研究・報告

沖縄につながるか? 米議会がいま、米軍再編を再検証したい理由

【沖縄につながるか? 米議会がいま、米軍再編を再検証したい理由】
猿田佐世(AERA dot. 9/14)

吹き抜けのように高い天井の応接室に通される。豪華なソファーセットに案内され、3人の議会補佐官の前に腰をかける。

米連邦議会の上院議員の地位は高く、議員会館のビル内にある議員事務所は中に入ると日本の大きめの戸建て住宅かそれよりも広いのではないかというつくりである。米議会通いを始めて10年になるが、その事務所の一番奥に位置する豪華な応接室に案内されることは日本からの閣僚級政治家の同行でもそう多くはない。

「お時間をとっていただき、ありがとうございます」と挨拶すると、「これは重要な件なので、急な面談依頼だったけれど絶対に会わなくちゃと思ってね」と、その上院議員事務所の外交・防衛担当補佐官たちは満面の笑顔を返した。

■国防権限法が米軍再編の再検証を求めている!

沖縄県選出の屋良朝博衆院議員と8月中旬にワシントンを訪問。
最大の注目は、「米軍再編を再検証(review)せよ!」という、日本政府が聞いたらびっくりして腰を抜かしそうな法律の条文案であった。
この法律は「国防権限法」といい、米軍の予算を決定するために毎年制定される法律である。広く世界中で活動する米軍は、この法律で認められなければ予算がつかずに活動が行えなくなる。
訪問時、米議会は夏の休会中であったが、休会前に上院が可決した国防権限法案(2020年予算)に次のような条文が含まれていた。

『1255条:(a)再検証(REVIEW):沖縄における米海兵隊のプレゼンスを削減する喫緊の必要性、および、インド・太平洋地域における米軍の態勢の適正化を加速する喫緊の必要性に鑑み、国防長官は、必要に応じて日本及び他国の政府と協議を行いながら、日米安全保障協議委員会(注:2+2)の共同声明(2012年発出および2013年改定)の実施のために予定する沖縄、グアム、ハワイ、オーストラリアおよび他の場所における米軍の配備計画について、再検証(review)を行う』

「この条文を知っていますか?」

面談冒頭に、補佐官らに条文を見せながら切り出す。

「そう、これ」

待っていました、とばかりに、国防権限法案の何千条もある条文の中でも特にこれが大事なのだ、と、この条項を指さしながら、補佐官らは身を乗り出して熱く語り始めた。

「知っているも何も、これは、私たちの議員が何よりも推している条文だ」
「これを、なんとしても最終的な法律に織り込みたいと考えている」

■なぜ米軍再編の見直しを求めるのか

この条文は、「日米政府が決めた米軍再編による現在の米軍の配備計画を再検証せよ(review・見直せ)」というものである。日本で「米軍再編」といえば、まずは沖縄の辺野古基地建設である。辺野古基地建設を有無を言わさず進める日本政府の態度からは、その基礎となっている米軍再編について、米議会において、しかも下院より優越した院である上院が「米軍再編を再検証せよ」という条文を可決していることなど想像もできない。

では、なぜ、米上院は米軍再編の再検証を求めるのだろうか。

米軍の展開について様々な話をする中で、質問をストレートに投げてみる。

「なぜ米軍再編による米軍の配置を見直したいと考えているのか」

法案の担当をしているという補佐官から、次のような回答が返ってきた。

「それは、我々の州に軍隊を呼びたいからだ。軍というものは、経済面でも雇用面でも、州にとって極めて価値のある存在なのだ」

「恒常的に存在する基地を呼び込みたい。でも、それが困難なら、一時的なトレーニングであってもいいからとにかく軍に我々の州に来て欲しいんだよ」と、永続的な基地を呼び込むのは容易ではないという残念そうな表情も見せながら、補佐官らは口々に話した。

今回の屋良議員の訪米では多くの議員事務所と面談を行ったが、他所でもこの法案を担当している補佐官から、自分の州に軍を呼び込みたい議員がこの条文を支持しているという説明を聞いた。

■地域社会の基地への支持はあるのか

日本政府はいま現在も、辺野古の海で基地建設のための埋め立てを続けている。そんな中、米議会の上院は、「現在の米軍再編計画を一度見直せ」という意思表示をしたのである。もちろん、この条文は「辺野古基地建設を止めよ」といっているわけではない。そもそも、辺野古基地建設に直接言及しているわけでもない。

しかし、日本政府が、反対する沖縄の声に耳を一切貸さずに基地建設を日々粛々と強行しているときに、基地建設のベースとなる米軍再編計画自体の見直しを米議会上院が可決したこと自体が、まずは、大変大きな出来事である。

さらには、この条項案は、その米軍配備計画の再検証に際しては有事対応能力、コストなど様々な視点での分析がなされねばならないとした上で、「米軍のプレゼンスに対する受け入れ国、地域社会及び地域の人々の政治的支持」といった角度からの検証を国防長官に義務づけてすらいるのである。日本政府から、常に頭越しに決定され、無視され続けてきた沖縄。まさに、「地域社会及び地域の人々の政治的支持」という視点の検証こそが沖縄の人々が長年求め続けてきたものである。

この検証のみならず、国防権限法の上院案のこの条項は、実に微に入り細に入り様々なことを求めている。たとえば、米軍配備計画の再検証が終了した後には、国防長官は、現在の米軍の配備計画をそのまま遂行するのか、あるいは、配備計画の変更を試みるのか、いずれかを議会に通知しなければならないと規定している。また、国防長官は再検証後に報告書を作成しなければならないが、その報告書には、米軍配備計画変更の提言を記載し、米軍の配備先をどこに変更するかといったことも含むようにと求めている。

■どう展開するかはこれからである

もっとも、まだこの条文は法律になっていない。上院を通過しただけである。アメリカは、上院と下院に分かれており、内閣に法案提出権がないために、上下院それぞれが別々の法案を作成・審議し可決する。異なった法案を可決した場合は、その後両院協議会で審議し、一つの法律として成立させる。今月、両院協議会が開催され、すり合わせが行われていく。今後、下院がこの条文を支持するかどうかが注目される。

22の議員事務所との面談を行った屋良議員は、毎回、沖縄の立場について説明し、辺野古の基地建設は県民の強い反対や海底の軟弱地盤の存在、コスト面などから著しく困難であることを訴えた。また、約2000人の実戦部隊が駐留する予定であるに過ぎないこの基地が、対中・対北朝鮮戦略においてさして重要でないことも説明。そして、この条項が最終的な法律に含まれることを強く望んでいると伝え、各議員事務所の協力を要請した。
多くの議員事務所が、人権の視点、環境の視点、軍を呼び寄せたいとの視点、安定的な軍の運営の視点等、実に様々な視点から、この条文への支持を表明してくれた。既に上院で条文が通っているために、普段より議論はさらに弾み、沖縄の問題の指摘にも多くの担当者が真摯に耳を貸してくれた。

前述したとおり、上院においてこの条項は軍隊に親和性のある議員が強く支持をしている。彼らは下院がどう出るか、注意深く見守っている。

冒頭に書いた上院議員事務所との面談の終わりには、補佐官らから、私たちが下院の多くの事務所を回ってこの条文への支持を訴えていることに感謝の意が述べられた。そして、最後に防衛担当補佐官はこのように述べた。

「中国や北朝鮮にはしっかりと対応しなければならない。ただ、だからといって、今の米軍配備計画でなければならない理由はない」

もちろん、この条項が法律になり、米軍再編による米軍配備の再検証がなされたからといって、辺野古基地建設について現行案が再度支持される可能性もある。

しかし、辺野古基地建設は米軍再編の一部であって、米軍再編が見直されない限り、基地建設の中止はあり得ないというのもまた事実である。
どのような方法によっても辺野古の基地建設をとめることが容易でないことは百も承知している。しかし日本国内でも厳しい状況が続く中、辺野古基地建設に反対をする人々は、一度、米国の議会と協力しながら、米軍再編の見直しを求めてみてはどうだろうか。日本政府は逆の働きかけを展開するだろう。基地建設に反対をする多くの人々が、本条項が最終的な国防権限法に残るよう働きかけてくだされば幸いである。

(日本・米NY州弁護士 猿田佐世)

猿田佐世(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))

沖縄の米軍基地問題について米議会等で自らロビーイングを行う他、日本の国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。2015年6月・2017年2月の沖縄訪米団、2012年・2014年の稲嶺進名護市長、2018年9月には枝野幸男立憲民主党代表率いる訪米団の訪米行動の企画・運営を担当。研究課題は日本外交。基地、原発、日米安保体制、TPP等、日米間の各外交テーマに加え、日米外交の「システム」や「意思決定過程」に特に焦点を当てる。著書に、『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)、『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社)、『辺野古問題をどう解決するか-新基地をつくらせないための提言』(共著、岩波書店)、『虚像の抑止力』(共著、新外交イニシアティブ編・旬報社)など。