給や研修のコースを設けるといった教育活動もしている。主たる目的に「対話」を挙げているところも多かった。

各財団がワシントンで取り組む主なテーマは、各政党の政策によってそれぞれ異なる。

緑の党の財団は環境問題、SPDの財団は法の支配や報道の自由といった社会問題、保守政党であるCDU・CSUの財団は、安全保障問題やテロ対策に力を入れている。

ただ、テーマによっては、各財団が同じ結論でアメリカ政府に対して訴え掛けをすることもある。

例えば、アメリカのトランプ大統領がNATO加盟国に対し「GDPの2%を軍事予算に回せ」と要求している問題がある。トランプ大統領は、18年7月のNATOサミットで「GDP比4%を目指せ」との言葉すら投げつけた。

ドイツの現在の国防予算はGDP比約1.2%。「2%は簡単ではない」との見解でドイツの各政党は保守からリベラルまで一致しており、保守政党は「なぜそれが現実的でないか」を、リベラル政党は「なぜそれを目指すべきではないか」をアメリカ側に訴えているという。

私はさらに踏み込んでワシントンオフィスの具体的な活動を聞いた。例えばリベラルな政党の財団は、「アメリカは地政学的にしか物事を見ないので、もっと色々な側面があることを知ってもらうために、アメリカの政治家をドイツに招くこともある」と言う。具体的には、例えば、ドイツ国内には300万人ものトルコ系住民が住み、近年、反移民の声が国内で高まりドイツとトルコの関係が困難なものになっているが、その関係について現状を知ってもらうために、アメリカの政治家をドイツに招聘したとのことであった。また、アメリカが進めているウクライナへの武器輸出がいかにヨーロッパの平和を不安定にするかについて、アメリカの政治家に説明して回っているという。

リベラルと保守の意味

アメリカと日本では「保守」「リベラル」という単語はかなり異なる意味を持つ。これは、ドイツとアメリカでも同様である。

例えば、安全保障の分野では、アメリカは核保有国であり、常に世界のどこかで戦争をしている軍事国家である。アメリカのリベラルは自由・民主主義を守るという名目の下、時に保守派よりも戦争を厭わない傾向が指摘されたりもする。その意味では、日本の保守の少なくない人々はアメリカのリベラルよりも平和主義的であると言えるだろう。これは戦後、他国に比して、海外派兵に慎重な立場を取ってきたドイツも同様である。

また、例えば、ドイツの保守政党CDU党首であるメルケル首相は2022年までに国内すべての原子力発電所の運転を停止すると決めており、その意味では、日本の自民党より進歩的である。

ドイツの社会保障制度は世界有数であり、医療費は保険の適用範囲内であれば原則無料である。国民皆保険制度の導入に対して強い反発が出るアメリカとは比べるべくもなく革新的である。日本でも、国民皆保険をなくそうとすれば、自民党支持層からも反対の声が上がると考えられ、この点でも、日本の保守とアメリカの保守は全く異なる。

メルケル首相は、トランプ大統領の極端な発言に苦言を呈して、今や世界の自由・民主主義陣営の価値観をアメリカに代わって引っ張っている感があるが、メルケル首相はドイツの保守政党CDUの党首である。

こうしてみると、ドイツの保守は、安保・軍事、社会保障、エネルギーなど多くの分野でアメリカのリベラルよりもリベラルである。とすると、ドイツのリベラル政党にはアメリカに価値観を同じくするカウンターパートがいるのだろうか。私は、政権与党である社会民主党(SPD)の財団にこの質問をぶつけてみたところ、以下のような答えが返ってきた。

「(価値観をともにするカウンターパートを見つけるのは)簡単ではない。しかし与えられた条件でやるしかない。民主・共和両党との関係を築くようにしており、テーマによっては共和党と組むこともありうる」

とはいえ、SPDであれば、やはりアメリカでは民主党とパートナーを組むことが多く、民主党の中でも、プログレッシブ・コーカス(進歩的議員連盟)、ブラック・コーカス(黒人議員連盟)等との付き合いが深いということはある。しかし今回訪問したどの財団でも、アメリカの政党との関わりを問うと、アメリカの民主・共和両党との関係を重視していると答えた。

各財団を訪問してみると、ドイツが直面している具体的な外交問題について、それぞれ独自にアメリカの政府や政治家へ柔軟な働き掛けをしていることが分かった。次回は、大使館とは別に政党がワシントンにオフィスを持つ必要があるのか、政党外交の意義について、引き続きドイツ各政党の財団への聞き取り調査を基に考えてみたい。

(集英社「情報・知識&オピニオン imidas」猿田佐世連載「新しい外交を切り拓く」第16回 2019年6月20日

猿田佐世

弁護士(日本・ニューヨーク州)。早稲田大学法学部卒業後、タンザニア難民キャンプでのNGO活動などを経て、2002年日本にて弁護士登録、国際人権問題等の弁護士業務を行う。2008年コロンビア大学ロースクールにて法学修士号取得。2009年米国ニューヨーク州弁護士登録。2012年アメリカン大学国際関係学部にて国際政治・国際紛争解決学修士号取得。大学学部時代からアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の国際人権団体で活動。
ワシントン在住時から現在まで、各外交・政治問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2017年2月・2015年6月の沖縄訪米団、2012年・14年の二度の稲嶺進名護市長の訪米行動の企画・運営を担当。米議員・米政府面談設定の他、米シンクタンクでのシンポジウム、米国連邦議会における院内集会等を開催。